11.リリ丸始動!
エルフ製作所・工房の外。
リリィは魔導バイクのエンジンを暖気運転しながら、ぐっと背筋を伸ばしていた。
頭には即席で作った防護用の“ヘルメット”を装着。
それはどう見ても、旧式のエルフ族が戦時に用いた鎧兜の改造品だった。
リュウがそれを見て、目を細めながら言う。
「……いや、なんでそんな武者みたいなヘルメットなんだよ……」
リリィは兜を被ったまま、苦笑い。
「かっこ悪いけど、しかたないのね……コケたら危ないのね……」
照れくさそうに目を伏せながら、顎のストラップをきゅっと締めた。
普段、工房作業中に着ているツナギ姿のまま、魔導バイクにまたがるリリィ。
その姿は妙にサマになっていた。
リュウが腕を組んで見送る。
「おーい、あんまり飛ばすなよ。初回なんだからな」
リリィは振り返り、親指を立てて応える。
「主任!テスト行ってくるのね!」
ブゥン――と魔導エンジンが軽快な音を立てる。
リリィはクラッチをゆっくりと繋ぎ、アクセルをじわじわと回した。
バイクはふらつきながらも前進を始める。
「走ったのね!!」
少しだけ歓声が漏れた。
速度がじわじわと上がり、風が頬をかすめる。
「こ……これは……タマらないのね……!」
リリィは目を細め、口元を緩ませていた。
兜の中では、感激と快感で思わずよだれが垂れていた。
鼻息がヘルメットの中でくもる。
「この振動っ!風っ!そして……このっ……音ぉっ!!」
マシンと一体になったような快感に酔いしれながら、
リリィは森の中を一直線に駆け抜けていく。
魔導バイクの操作にも慣れ、スピード感覚も掴んできた。
前方の木々をすり抜け、枝の隙間を巧みに避けながら、風を切る。
「このままエステンまで行くのね――――!!!」
叫ぶように声をあげ、魔導バイクが黄色い閃光となって森の奥へと消えていった。
数時間後――
日はすっかり沈み、有限公社エルフ製作所の周囲には薄暗い夜の帳が下り始めていた。
工房の中では、リュウが一人、設計図とにらめっこをしていた。
工具を片手に、棚から何かを取り出す。
「しまった……夜の走行を考えてなかった……」
呟きながら、手に取ったのは小型の魔導ランタン。
「魔導ランタンを改良して……進行方向を照らせるようにしないと……危ないなぁ……」
ブツブツと独り言を漏らしながら、作業台の上に魔導ランタンを置く。
「それにしても……リリィ、遅いな……」
ふと手を止めて、入口の方を見やった。
外の空気はひんやりと冷えてきており、工房のランプの灯りがやけに心細く感じられた。
心配が徐々に膨らみ始めたそのとき――
ギィィ……と、工房のドアがゆっくりと開いた。
軋む音とともに現れたのは、ツナギ姿のリリィだった。
「……」
その顔は青ざめ、髪は乱れ、顔からは滝のような汗が流れていた。
「お、おい!どうした!?」
リュウが驚いて立ち上がる。
リリィは息を切らしながら、言葉を振り絞った。
「帰り道……燃料が……切れたのね……」
その場にへたり込み、肩で大きく呼吸を繰り返す。
リュウは目を丸くして、魔導バイクを見やる。
確かに、テストのため少ししか燃料の水を入れてなかった。
「まさか……押して帰ってきたのか?」
リリィは首をゆっくり縦に振る。
「森の中で……日が暮れて……暗くなってきたら……ブラッディウルフが出たのね……」
「えぇ……あの凶暴な魔獣……」
「怖くて……怖くて……バイク押しながら、泣きそうだったのね……」
持っていた兜をガタンと落とし、ペタンと床に座り込むリリィ。
その様子に、リュウはそっと肩をすくめ、苦笑して呟いた。
「それは……ご愁傷様で……」
どこか他人事のような、でもちょっと申し訳なさそうな声だった。
リリィは、なおもゼイゼイ言いながら、床にごろんと横になる。
「燃料計……つけてなかったのね……」
リュウは頭をぽりぽりとかきながら、棚の奥を探る。
「……次の改良案に追加しておくよ」
工房には、リリィの荒い息だけが響いていた。
(ゼィゼィゼィゼィゼィゼィ・・・・・・)