第五章:壊れた羽音
園の朝は、静かすぎるほど静かだった。
まるで鳥籠の中のように、整いすぎた秩序だけがそこにあった。
「……ネフィル」
誰もいない小部屋で、ルアが小さく声をかけた。
驚いて振り返ると、ルアは壁にもたれて座っていた。
影に隠れたその顔は、まだどこか怯えていて、
「ごめんな。前に、あんな風にしてしまって……」
僕は何も言わなかった。
ただ隣に座ると、ルアはぽつりと話し始めた。
「何があったか全部は言えないけど……
記憶から消せるなら消したいって思うことが、たくさんあったんだ」
ルアの手をそっと握った。
冷たく乾いたその手が、かすかに震えていた。
「……ここにいると、何が普通だったのか、わからなくなってしまうよな」
ルアの声は掠れていたけど、その言葉だけはしっかりと胸に響いた。
―――
昼過ぎ、園の中に重い鐘の音が鳴り響いた。
「また、誰かが……」
白翼の一人が壁際で目を伏せた。
その場の空気が一気に張り詰める。
「十三番。前へ出なさい」
名指しされたのは、僕と同じ幼翼の群れの少年だった。
あまり目立たず、静かな子だった。
彼はゆっくり立ち上がり、ほんの一瞬だけこちらを見た。
泣かず、叫ばず、ただ終わりを悟ったような目をしていた。
仲間たちは皆、動けなかった。
ただ、彼を見送ることしかできなかった。
「……あの子、優しかったよね」
誰かがぽつりと呟いた。
その声に、みんな静かに目を閉じた。
(忘れたくない)
名前も、顔も、笑い声も。
誰一人として、忘れてはいけない。
けれど、この場所にいると、それさえも難しかった。