5.水上の格闘技
製造工房の奥から、ガンッ、カンッ、と金属を叩く乾いた音が響く。
ゴーレムンが、リュウとリリィの描いた図面をもとに、船の製作を始めていた。
「……絶対に、邪魔はしないのね」
リリィがリュウに、そっと囁くように言う。
彼女の目線の先には、黙々と作業に打ち込むゴーレムンの姿があった。
リュウも、工房の出入り口から中をそっと覗きながら、静かに頷いた。
以前、リュウは様子を見に工房に入ったとき、誤って部品のひとつを蹴っ飛ばし、倒して壊してしまったことがあった。
その時、ゴーレムンは無言で手を止め、黙って工房を後にした。
怒りをぶちまけるでもなく、無言で退室。
「……あれ、マジで怖かったのね……」
「うん……あの背中、何か訴えてたな……“俺の製品に何するんだ”って……」
そして翌朝、何事もなかったように工房へ戻ってきたゴーレムンは、いつも通りの手際で作業を始めた。
それ以来、リュウたちは彼の作業中には決して中へは入らず、入口から見守るようにしていた。
それから3日後。
製造工房の音が突然止んだ。
金属を叩く音も、木を切る音も、何も聞こえない。
リリィが耳を澄ませる。
「……音が止んだのね……」
重たい鉄の扉が「ギィイイィ……」とゆっくりと開いた。
その先から、ゴーレムンが現れる。
両腕で押しているのは、大きな木製の台車。
その上には――見事に完成した白色だけの武骨な船が鎮座していた。
「……完成したのか……!」
リリィが駆け寄る。
「ゴーレムン!完成したのね!」
ゴーレムンは無言で、親指を立てて答えた。
それは彼なりの最大級の「いい仕事ができた」サインだった。
「仕上げに移ろう。ここにおいてくれ」
リュウが指を差して指示を出すと、ゴーレムンはうなずき、船をそっと仕上工房の中央に運んでいく。
リュウとリリィの仕上げ作業が始まった。
リュウは機械部分――特に魔導回路や推進ユニット、各種センサーの細かな調整に入る。
「ふむ……魔力の伝導率は悪くない……」
彼の手の動きは迷いがなかった。
まるで、自分の脳内の図面をなぞるかのように、的確にポイントを押さえていく。
一方、リリィは外装と内装の仕上げを担当していた。
この仕上げだけは、図面に記されておらず、完全にリリィのセンス任せだ。
理由は簡単だった。
「主任がデザインした、あの魔導ランタン……まだ悪夢に出てくるのね……」
あれ以来、外観やインテリアに関するデザインは、すべてリリィの専任になった。
さらに三日後――
白を基調とした美しい漁船が、仕上工房の中央で静かに輝いていた。
全長は十メートルほど。
艶やかな船体には、流れるような青いラインが走る。
この世界での一般的な漁船といえば帆船だった。
風を受けて進む、自然頼みの構造。
だが、これは違った。
船尾には、魔導推進機構と呼ばれる装置が搭載されている。
3つのプロペラが、魔導エネルギーを動力として回転し、風を使わずとも水面を滑るように進むのだ。
船底の形状も特別に設計されており、水の抵抗を最小限に抑える独自のV字型だった。
「……これが、主任の頭の中にあった船なのね……」
リリィの目が輝いていた。
「それじゃ!試験しないといけないのね!」
ゴーレムンが、完成した船を乗せた台車を引いて、近くの湖へと向かう。
リュウとリリィもその後をついていった。
湖は静かだった。
青空を映す水面が、ピクリとも揺れていない。
ゴーレムンは船を静かに湖へと下ろす。
重そうに見えた船体が、まるで羽根のように軽く、水に浮かんだ。
ゴーレムンは手を止め、しばし船を見つめ――満足げに頷いた。
「やったー!浮いたのね!」
リリィが両手をあげて喜ぶ。
その隣でリュウが冷静に言う。
「当たり前だろ……」
「もっと言い方あるのね!」
リュウは燃料タンクに水を注ぎ、操舵室に入った。
スイッチを操作し、魔導エンジンを起動する。
ブォン――と低く、滑らかな音が響き、船体が微かに振動した。
「動かすぞ、掴まれ」
操舵席に座ったリリィは、座席の肘掛けにしがみつく。
船がゆっくりと、だが確実に水面を滑り始める。
スロットルを少しずつ倒していくと、それに応じて加速度が増していった。
「おぉ……いい感じだな……」
「主任!ちょっと早くないですか!?」
リリィが叫ぶが、風とエンジン音で聞こえない。
「え?なに?遅い?」
「ちが……!」
言い終わる前に、リュウはスロットルを全開に倒した。
「主任!だめなのね――――!!!」
ギュオオオ――ッ!!
船体が水面を少しだけ離れ、まるで滑空するように進み出す。
「ギャー――――――――――――――――――――――!!!」
リリィの悲鳴が、湖にこだまする。
リュウは最高速で何度も舵を切り、旋回テスト、直進安定テスト、緊急停止まで一通りを確認する。
「よし……すべて良好。推進機構の安定性も完璧だな」
隣を見ると、リリィが椅子にもたれかかり、白目をむいてぐったりしていた。
「……おーい、生きてるかー?」
返事はなかった。
こうして、有限公社エルフ製作所による初の高速漁船プロジェクトは、無事に完了した。