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17.ひとりぼっちの工房

リリィが学校へと向かった翌日、工房ではリュウが一人で掃除をしていた。

窓を開けて風を通し、ほうきを手に床を掃きながら、ふと天井を見上げる。


「……静かだな」


独り言のように呟いた声が工房の広い空間に響いた。


旧都ベンゲルにあるスタンハイム魔法院までは、リリ丸を使ったとはいえ片道で丸一日は掛かる。

学校でのレポート提出や担当教授への説明、再提出のやり取りなどを考えれば、さらに一日は必要だろう。

加えて、ベンゲルにはリリィの実家もある。久しぶりの帰省となれば、数日ゆっくりしてから戻るはずだ。


「3日か……いや、4日は帰ってこないかもな」


柄の擦れる音と共に、床に積もった木屑や魔導部品のくずを集めながら、リュウはふと立ち止まる。

工房内の静けさが、いつも以上に染みる。


──が、しかし。

リュウの頭の中では、そんな日に限って来客が多いという不思議な法則がこだましていた。


「一人の時に限って、忙しくなる……絶対そうなる……!」


そんな嫌な予感が的中するのは、もはや様式美だった。


その瞬間──

キィィ……と工房の入口扉がゆっくりと音を立てて開かれた。


「……ほら、来た」


リュウが眉をしかめ、音の方へと顔を向けると、そこに立っていたのは──


頭には立派な角が生え、豊かな髭を蓄えた巨漢の男だった。

肌は赤く、酒に酔っているような顔色にも見える。

牙が突き出た口元が、なおさら威圧感を増している。


明らかに「怖い系」の外見。

その男は、魔人族だった。




リュウは手にしていたほうきを黙って棚に立てかけた。


その大男に向き直した。


その瞬間、大男はズズッとリュウに近づき、顔を思いきり近づけ──ぐぐっと腰を折った。


「どーーーもーーー、ご無沙汰しております!」


驚くほど低姿勢で、朗らかな挨拶が工房に響いた。


その男の名は、魔人族のバローズ。

有限公社エルフ製作所の創業時からの常連客だった。


見た目では誤解されやすいが、実に温厚で礼儀正しい人物。

リュウも、内心で「育ちがいいんだろうな」と思っていた。


リュウはいつもの無愛想なテンションで、そっけなく言った。


「あぁ、今日はどうした?」


声にはまったく愛想がない。

が、バローズはそんな対応にも慣れているのか、少しも気にせず両手を揉みながら嬉しそうに話す。


「前回の魔導風力器は非常に評判よく、村のものたちも大変喜んでおりました!」


(※ちなみに“魔導風力器”とは、エルフ製作所オリジナルの扇風機。名前は“風神”。)


「あぁ、そうですか。それで今回は?」


淡々と返すリュウに対し、バローズは少し照れたように顎をかいた。


「実は……最近、村の地熱活動がさらに活発になってきまして……」


彼の村は、地熱の影響で家の中が非常に暑くなる地域にある。

そのため、扇風機の導入は非常に好評だったのだが、ここ最近ではそれでも間に合わないほど気温が上がっているらしい。


「もっとこう……“涼しい”生活を実現できる道具をお願いできないかと思いまして」


リュウは腕を組み、しばらく考えた。

目はやや上を向き、脳内で既に設計図を描いている様子。


「……なんとかなるよ」


その一言に、バローズの顔がパッと明るくなり、喜びの声が炸裂した。


「そうですか!!それはよかった!!」


ドンッと大きな声とともに、床が揺れるほどの勢い。


「うるさい!声がでかいよ!」


思わず両耳を押さえるリュウ。

反射的に口から出た言葉に、バローズはショボンと肩を落として小さくなる。


「すみません……」


その様子を見て、リュウは少しだけ苦笑した。


「お前の村には、魔素を扱える奴は居ただろう?」


「はぁ、居りますが……それが?」


バローズの返答を聞きながら、リュウは棚を開け、そこからゴツい金属筐体を取り出す。

中には、魔導蓄電池がビッシリと詰め込まれていた。


「次作るのは、魔導風力器の進化版だ。ただ、消費エネルギーが多くてな。

 自分たちで魔素を補充する必要がある」


「ほほぉ……」


「使い方にもよるが、一週間で一度ぐらいは補充しないといけないな」


バローズは腕を組み、眉をひそめた。


「一週間に一度ですか……」


「そうだ。……そんなに難しいか?」


リュウの質問に、バローズは重く頷いた。


「いえ、そこまでの魔素量をコントロールできる者が……いるかどうか……」


その返答に、リュウは無言で魔素蓄電池かたまりを持ち上げ、魔素を注入した。


シュオォォ……!


装置のメーターがみるみるうちに跳ね上がり、すぐに満タン表示へ到達する。


「ほら、簡単だろ」


涼しい顔のリュウとは対照的に、バローズは冷や汗を流していた。


(……魔素の魔物がいる……)


「リュウさんだから出来ることであって、我々では厳しいと思いますが……」


「そうなのか……」


リュウは再び考え込む。

やがて顔を上げ、提案を口にする。


「それでは、魔素を充填できる装置もセットでどうだ?」


その言葉に、バローズの顔がまたしても明るくなる。


「そんなものが作れるのですか?」


リュウはバローズに背を向けながら、背中で語る。


「あぁ、創れるさ」


バローズの目が輝く。

その瞬間、今回の依頼は事実上成立した。


だが、契約金の話になると、リュウはふと何かを思い出したように手を上げた。


「すまない、契約金はあとにしてくれないか?」


「はて、どうなされました?」


「実は、助手が不在でな。勝手に金額を決めると怒られるのだよ……」


バローズはニヤリとし、肘でリュウを軽く突く。


「奥さんですか!? 奥さん?」


リュウは微動だにせず、淡々と否定する。


「違う。ただのアルバイトだ。うるさいんだよ……」


「あ!リリィさんですか!? そういえばいませんね。どこかに行かれたんですか?」


「学校にレポート提出に行った」


「リリィさん、まだ学生さんだったんですね!」


リュウの説明に、バローズは納得しつつも、それなら製作は進めてもらい、金額の決定は後日でいいと言う。


だが、リュウは難しい顔で言い返す。


「でも、それじゃあとで高いとか言われても困るだろ」


「そんなことは言いませんよ!」


その真っ直ぐな眼差しに、リュウは観念し、バローズと握手を交わす。


「……じゃあ、今回は甘えよう……」


バローズは嬉しそうに工房をあとにし、扉を開けてペコペコと頭を下げながら出て行った。


「相変わらず、腰の低い奴だ……」


リュウが呟いたその瞬間──


カラン……と扉の開く音がた鳴った。


(バローズか?)と思って顔を向けたリュウだったが、そこに立っていたのは、別の客だった。


心の中で、リュウは叫んだ。


(ほらね! 一人の時に限って忙しくなる! ほらね! ほらね!)


その日──

リュウは合計4組の依頼を受けることとなり、慣れぬ一人対応でバタバタすることとなったのだった。

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