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思春期まっさかりの乙女バジリスク、ブレスケアに励む

作者: さば缶

 私はバジリスク。

全身を覆う暗緑色の鱗と、背筋に沿って並んだ剣のように鋭い突起が特徴だ。

長い尻尾の先は朝露を受けてもまるで硬い石のように冷たいままだし、四肢には岩をも砕く力を秘めている。

でも、そんなの誇らしげに語ったって誰も褒めてくれないんだよね。

だって今は思春期まっさかりの乙女バジリスクなんだから、力よりも可愛げがあるって言われたいわけで。


 それなのに、私には悩みがある。

吐く息に強烈な毒が混じってて、ちょっと気を抜くと草花が枯れたり小石が砕けたりしてしまうの。

ずっと気にしていなかったけど、ある日友達のバジリスクに言われてしまったんだ。

「お口くさーい。もうちょっとなんとかならないの?」

――これ、意外と傷つく。

毒息なら仕方ないかもだけど、乙女としてはやっぱり気になるじゃない?


 それから私は、鏡岩に映る自分の顔をしょっちゅう確認するようになった。

トパーズ色の瞳は「きれい」って言われることもあるけれど、それよりこの口元から立ち上る毒々しい感じ……うぅ。

思わずしょんぼりしちゃう。

「はあ……ほんとに、なんとかならないのかな」

独り言まじりの息がほんの少し漏れただけで、近くの雑草がしおれかける。

ああ、もう。

気をつけないとみんなに嫌がられちゃうじゃないの。


 そんなある日、別の巣穴からわざわざ訪ねてきた姉妹のバジリスクに言われたんだ。

「ねえ、ちょっと痩せたんじゃない?」

「かもね。口臭気にしすぎて、あんまり食欲がわかなくってさ」

彼女は私と同じく硬く立派な鱗を持ってるけど、尾の太さは私より上。

いつもはあまり比べたりしないんだけど、こうやって並ぶと微妙に体格差が気になる。

「でも、ブレスを抑えるとか難しくない? 私たち、体質みたいなものでしょ」

「それでもいいの。少しでも“マシ”にしたいの」


 苔の生えた平たい岩に腰を下ろしてみると、むわっとした苦い臭いが立ち昇る。

多分、自分の吐息なのよね……うう、思春期の女の子(バジリスクだけど)としてはちょっと耐えがたいわ。

「結局、ブレスケアするってこと?」

「まあ、そんな感じ。毒の息を少しでも和らげたいだけ」

姉妹は「変なの」と言わんばかりに欠伸をしたけれど、私はどうしても諦めたくなかった。

巣穴の奥に隠してあった古い石版を抱えて森の奥へ向かう。

そこには“毒を洗い流す泉”の伝説があると書いてあったから。


 しばらく森を歩くと、大きな洞窟の入り口にたどり着いた。

石版にはここに「淡月の泉」があると書いてある。

緊張しながら洞窟の中へ足を踏み入れると、肌にひんやりした空気がまとわりついた。

鱗の隙間に湿った冷気が入り込んで、少し鳥肌が立つ。

「ほんとに泉なんてあるのかな」

闇の向こうから聞こえてくる水音を辿ると、そこにはきらきらと湧き出る透明な泉があった。

私はそっと顔を近づける。

「これが“毒を洗い流す”っていう、淡月の泉……」


 試しに泉の水をほんの一口だけ飲んでみる。

すると、頭の奥がじんわり冷やされるような感覚が広がった。

気分がしゃきっとして、毒の刺々しさが薄れたような気がする。

洞窟の外に出て深呼吸してみると、息の感じがいつもと違う。

「なんか、少し軽いような……」

そこで近くの草に向かって軽くブレスを吐いてみたら、なんと葉先が少し黄ばんだだけで済んだ。

すぐに枯れないなんて、私的には大進歩。

「やった……!」


 ただし、振り向けば洞窟の壁がぽろぽろ崩れていたから、石を砕く力が完全になくなったわけじゃないらしい。

まあ、一度飲んだくらいで劇的変化を期待するのも図々しいよね。

私は何度か泉の水を飲んでみて、ブレスの変化をじっくり確かめた。


 巣穴に帰ったころには、私の息はだいぶマイルドになってたみたい。

姉妹のバジリスクも「前より全然マシかも」と言っていたけど、これをキープするにはどうすればいいんだろ。

泉まで毎回通うのはちょっと大変だし、万が一枯れちゃったら目も当てられない。

石版を読み込んでみたら、今度は「レクレア草」というハーブの情報が載っていた。

舌に清涼感を与えて毒を中和してくれるそうだけど、使いすぎると自分がしびれて動けなくなる危険もあるらしい。


 怖いけど、気にならないわけがない。

このままじゃずっと思春期の悩みが解決しない。

そこで私は意を決してレクレア草を一枚だけ口に含んでみた。

苦みと辛みが混ざってて、ちょっと癖になる味かも。

飲み込むと、喉の奥がスーッとして息が軽くなる。

「どう?」

姉妹が興味津々に聞いてくる。

「うん……なんか、口の中さっぱりしてる気がする。よし、試しに小岩でも狙ってみる」


 軽くブレスを吐くと、小岩の表面に細い亀裂が走ったけれど、前みたいに粉々にはならない。

草花も一瞬しおれかけたけど、すぐに持ち直した。

これはもう合格ラインなんじゃない?

淡月の泉とレクレア草の合わせ技で、「ちょうどいい毒息」を目指そう。

私はそれから数日、巣穴と泉を行き来して、ハーブの調整量を工夫しながらブレスケアを続けた。


 すると、巣穴の周囲にあった苔や草花がまったく枯れなくなったの。

今までなら私が通るだけでたちまち茶色に変色していたのに、今は緑色を保っている。

姉妹のバジリスクは目を丸くしていたし、私も思わず跳びはねたい気分だった。

「やった……! これで“お口くさーい”なんて言われずに済むかな」

少しドキドキしながら散歩してみたら、小動物たちが完全には逃げずに、遠巻きにこちらを見つめている。

若干の警戒はされてるけど、それでも私にとっては革命的な変化。

なんだか自分がちょっとだけ誇らしい。


 その夜、姉妹と話していたら、彼女がこう呟いた。

「でもさ、毒息を弱めちゃって、もし天敵に襲われたらどうするつもり?」

「そのときは走って逃げるか、泉の効果が切れるまで時間稼ぎするか……いざとなればまだ少しはブレス出せるし」

「ふーん。あんた、案外たくましいね」

そう言いながらも、姉妹はなんとなく複雑そうな表情を浮かべていた。

もし私が毒を消しすぎて、そのせいでやられでもしたら後味が悪いと思ったのかもしれない。


 その数日後、夜に巣穴でうとうとしていると、外から低いうなり声が聞こえた。

どうやら巨大な魔獣が近づいてきているらしい。

姉妹と一緒に岩陰に身を潜めて様子をうかがうと、「バジリスクの巣穴だ。狩ってやる」みたいな物騒な声が耳に入ってくる。

完全に私たちを狙ってるみたい。

「どうするの? ブレス出せる?」

姉妹が心配そうに聞く。

私は思わずレクレア草を噛もうとして、手が震えた。

でも、ここでやられっぱなしじゃ乙女のプライドが許さない。

私は思いきってブレスを吐く。


 威力は弱まってるはずなのに、相手の魔獣は泡を吹いてうめき声を上げると、そのまま逃げていった。

よかった……姉妹と安堵のため息をつき合う。

「すごい。まだまだ強いんだね」

「そりゃあ、思春期の毒はあなどれないってことよ」

実際ちょっとホッとした。

これなら困った相手が来ても一応は対処できる。

ブレスケアで失ってはいないのだ、自分の“最強毒”を。


 そこからは割と平和な日々が続いた。

周囲の魔物とも、それなりに顔見知りになって会釈くらいはできるようになったし、小動物たちは「怖いけどそこまでじゃないかも?」みたいな空気で遠巻きに眺めている。

それだけでも嬉しくて、毎朝鏡岩に映る自分の姿を確認してはちょっとばかりテンションが上がる。

思春期バジリスクはわかりやすいんだから。


 ところがある夕暮れどき、私は妙な足音を感じた。

地面が小刻みに震えていて、まるで誰かが尾を引きずりながら歩いているようだ。

少し胸騒ぎがして、気をつけつつ巣穴の外をのぞいてみると、そこにいたのは白っぽい鱗をしたバジリスク。

私より背は高いけど、ひょろっと細身で、どこか冷ややかな目つきをしている。


 「……また乱暴されるのかな」

そう身構えた瞬間、相手は鼻先をくんくんさせて、ちょっと見下ろすように私を見た。

「ふうん。君か。最近、毒息を弱めてるって噂のバジリスクは」


 何その言い方。

私はムッとしたけど、相手が威嚇してくる様子はなく、むしろ興味津々みたいに尻尾を振っている。

「ええ、まあ。だってくさいって言われたくないし」

すると相手はくすっと笑い声を立てた。

「珍しいね。僕は逆に強い毒を持ったバジリスクに憧れてるんだけど」


 その言葉に少し胸がザワッとした。

毒のブレスを誇るのがバジリスクの本来の姿なのに、私はそれを弱めちゃってるわけで。

思春期真っ最中の私としては、そこを否定されるとなんだか心がざわつく。

「ごめんね。自分の毒息が嫌だったの」

思わず視線を落としてしまう。

だけど、相手は首をかしげた。

「そう? 僕は、君の毒がどんなふうか見てみたい。だって噂じゃ“砕ける石がある”くらいの威力を持ってるんでしょ?」

「そりゃあ、やろうと思えば……」


 こっそり泉の水とレクレア草でブレスケアしているなんて知られたら、馬鹿にされるかな。

そんな不安が頭をもたげる。

ところが、相手はさらに興味深そうに目を細める。

「じゃあさ、もし僕と……その、毒の息を比べ合ってみたらどう?」

「はあ? 比べ合うって、なにそれ」

「バジリスク同士の“大人の”嗜みみたいなもんだよ。どっちのブレスが強いか競うのさ」


 まさかの提案に、私は目を丸くした。

そりゃあ私もバジリスクだし、昔はブレスの強さを誇りにしたことだってあるけど、今は乙女の悩みど真ん中でブレスケアに精を出してる真っ最中。

正直、自信がない。

でも、思春期乙女としては、ちょっとだけ“勝負”って響きに惹かれる気も……。

「でも、私、もし強く吐いたらあんたを傷つけちゃうかもしれないよ」

「そのときはそのときさ。バジリスク同士なんだから、少しくらい毒を浴びたって死なないよ」


 むきになった私は、「いいよ、やってやる」と応じた。

ちょうど姉妹のバジリスクも小耳に挟んで「面白そうね」なんて言ってるし、断ったらそれこそ思春期バジリスクの沽券にかかわる。

翌朝、私は泉の水を飲むのを控え、レクレア草の量もいつもより少なめにしてみた。

そんな自分に「何やってんだろ」と苦笑しちゃうけど、勝負は勝負だ。


 ふたりで森の開けた場所に向かい合う。

相手も深く息を吸い込み、私も心臓がバクバクして声が上ずりそう。

それってまるで恋に落ちる前兆みたいじゃない?

いや、違う、これは毒息対決だから……頭がこんがらがりそう。

「せーのっ」

同時に私たちは毒のブレスを吐き出した。

地面を這うように互いの息がぶつかって、周囲の岩や木々がざわめきながらシューッと音を立てる。

気づけば相手のブレスも結構な威力で、激しい閃光とともに空気がゆがんでいた。

私の息はそれを押し返すように勢いを増し、近くの切り株が真っ二つに割れる。


 ちょっと待って、これ、結構すごい戦いになっちゃってない?

あれほどブレスケア頑張ってたのに、今日はちょっと意地張りすぎたかも。

お互いの毒の波動がぶつかり合って、ぐわんぐわんと大きな渦を巻いていく。

私は思わず声をあげた。

「もう無理っ……!」

ブレスを吐ききってしまい、バランスを崩してその場にへたり込む。

相手のバジリスクも少しふらついて、肩で息をしていた。


 でも、その顔はなぜか満足げで、私に向けてふっと笑ってみせる。

「君……すごいじゃないか。あれほど口臭を抑えてるなんて噂が嘘みたいだ」

「そ、そう? でも、今日はちょっと無理しちゃっただけ」

尻尾をばたばたさせながら答える私に、相手は近づいてくる。

「正直、僕はさ……君がブレスケアしてるって聞いて、どこか物足りないんじゃないかって思ってた。

でも、全然そんなことなかったよ。

充分強い」


 ぽん、と私の背中を尻尾で叩き、彼は続ける。

「むしろ、そのままの君がいいと思った。

毒息を嫌がる相手だっているだろうけど、バジリスクなんだから仕方ないさ。

僕は君のブレス、好きだよ」

え……今、何て言った?

好き……?

強烈なブレスが好き?

それとも、私が、好き……?

混乱しすぎて胸がぎゅうっと熱くなり、思春期バジリスクはもうパニック寸前。


 そうこうしていると、姉妹のバジリスクが後ろからひょっこり顔を出す。

「なに、なにー? ちょっといい雰囲気になってるじゃない」

「べ、別にそんなんじゃ……!」

思わず声が裏返った。

さっきまでブレス対決してたのが嘘みたいに、私の頭は真っ白。

泉の水もハーブもとりあえず忘れて、ただただ自分の鼓動がうるさい。


 そこへ、白い鱗の彼は少し照れたように言う。

「……また、今度も勝負しようよ。

毒を弱めてても、強くても、どっちでもさ」

私はほんのり頬が熱くなるのを感じながら、苦笑まじりに頷く。

お口くさいって言われるのは嫌だけど、こうやってちゃんと向き合ってくれる相手がいるなら……少しだけ、毒を誇りに思える気がした。


 そういうわけで、私のブレスケア生活は続く。

淡月の泉とレクレア草は欠かせない大切な相棒だし、周りに迷惑をかけすぎない程度に毒をコントロールしていくつもり。

だけど、もし彼とまた勝負する日が来たら、ちょっと張り切ってみちゃうかも。

思春期乙女たるもの、気になる相手には全力を出したくなるから。


 その夜、巣穴の中でゴロゴロしながら私はつぶやいた。

「はあ……まさか、こんな展開になるなんて」

姉妹はニヤニヤ笑いを浮かべている。

「お口くさーいから、まさか“好き”って言葉まで飛び出すとはね」

「そ、そこは関係ないでしょ。

でも、ちょっとだけ嬉しかったんだもん。

毒息ごと肯定してくれるなんてさ……」


 星明かりに照らされた鏡岩に映る私の姿は、前よりちょっと輝いて見える。

それはブレスが弱まったからじゃなくて、きっと気持ちが軽くなったからだと思う。

私の毒息は、誰かを傷つけるものかもしれないけれど、同時に私自身を守るものでもある。

そして今はちょっぴり、ときめきを呼び寄せる要素にだってなりうるみたい。

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