10.リリ丸
分裂したゴーレムンを見てから、数日が経過したある日。
仕上工房の扉が、ガラガラと音を立てて開いた。
そこには、小さなゴーレムンたちが、息を合わせて「バイク」を押しながら現れた。
体は小さいのに、連携の精度は見事なもので、ちょっとした行進のような整った動きだった。
リュウは図面を整理しながら、ちらりとそちらを見て声をかけた。
「完成したか……ここに置いてくれ」
小さなゴーレムンたちは、まるでそれが当然という顔で、バイクを定位置にそっと収める。
そして作業を終えると、全員が一斉に親指を上げて、にっこりと無表情で挨拶した。
「ぐぬぬ……無表情なのに統率感があって、ちょっとカッコイイのね……」
リリィは感心しつつ、彼らを見送った。
ゴーレムンたちは、静かに製造工房の扉の奥へと帰っていった。
リリィはその背中を見つめながら、そっと呟く。
「このあと……どうなるのね?分裂したゴーレムン、どうやって戻るのね?」
興味津々のまま立ち尽くすリリィ。
だが、その様子をちらりと見ていたリュウが声をかけた。
「さあ、仕上げするぞー!」
ぱん、と手を叩いて合図するリュウ。
「はっ!」と我に返ったリリィは、バイクの方へ振り向く。
「あわわ……そうだったのね……バイク……すごいのができたのね……!」
でもゴーレムンの行動も、気になる……バイクも気になる……
挙動不審な動きを見せつつも、リリィは一歩踏み出した。
「見たいのね……どうやって合体するのか……!」
こっそりと製造工房の扉を開け、そっと覗くと――
そこには、いつもの等身大のゴーレムンがいた。
大きな身体を左右にねじりながら、腕や足を伸ばし、ゆっくりとストレッチをしている。
「あぁ~いつも通りなのね……」
ガッカリしていると、ゴーレムンがリリィに気づき、ゆっくりと振り返った。
そして、無言のままリリィの背中を押し、仕上工房の方へと誘導する。
「見たかったのね……」
願いは叶わず。
「合体が見たかったのね……」
がくりと肩を落とし、躊躇した時間を悔やみ
トボトボと戻っていくリリィであった。
2日後。
リリィ発案のバイクは、ついに完全な形となって姿を現した。
魔導エンジンはむき出しの構造で、メカニカルな美しさを露わにしている。
リリィが選んだ、明るく鮮やかな黄色のボディカラーが眩しい。
太く重厚な後輪、光沢のあるホイール。
シート下には、魔法袋と同じ収納機構が仕込まれ、実用性も抜群だった。
正式名称は、小型魔導エンジン搭載自動二輪車――通称、魔導バイク。
その姿は、工房内にいるだけで、まるで“オーラ”のような輝きを放っていた。
リリィはその前に立ち尽くし、頬を赤らめ、興奮を隠せずにいた。
「こ!こ!これは!趣味の世界なのね!!!」
瞳を輝かせながら、手を震わせてボディをなでる。
「ボディのカーブが……造形美が……最高なのねぇ……!」
その姿はもはや、興奮する“変態”だった。
無言でそれを眺めるリュウの顔は、完全にポカンとしていた。
「……ほんとに、ヤバい奴だ……あれ」
ぽつりと漏らしたが、リリィには聞こえていない。
「はぁはぁ……このフォルム……たまらないのね……」
(……重症だな)
リュウは軽く頭をかきながら、声をかけた。
「もう、名前は決まってるからな」
鼻の穴を全開にしながら魔導バイクを舐めるように見つめていたリリィは、条件反射で振り向いた。
「え!?名前なのね?」
「そう、名前は――リリ丸だ」
「え?」
突然の命名に、リリィの動きが止まる。
その瞬間、魔導バイクがふわりと緑色の光を発し、
大地の精霊が祝福した、その神秘的な輝きが広がった。
「え……?」
口を開けたまま、リリィは言葉を失う。
しばらくして――
「リリ丸……なのね……」
ぽつりと呟いたその声は、静かに工房に溶けていった。