1.有限公社エルフ製作所
ここは、かつてスタンハイム王国と呼ばれた地。
現在はアルデリア王国と名を変え、人間族、エルフ族、そして魔人族が共に暮らしている。
魔法と魔獣が当たり前のように存在する世界。
魔獣が大森林をうろつくことも珍しくないが、それでもこの国は基本的に平和だった。
そんなアルデリア王国の一角――
旧都ベンゲル領の南部、深く豊かな緑に覆われた大森林の中。
その奥に、ぽつんと建つ一軒家があった。木と石で組まれた頑丈な構造。
煙突からは細い煙がゆるやかに立ち上り、魔法結界の輝きが屋根をうっすら包んでいる。
それは自宅であり、工房でもあった。
そこには、一人の青年――
いや、エルフ族の男が住んでいた。
「……やっぱりここは違うな……」
部屋の隅、とある魔導具の前で唸るのは、エルフのリュウ。
年齢は二百歳。だが、エルフの寿命を考えれば、まだ青年と言っていい。
人間でいえば二十歳前後。
灰色がかった無造作な髪に、黒い瞳。エルフにしては珍しい配色だ。
その手には、大小さまざまな部品が組み込まれた機械。
先日納品したばかりの、野菜収穫自動機だ。
「まったく……“何もしてないのに壊れた”って言われてもな……」
リュウはため息まじりに機械のカバーを外し、中の魔導回路を覗き込んだ。
精密な歯車、魔導晶石、管やコードが幾重にも重なっている。
「何もしなかったら壊れるわけねーだろ……物理的にも魔法的にも……」
彼はスタンハイム魔法院・魔導工学部を修了し、今では魔導工学博士。
そして国家資格を得た**“国家特殊魔導具技士補”**でもある。
目標は、正式な国家認定の“魔導技士”になること。
それでも彼は、現時点でこの国随一の若き技術者だった。
彼の工房――有限公社エルフ製作所のモットーはひとつ。
「俺に創れないものはない!」
今日もその信念を胸に、彼は無言で工具を手に取り、微調整に取りかかる。
そのとき、
足音がカツンカツンと木の床を叩きながら近づいてきた。
「主任、休憩にしましょうなのね」
ふわりと香る紅茶の香り。
トレーの上にはポットとカップ、そして焼き菓子の皿が揺れている。
そして、彼女はリュウのことをなぜか”主任”と呼ぶ。
現れたのは、エルフの少女――リリィだった。
金色と白が混じった淡い髪、瞳は小麦色に輝いている。
年齢は196歳、人間年齢なら16歳ぐらいだ。
彼女は、リュウの工房で助手をしている。
……とはいえ、正式雇用ではない。
スタンハイム魔法院の卒業論文と実習ノルマをこなすために、半ば押しかけで働きに来たのだった。
「あぁ助かる……」
リュウは苦笑しながら背を伸ばし、手を止めた。
リリィは机の隅に紅茶を置きつつ、ぴしゃりと言う。
「休憩も仕事のうちなのね。頭を回すには、燃料となる糖分が必要なのね」
得意げに人差し指を立てるその仕草に、リュウも思わず笑みを漏らす。
「へえ……じゃあ、また頑張れる訳だ」
「当然なのね。助手だもの」
紅茶をひとくち啜ったリュウが、ふと手を止めた。
「ん……? あれ……? 今……て……燃料って……」
リュウの黒い瞳に、閃光が走る。
「ひょっとして……!」
急に立ち上がると、工具を放り出して自動機の横にかがみ込む。
彼は機体側面の蓋を開き、奥の燃料タンクを覗き込んだ。
そして、その態勢のまま、リリィの方を見て言った。
「――空だ!」
間。
「……………なのね?」
「……………そりゃ、燃料が無ければ動かないわ……」
リリィがポカンと口を開けたまま、固まる。
(これが……魔法院・魔導工学部で“世紀の天才”と呼ばれた人なのね……)
無言で額に手を当てるリリィ。
リュウはポリポリと頭をかいた。
「いや、確認するの忘れてた。悪い悪い」
そう言いながら、彼は手際よく別容器からタンクに水を注ぐ。
この燃料は、水を魔導装置で分解し、電気と魔力に変換して動力を得る構造だった。
実は、これは彼が学生時代に開発した次世代魔導動力の構造である。
世紀の発明と言われ、リュウの名を一躍有名にさせた。
ただし――その特許は学院保有のため、リュウには一銭も入ってこない。
しかし、リュウは一言も文句は言わなかった。
「よし……入った……っと、電源オン」
スイッチを押す。
機体が震え、魔導回路が青白く光った。
キュイィィィィィィン……
シュン……ガシャン……ガシャン……ガシャン!
自動機が、見事に動き出した。
「…………………」
「…………………」
唖然と見つめ合う、リュウとリリィ。
沈黙のあと――
「は、ははははははっ!!」
リュウのから笑いが、木造の工房にこだました。
「さすが!俺!天才!!!」(自虐的自画自賛)
「天才、なのね……」
リリィはカップを手に、遠い目でそう呟いた。