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14.ゆで卵

平穏な日々が流れている、有限公社エルフ製作所。

そんな朝。


リリィは「ゆで卵製造装置・ゆで太郎」を操作していた。

生卵をセットし、蓋を閉め、ボタンを押す。

わずか5秒で、完璧なゆで卵が完成するはずだった。


だが、ボタンを押しても、装置はうんともすんとも言わなかった。

何度も試してみた、振ってもみた、叩いてもみた、でも動かない。


「これは、壊れてるのね……」


リリィは眉をひそめ、装置をまじまじと見つめた。

ゆで太郎の設計製造は、すべて自分が行ったものだ。

リュウのリクエストにより、毎朝3つのゆで卵を作るよう頼まれた。

最初はお湯を沸かし、卵を入れて十数分待っていたが、その待ち時間がもどかしかった。

それゆえ、リリィは短時間でゆで卵が作れる専用装置、「ゆで太郎」を製作したのだった。


使い始めて、まだ半年ほど。

壊れるには早すぎる。

設計に問題があったのかもしれない……。


リリィは、ゆで太郎を抱えて仕上工房へ向かう。

そこで作業準備をしていたリュウに、装置を見せた。


リュウは一瞥もせず、リリィに言い放つ。

「自分で直したら?」


「……そりゃそうなのね、自分で作ったんだから……」


ぼやきつつも納得し、作業台にゆで太郎を置いて、分解を始めるリリィ。


「ん~、ここじゃないのね……ここも違うのね……違いのね……」


工具を片手に、次第に額にしわを寄せ、唸るリリィ。


「おかしいところが……ないのね……」


しばらく試行錯誤を続けた末、ついにはすべてを分解してしまった。


「あたーーーーーなのね……」

苦笑いしながら、肩を落とす。


すると突然、背後からリュウの顔がぬっと現れる。


「あらー、結局バラしたのね。もう一度組んでみたら……?」


「う、うん……」


言われるがまま、リリィは分解したパーツを丁寧に組み直し始めた。

その途中、リュウが一つの部品を指さす。


「それ、魔素が入ってないよ」


リュウの指先にあったのは、魔素を封印し、電子変換してエネルギーにする魔素畜電池だった。

いわば装置の心臓部ともいえる部品。


魔導テスターで確認すると、針は微動だにしなかった。


「ははは、確かに空なのね……」


リリィが苦笑いすると、リュウはその魔素畜電池を手に取って、軽く握る。

すると、淡い光が彼の手のひらを包み込んだ。


「ほい、満タンだ」


ぽいっと軽くリリィに投げる。

受け取ったリリィがテスターで再度計測すると、針が一気に振り切れた。


「すごいのね! 一瞬で満タンなのね!」


リュウは、魔法こそ苦手だったが、体内に蓄えた魔素量はエルフ族でも屈指。

その魔素を自在にコントロールする技術には、長けていた。


「主任は、魔素コントロールがうまいのね。リリィがやっても、少ししか貯まらないのね……」


原因は、リリィが組み立て時に魔素を充填しきれていなかったことにあるようだった。


「これで数年は動くはずだ」


リュウはそう言い残し、再び自分の作業へ戻っていった。


リリィは、在庫してあった空の魔素畜電池を持ち出し、リュウの真似をしてみる。

両手で握りしめ、集中する。

だが、テスターで測定すると、たった3%しか充填されていなかった。


「がっくし……なのね……」


肩を落とし、ため息をつくリリィ。


気を取り直し、リュウが満タンにした魔素畜電池をゆで太郎にセットする。

仮にボタンを押してみると、装置が柔らかな光を放ち、正常に動作を始めた。


「よし、動いたのね」


キッチンへ戻り、生卵をセット。

再度、ゆで太郎のボタンを押す。


いつもなら淡い黄色の光が卵を包むはずだった。

しかし今回は、なぜか黒紫の不気味な光が装置を覆った。


「……え?」


戸惑いながらも、装置は正常に停止し、ゆで卵は完成していた。


コーヒーとトーストとゆで卵をプレートに乗せ、テーブルに並べるリリィ。


「主任ー! 朝ごはんなのねー!」


リュウが作業の手を止めてやってくる。

リリィは笑顔でゆで卵の殻をむき、頬張った。


「んー、おいしいのね!」


その様子を微笑ましく眺めながら、リュウもゆで卵を手に取る。

だがその瞬間、卵が小さく振動した。


「ん?」


皿の縁で殻を割ろうとした瞬間、ゆで卵の殻がひとりでに割れ始めた。


「おお!?」


驚いたリュウの声に、リリィも顔を向ける。


「どうしたのね?」


「いや、いま……卵が……」


視線を戻すと、テーブルに置いたゆで卵が立ち上がるように殻を突き破り、何かが中から現れようとしていた。


「な……なんなのね……これは……」


クチバシのようなものが殻の隙間から突き出る。


「なにか……生まれようとしてるぞ……」


殻が完全に割れ、そこから姿を現したのは、小さなヒヨコだった。


白い体毛、黄色いクチバシ。


「ピィーーーー!」


リリィは目を丸くしながらも、歓声を上げた。


「かわいいのねー!!」


ヒヨコをそっと両手で包み、ほほ笑む。


「私がお母さんなのね!」


リュウは呆然としながら、その光景を眺めていた。


(……何が起きたんだ?)


リリィの言動も、目の前のヒヨコの存在も、何もかもが現実感を欠いていた。


呆然としたまま、リュウは残りのゆで卵を食べずに、ただただ見つめていた。



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