4.職人ゴーレムン
アルデリア王国の南、ベンゲル領内の大森林。
その中にひっそりと建つ「有限公社エルフ製作所」では、今日もいつも通りの一日が始まっていた。
リリィは帳簿と書類に囲まれ、事務所で経費の計算とにらめっこしていた。
高速船の開発依頼から、もう一週間経過していた。
リリィがふと顔を上げる。
工房からは、ゴトゴトと作業音が響いているが、リュウが設計机に向かう気配はまったくない。
(普通なら、そろそろ何かしら動き出してないとヤバいのね……)
だが、彼女は焦っていなかった。
リュウの仕事スタイルは、もう理解していたからだ。
彼は決して、図面机に座り込んで「うーんうーん」と唸るタイプではない。
別の仕事や修理作業をしている時に、脳内で着々とアイデアを練っていく。
「頭の中で線を描き図面を書く」のが、彼なりの流儀だった。
(……で、ある日突然「メモ用意して」なのね)
と、思った瞬間だった。
ガチャ、と工房の扉が開き、予想通りリュウが姿を現す。
「メモ用意して……」
「きたのね」
リリィはすでにペンと紙を手にしていた。
リュウはさっと隣の椅子に腰掛けると、迷いなくフリーハンドで図を描き出した。
まるで長年そこにあるものを、ただトレースするかのように迷いのない線。
左右非対称、歪んだ直線――けれどそのすべてに、意味が宿っていた。
わずか数分で、びっしりと描き込まれたフリーハンド設計図が完成する。
メインとなる部分の詳細をリリィに説明する。
「はい、あとは頼んだ」
リュウは立ち上がりながら、ちらりとリリィを指さす。
「あとは任せるよ、出来るだろ?」
「ま、待って、主任!?それだけで!?」
だが彼は、ふらりと工房へ戻っていった。
残されたリリィは、まだ暖かい紙を両手で持ちながら、じっと見つめる。
その目が、ゆっくりと輝きを帯びていく。
「……すごい……こんなの、見たことがないのね……」
真っ直ぐでない線、計測もされていない記号、補足も説明もない設計図――
けれど、そこにある機構の妙と構造の重みが、リリィの感性に火をつけた。
彼女はすぐに作図机へと移動し、袖をまくる。
ペン先を走らせる前から、全身に熱が走っていた。
「やってやるのね!」
数日後。
山のように積み上がった図面が完成し、チェックのためリュウの元へと持っていく。
工房の明かりの下で、リュウは一枚一枚をじっくりと確認した。
そして最後の一枚を手に取ると、にこっと笑って言った。
「OK!!。素晴らしい!」
その言葉に、リリィは目を丸くする。
「ま、まじで?間違いはないのね?ほんとに大丈夫なのね?」
リュウは少し笑いながら、軽く彼女の頭を指でつついた。
「そんなに自分の仕事が不安か? 俺のイメージ通りのものに仕上がってるよ
そしてリリィのアイデアも入っている、いい感じだ」
リリィは嬉しそうに目を細めると、小さくガッツポーズを取った。
「よし!じゃあ、次は製造なのね!」
二人は、図面を抱えて工房棟の隣にある「製造工房」へと足を運ぶ。
そこは、仕上げ作業用の工房とは違い、鉄や木材の香り、溶接の音、塗装の香りが漂う場所だった。
広々とした空間の中心で、魔動ドリルがうなり、リフトアームが静かに揺れていた。
そして、そこに立っていたのが――製作責任者ゴーレムのゴーレムンである。
無表情の仮面のような顔つきに、厚みのある胴体。
だが、リュウの改造によって、驚くほど手先が器用で、さらには仕草や身体で感情も表現できる。
「ゴーレムン、おつかれさん! 次はこれを頼むよ」
リュウがリリィの描いた図面の束を手渡す。
ゴーレムンは無言でそれを受け取り、目の前の読み取り装置にかざした。
図面をじっと見つめた後、顎に手を当てて数秒――。
そして、すっと右手の指を三本、立ててみせた。
「三週間かかるのか?」リュウが聞くと、
ゴーレムンは指を一本だけ残して、横に振った。
「え?三か月?」
さらに否定の横振り。
「まさか……三日?」
すると、ゴーレムンはゆっくりと、大きく首を縦に振った。
「えええっ!? 三日でできるのね!? ほんとなのね!?」
リリィが思わず叫ぶ。
するとゴーレムンは、胸を張るような姿勢をとり、親指を立てて見せた。
どこか得意げなその仕草に、思わずリュウも笑う。
「頼もしいやつだな、ほんと……」
だがそのとき、工房の壁に設置された魔導時計が「チーン」と鳴る。
短針が17時を指していた。
ピタリと動きを止めたゴーレムンは、手にしていた図面を丁寧に机に置き、工具を片づけ始める。
その様子に、リュウとリリィは顔を見合わせた。
「……あ、定時だな」
「は、早いのね……」
身支度を整えたゴーレムンは、無言で二人にぺこりと頭を下げるようなジェスチャーをし、
そのまま裏口からすーっと姿を消した。
静まり返る工房に、リュウがポツリとつぶやく。
「あいつ……どこに住んでるんだろうな……」
リリィも小さく首をかしげながら答える。
「……わからないのね……聞いたこともないのね……」