12.リリ丸の価値
有限公社エルフ製作所は、ここ数日怒涛のような忙しさに見舞われていた。
新規の開発案件、過去に納品した魔導具の改良案件が一気に舞い込み、工房はてんてこ舞い。
「なぜ、こう……少しずつ来ないのね……!」
書類の山に埋もれながら、リリィはうめく。
「こっちも選んで受けてるわけじゃないんだよ……」
眉間を揉みながら、リュウも同じく疲労困憊。
しかし――数日後、嵐のような仕事ラッシュが終息し、工房にはようやく静寂が戻ってきた。
「ふぃ~~~~~~~……」
ソファに倒れ込むリリィ。
「仕事があるのは嬉しいけど、偏るのは勘弁してほしいのね……」
そんな中、リリィは愛機・魔導バイク「リリ丸」のメンテナンスと改良に取り掛かっていた。
すでに彼女の生活には、リリ丸がなくてはならない存在となっていた。
安全性を高めるため、前方を照らす改良型の魔導ランタンを搭載。
燃料切れ対策として、予備タンクと燃料計も追加。
そして、仕上げの洗車。
「リリ丸、今日もかっこいいのね……」
リュウが開発した“ワックス”を、これでもかというくらい刷り込んでいくリリィ。
ボディに手のひらを当て、ツルンと滑る感触にうっとりしていた。
「ピカピカなのね……ああっ、たまらないのね……」
ほっぺたをボディにすりすり。
鼻歌まで飛び出していた。
そこへ、リュウがフラッと現れ、何やら手に持っていた。
「リリィ、安全のためのヘルメット、ちゃんとしたやつを作ってやったぞ」
「え!?ほんと!?……わっ!軽っっっっ!!」
受け取った瞬間、リリィの手が軽さに跳ねた。
「驚くだろ。素材は繊維にミスリルを練り込んで強化し――」
「……」
しかし、説明に耳を貸さず、リリィの視線はその外観に釘付けだった。
緑色の丸いシルエットに、黒い縦ラインが数本。
「……スイカじゃないのね、これ?」
心の声が漏れた。
「え?」
「なんでもないのね……とりあえず、リペイントするのね……」
がっくりとうなだれながら、その場でスプレー塗料を取り出すリリィ。
後日――完成したリリィ特製のヘルメットは、黄色を基調に、白い風と稲妻があしらわれたデザイン。
後頭部には、可愛くデフォルメされたゴーレムンのキャラクターがちょこんと座っていた。
「完ッ成っ!!」
ぐっと拳を握るリリィ。
「うんうん、最高にカッコいいのね!」
満面の笑顔で、リリ丸の横に並べてニヤけるリリィ。
完全に自己満足の世界であった。
「よっしゃ――――!!!」
高らかに叫び、ヘルメットをかぶってリリ丸に跨る。
「魔導エンジン始動OK! 冷却水温度OK! 燃料計もOK!」
タンクをポンポンと叩き、リリィは叫んだ。
「リリ丸! いくよ!!」
バシュッと飛び出した魔導バイクは、そのまま勢いよくウィリー!
遠ざかる後ろ姿を見ながら、リュウがため息交じりにつぶやく。
「とんだ……じゃじゃ馬娘だ……」
エステンまでは徒歩で2〜3時間の距離だったが、リリ丸に乗ればわずか10分。
(※ただし飛ばしすぎである)
町の入口にリリ丸を停め、リリィは買い物へ。
「主任へのお礼、何がいいかな……」
悩んだ末に、文具屋で高級ペンとスケッチブックを選ぶ。
「これなら、主任もきっと喜ぶのね……ふふっ」
つい顔がゆるみ、胸がぽかぽかする。
カフェで紅茶を飲みながら、幸せを噛みしめるリリィだった。
エルフ製作所に帰宅。
その足でリリィが向かったのは――リリ丸の元。
「お疲れ!、リリ丸! 今日も一緒に走れて嬉しかったのね!」
さっそく磨き始めるその姿に、もう誰もツッコむ者はいない。
「ふぃ~、ピカピカになったのね!」
そして、リュウのいる工房へと向かうと、笑顔でプレゼントを差し出す。
「主任! これ、プレゼントなのね!」
「ん? なんだ?」
手渡された包みを開けて、中を見たリュウの目が丸くなる。
「えっ……これ、高かったんじゃないのか? 結構な高級品だぞ……」
「いいのね! 普段のお礼なのね! リリ丸も作ってくれたし!」
リリィは照れたように鼻をこする。
「お、おう……ありがとな……」
なぜか一瞬、目を泳がせるリュウ。
だが、リリィは気付いていなかった。
その日の夕方――月末の恒例、給料日がやってきた。
「はいよ。今月分な」
リュウが給料袋を手渡す。
「ありがとうなのね! ……ん?」
袋の重みに違和感を覚えたリリィ。
封を開け、中を覗くと――銀貨が、入っていない。
代わりに、一枚の明細書がヒラリと落ちた。
リリィは瞬時に嫌な予感を覚え、明細書に目を落とす。
「リリ丸費……金貨50枚……って……」
「へ?」
完全に思考が停止した。
「ごめんごめん、説明してなかったね」とリュウが苦笑しつつ話し出す。
「リリ丸の製造に金貨100枚くらいかかってるんだけど、社員割引で50枚にしておいたよ」
「へ?」
「だから、とりあえず分割払いでいいからね」
「へ?」
「ちなみに、魔導ランタンと予備タンクはサービスしておいたから安心してくれ」
「へ……?」
直立不動のリリィの手から、ヒラリと明細書が滑り落ち、床に舞い落ちる。
怒涛の分割25回払いスタート
そしてリリィは、りっぱなローンソルジャーとなったのであった。