15.ピリカ誕生
白い体毛、黄色いクチバシ。
ピーと鳴く、小さな鳥。
ゆで卵製造器「ゆで太郎」から生まれたこの小さな命は、リリィの両手の中でふわふわと身をよじらせていた。
「かわいいのねーっ!」
リリィは思わず頬をゆるめると、愛おしそうにその小鳥を胸に抱きしめた。
その毛並みは驚くほど柔らかく、あたたかく、まるで小さなぬくもりのかたまりが心まで包み込んでくるかのようだった。
「ピィ……」
小さなヒヨコは、リリィの指先にくちばしをこつこつと当てながら、頬にすり寄ってきた。
その仕草があまりに愛らしくて、リリィの目がうるんでしまう。
「……わたしがお母さんなのね!」
両手でそっとヒヨコを支えながら、リリィは満面の笑みを浮かべた。
「ちょっと待て!」
突然、リュウの慌てた声が飛んだ。
椅子を勢いよく引いて立ち上がると、目を丸くしてリリィとその手の中の鳥を凝視した。
「どう見ても、あの卵だよな……? 俺が食べようとしたゆで卵……」
「そうなのね」
リリィは悪びれた様子もなく、ふんわりと答えた。
「で、なんで……生まれてんの?」
リュウの問いに、リリィはヒヨコを抱いたまま、首を傾げてしばらく考え込んだ。
「魔導電池を、主任が満タンにしてくれたのね?」
「そうだけど……それが?」
「そのあと、黒紫の光が出たのね。今まで黄色だったのに……」
「……何……それ……?」
リュウは腕を組み、険しい顔で宙を見つめた。
工房の装置からは異常反応は出ていない。
だが、魔素をエネルギー変換する際の通常反応光は黄色。黒紫など見たこともない。
トラブルか? それとも、未知の兆候か――。
「しかも、おかしいのは……」
リリィが言いかけたそのとき――
「ピョッ!」
ヒヨコが小さなくしゃみのような声をあげた。
次の瞬間、ふわりとその体が宙に浮かび上がった。
「うわっ!? 浮いた!?」
リュウが目を見開く。
ヒヨコはリリィの手の上で、重力を無視するかのようにゆっくりと漂っていた。
羽ばたきもせず、ただ空中に浮かんでいる。
「魔素……の影響なのね……?」
リリィは手のひらをそっと動かしながら、目を丸くして呟いた。
「たぶん……ってか、それ、魔獣じゃないよな?」
リュウが慎重な目でヒヨコを見つめると、ヒヨコはくるくると回転しながらリリィの頭上を一周し、肩にふわりと着地した。
「ねえ主任、この子、ずっと一緒にいてもいいのね?」
リリィが期待に満ちた目でリュウを見上げる。
「いやいやいやいや、判断早くない!? まず調べないとダメだろ!」
リュウがツッコミを入れると、リリィはにっこりと微笑みながら鳥を見つめた。
「でも、見てなのね! この目!」
ヒヨコのつぶらな黒い瞳が、まっすぐリリィを見つめていた。
「ピィ!」
リュウは言葉を失い、少しだけ目を細めた。
「……うん、まあ……悪いやつには見えないけどさ……」
「えへへ、この子の名前、つけていいのね?」
リリィが嬉しそうに訊いてきた。
すでに母のような優しさをその顔に浮かべている。
「もう完全に飼う気だな……」
リュウは深いため息をつき、額に手を当てた。
事務所兼設計室。
ピリピリと鳴きながら、小鳥はふわふわと空中を漂い、机や棚の周囲をくるくると飛び回っていた。
その傍ら、リリィは真剣な表情で机に向かっていた。
図面や参考書を並べ、ペンを握っては書き、また消し、何度もうなりながら紙を見つめている。
時折、あーっと叫びながら頭を抱え、宙に視線をやる。
どうやら、深刻に悩んでいる様子だ。
そんなリリィの背後から、リュウがそっと近づいた。
彼女の肩にポンと手を置き、優しく問いかける。
「どうした、どこか難しいところでもあったか? 俺に言ってみろよ……」
するとリリィはその姿勢のまま、ゆっくりと首だけを上に向けてリュウを見た。
「主任……名前なんですけど……」
リュウは、数秒固まったあと――大声で突っ込んだ。
「なまえかーーーーーーい!」
事務所の空気が一瞬でくだける。
「なにか、いい名前ないのね、あの子の」
リリィはそう言って、空中を飛びながらピッピッと鳴くヒヨコを見上げた。
リュウはがっくりと肩を落としながら答えた。
「鳥太郎とか、焼き鳥とかでいいんじゃないか」
「えーーー!」
リリィが全力のブーイングを飛ばすと、ヒヨコがリュウの頭の上に飛び乗り――
「いてっ!」
容赦なくクチバシで突いた。
「もう!、主任のセンスに怒っているのね!」
リリィはふふっと笑ったあと、突然何かを閃いたように手を打った。
「ピリカ! ピリカはどうなのね!」
リュウの頭の上で、ヒヨコは両羽を広げ、まるで喜んでいるかのようにふわふわと揺れた。
次の瞬間、鳥の身体からふわりと黄色い光が放たれた。
「……精霊……光……?」
リュウが目を見開く。
どうやら、大地の精霊に認められた証だ。
その名は、もう決まった。
鳥の名前は「ピリカ」になったのだ。
リリィはそっとピリカを頬に寄せ、満面の笑みで言った。
「よろしくなのね! ピリカ!」