第八章:汚されゆく光
「リィナちゃん、最近また綺麗になったね」
保育部屋の係をしていた天使のひとりが、ぽつりと漏らした。
「……そうかな」
微笑むふりをしながら、心の奥は震えていた。
リィナの羽は産毛が抜け、白くふわりと広がり始めていた。
耳も伸び、瞳には澄んだ輝きが宿っている。
それは、見つかるには十分すぎる成長だった。
―――
店の仕事が終わった夜、ルアが壁にもたれて待っていた。
「見たか?」
「……うん」
ふたりの目に浮かんでいたのは、言葉にできない絶望だった。
リィナがこのまま育てば、次はきっと、商品として選ばれる。
あの場所に連れていかれたら――
「守れると思ってた、……でも」
ルアの声は震えていた。
白翼の群れで、何人も見送ってきた彼。
守れなかった命が、いくつも背中に積み重なっている。
「逃げられない。ここじゃ、誰も……」
「それでも……」
僕は言いかけて、唇を噛み締めた。
希望はない。
けれど、それでも。
「リィナが、笑って生きていけるなら……僕は、どうなってもいい」
その言葉に、ルアは少し目を見開いた。
これは小さな決意。
希望ではなく、絶望の中に芽生えた覚悟だった。
―――
リィナが店の入り口に立ったのは、ある晴れた日の午後だった。
「接客の仕方、覚えた?」
係の天使が笑顔で尋ねる。
「うん……」
声は小さく、足は震えていた。
けれど、彼女は笑おうとした。
僕の真似をして、強くあろうとした。
その姿に、胸が締めつけられるようだった。
客の視線がリィナに集中する。
くすぐるような笑み。舐めるような目線。
まだあどけなさの残る彼女に対しても、それは容赦なく向けられた。
「こちらからお客様に触れてはいけない。お客様は触ってもいい」
昔、そう教えられた。
理不尽な規則。
それがどれほど天使たちを傷つけてきたか、僕は知っている。
リィナが手を引かれそうになったとき、とっさに割り込んだ。
「この子は、まだ研修中なんです」
いつもより強い声だった。
客は面白くなさそうに鼻で笑い、別の天使を選んだ。
―――
その夜。
「……ありがと、フィル兄」
リィナが眠そうな声で言った。
「なんで兄って呼ぶの?」
「お母さんがいなくなったとき、フィル兄が抱っこしてくれた。だから」
小さな手が、そっと僕の指を握る。
「リィナ、ちゃんと笑えるようにするよ。頑張るから」
その言葉に、胸の奥で何かが崩れそうになった。
ごめん。
君がどれだけ頑張っても、
この世界は、決して優しくなんかならない。
けれど、それでも。
「大丈夫、リィナ。僕が……絶対、守るよ」
その夜は眠れなかった。
リィナの成長は、美しさと同時に、危機を意味していた。
そして、それはもう、すぐそこまで来ていた。