憧れの「騎士」って、どういうイメージ?
――世の男性、「騎士」たる者。
見目麗しい容姿に越したことはないと思う。
優美風雅な振る舞いもいいが、勇猛果敢な迫力があるのも魅力的だろう。
愛想があって多弁もいいが、にぎやかすぎるのは困りもの。だが道理をわきまえているのなら、多少強引でもかまいやしない。
一方で、武骨で無口も実直さがあるように感じられて、それはそれで好ましい。
愛想のひとつも欲しいところだが、そう思っている最中、ふと目もとを和ませて微笑まれでもしたら、その為人を知ることができて心が動かされるかもしれない。
スマートな身のこなしも素敵だが、鍛えられている身体には目も奪われる。
――いつの世も……。
男性について口を開いたら、頬を染めながら熱心に語る女性たちの情熱を止めるのはもう不可能だ。当人たちは「あくまでも」理想の男性像……「騎士」を語っているにすぎないが、それにしては注文が細かすぎる。
何も世の男性や「騎士」たちは女性の理想を具現化するために、日々心身を鍛えているのではないのだが、
「男が大人になるということは、とんでもないものを背負わされることになる」
ハシュは以前、休憩の合間の上官たちの会話……私生活の愚痴こぼしを偶然耳にしたことがある。
「どうせ男という者は、結婚した瞬間にかかあ天下と化した奥方の尻に敷かれるのがつねなのだから」
などと、冷めかけたお茶のカップを手にしたまま、しみじみ結論総括するようすを聞いていると、「大人になるのって大変だなぁ」などと子どもじみた感想しか浮かばない。
正直なところ、ハシュは自分にはまだ早い世界の事柄でしかなく、女性の理想論も男性の現実論もどうでもいい話でしかなかった。
自分はそんな現実のために「騎士」に憧れ、目指していたわけではないのだから。
それに、
――まぁ、恋はまだ俺には早いよなぁ。
そんなふうにつぶやいて、ハシュは上目遣いに頬を掻いてしまう。
ハシュはまだ「恋」という言葉を聞くだけで何やら気恥ずかしくなってしまうし、おなじ年ごろの少女たちと話す機会は、十五のときから二年間の厳しい鍛錬を必要とする十二月騎士団に所属してからはほとんどない。
その条件は一緒だというのに、年の近い周囲や同期たちはいつの間にか女性と親しくなる術を覚え、ときには理想の相手と巡り合い、ときには親しい仲、真剣に想い合う仲へと発展させている。
自分はまだ「恋」という言葉だけでドキドキと鼓動が早鳴ってしまい、頬が赤く染まってしまうというのに……。
――みんな、どこでそれを習得してくるんだろう?
ハシュはそれが不思議でならない。
ハシュも容姿には恵まれている部類なので、「恋」に熱心になるようになったら、今度は相手をドキドキさせることもできるだろう。
けれどもハシュの容姿はどちらかというと、おなじ年ごろの少女よりも、同性に興味や親しみを持たれやすい傾向がある。明るい気質なので、同期や後輩からは慕われ、すこし年上の同性には左目もとのほくろが何やら印象を与え、彼らはついハシュを容易く懐に入れて「弟分」として可愛がってしまいたくなるのだ。
でも!
ハシュの優先順位はそこではない。
――「騎士」って言ったら、やっぱりこうだよなぁ。
祖国――トゥブアン皇国に穢れなき忠義を誓い、高潔さを具現化するために己の心身を鍛えて魂を磨き上げ、鎧よりも崇高な覇気を纏うのが「騎士」という感じがあるし、見目や体躯も充分に必要だと思われるが、やっぱり「騎士」たるもの剣技が筆頭必須だと思う。
――剣技武芸を熟してこそ、極み、というもの。
どのような戦場だろうと勇猛果敢に剣を振るい、ときには騎士たちを統率と指導力でまとめて。騎馬に跨り駆れば疾風、武具や鎧を纏っていても爽快さは失われず、曇りなき眼で前を見据えて。
何より、そんな彼らを見て人々が不安を覚えず、希望を失わない、それを感じさせてくれる護り手の存在感が「騎士」というものだろう。
そんな「騎士」に対する憧れと妄想なら、ハシュだって負けはしない。
そして、いつかはそれを自分の姿にしてみせるのだと希望を捨てず、――いまは伝書鳩という、十月騎士団所属の新人騎士の文官が避けては通れぬ伝達係として世の厳しさを日々学んでいる。
これはこれで精神の苦行、いや、鍛錬だと思えば……と、ハシュはときどきくじけそうになる自分を鼓舞している。
――けれども、伝書鳩にもいい面はある。
書類の受け渡し、という天下御免の職務のおかげで、ハシュたち伝書鳩は十二ある騎士団の敷地や庁舎に立ち入ることの制限を受けることはない。
無論、先ほど訪ねた皇宮内や、所属騎士以外の立ち入りを制限されている区域は足を踏み入れる許可がなければ当然好き勝手はできないが、それでも職務だと言ってしまえば伝書鳩に向かえぬ場所はない。
――ま……そのせいで、逆にこき使われる頻度も高いんだけど。
そうやって各騎士団の敷地や庁舎を訪ねるようになって、ハシュは自身が憧れる「騎士」たち武官を眼前で見ることができるようになったし、それがハシュの将来の夢を支えてもくれる。
それに……。
ひとつだけ奇妙に確信したのは、世の女性たちの過剰要求に近い理想を具現化している男性――「騎士」は、このトゥブアン皇国には存在しているということ。
では、どこに? と問われたら、ハシュは即座に、
――それは皇宮内に所属する武官の一月騎士団です!
と、両手に興奮の拳を握って言いきるだろう。
これはハシュの憧れが凝縮しているだけの評価ではなく、実際に彼ら一月騎士団は個人技に優れたエリート集団で、容姿も見た目も軍装も優れていて、トゥブアン皇国でまず「騎士」に憧れるとしたら、彼らがきっかけだと口にする者が多数を占めるだろう。
十二月騎士団に入団を決意した少年兵の多くはそうであるし、ハシュもそのひとりだった。
しかもハシュは今日、立場は衛兵であったが――武官には所属担当や階位が明確に区分されており、失礼ながら衛兵はどちらかというと下位に近い――その一月騎士団に所属する武官を目前で見やり、となりを歩いて会話することもできた。
これを興奮せずに、何に興奮せよというのだろうか。
――だが、このトゥブアン皇国において「騎士」と言えば。
それは圧倒的に海洋軍隊、海洋軍船団、海軍騎士――そう、海軍という海洋の護り手を連想せざるを得ない。
――「騎士」と言えば、海軍。
重厚な砲門をいくつも装備した軍船に乗り、蒼き海原で敵国の軍船と砲弾の火を噴きながら激しく応戦し合い、ときには勇猛果敢に敵船へと乗り込み、海軍騎士自慢の大剣「蛮刀」を派手に振るって敵を容赦なく薙ぎ払い、槌や棍のような威力で敵船に大きな損害を与えて……。
彼らの真の奮闘は、実際の海戦に自らも挑まなければ見ることもできないが、七月騎士団の活躍は多方面からの語り、書物などで知ることができる。
――堂々広げられた帆、国旗という御旗。
それはトゥブアン皇国に侵略進軍をくり返す敵国に対し、つねに皇国の興廃を懸けて海戦に挑む海軍の絶対的な防衛の魂の表れで、トゥブアン皇国は彼ら海軍騎士のおかげで建国以来一度も他国敵軍の土足を味わうことなく、国土は穢れを知らずに平和を保つことができている。
――海軍騎士こそが、真の「騎士」!
ハシュの祖父の代あたりまで、とくにこの風潮意識が強かった。
実際、海の町で生まれ育ったハシュの祖父と父、それと曽祖父はいずれも海軍騎士の七月騎士団に所属していた経歴を持っている。
いまもその名残は強く、トゥブアン皇国に十二ある騎士団のうち、剣技の六月騎士団、海軍騎士の七月騎士団、騎馬隊の八月騎士団の武官で構成されている三つの騎士団……軍事のトップは海洋軍隊を率いる七月騎士団団長と定められている。
これにはハシュの母国であるトゥブアン皇国の独特の地理地形が関係し、独自の文化と豊富な資源、そして――他国には幻想郷のようなイメージを抱かれている選出制の皇帝位継承の「条件」が深く関係していた。