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親友のバティアは、十二月騎士団団長

 黒衣を基調とした上下に、襟袖の先と肩章が目立つような濃赤色と金糸の縁飾りで装飾縫いをされている十二月騎士団の軍装に対し、団長は黒衣の一色。

 袖襟に階級をあらわす金糸の装飾縫いがあしらわれているだけで、一切の飾り気はない。肩章も黒一色の上下に金糸の線が縫われているだけで、一見して地味な軍装の印象が強い。

 けれども、年ごろらしくやや癖のある金髪は明るく、式典祭典などの盛装で結ってみようかなと思い伸ばしている長さはすでに肩を越えていて、いまは質素な飾り紐で簡単に結わえている。

 碧眼は思わず覗きこんでみたくなるほど美しく、眉目秀麗の清廉な容姿のバティアがそれを着ていると、むしろ黒衣の軍装が彼の潔白さを引き立てているようで好ましい。

 控えめな性格だが、かえって落ち着いた雰囲気を醸し出しているのが何より周囲の安堵感につながる。

 年こそハシュとおなじ十七歳だが、すでに簡単には下ろせないものを背負い、十二月騎士団団長としての重責を正しく理解し、担っている。

 その責務に日々心身を鍛えられているのか、風貌はすでに少年ではなく若き青年と称するにふさわしいものがあった。


 ――加えて、いまは悠然とした雰囲気で白馬に騎乗している。


 十二月騎士団団長は正式な騎士団たちにこそ「見習い団長」として揶揄されることが多いが、それとは裏腹に、


 ――今期の十二月騎士団団長は、相当の「当たり」よ!


 などと、新団長のお披露目となる新任式典で年ごろの近しい少女たちから熱烈な評価を受け、熱心な視線を浴びるようになった。

 もともとバティアの容姿はすこし年上の女性にどうも好まれやすく、少年兵のころから知られた存在にはなっていたが、いまでは青年期を迎えようとしている危うい容姿の変化が拍車をかけて、十二月騎士団の敷地から外に出ればそれこそ老若問わず、女性たちから「胸ときめく好ましい人」といった視線を向けられるようになったので、バティアの生活は一変してしまった。

 本人としてはどう対応したらいいのかわからず、誰か先輩に尋ねてみたかったが、すでに自分以外の上級生は十二月騎士団には存在しない。

 だからといって教官たちに尋ねればいいのかと悩むが、それはそれで気恥しい。

 すでに少年兵という生徒ではないバティアにとって、教官たち講師陣も団長の配下として立場が変わってしまった。バティアはほんとうに、十二月騎士団のなかでは最高位となってしまったのだ。

 とはいえ、気恥ずかしいから門から外に出ないというわけにもいかない。

 団長には団長の職務があるし、いまのように乗馬に不慣れな新入生たちの面倒も、上級生の監督生たちと一緒にきちんと見なければならない。

 年下の面倒や世話を焼くのは性分的に合ってはいのだが、馬慣らし――通称・お散歩に出るたびに女性たちから熱心に好まれて、どう返したらいいのかわからず頬を染めてしまうと、さらに熱中されてしまい……。

 いまではバティアの噂は皇都地域中に広まっている。

 バティアは、同期たちとはちがう意味で団長を就任したことに激しく後悔していた。


 ――あいつ、成人を迎えたら「化ける」ぞ。

 ――とんだ女たらしになるか、女嫌いになるかの二極だな。


 などと同期や直近の上級生……先輩たちにさえそう言われているのが恥ずかしくて、恥ずかしくてたまらない。


 ――でも、バティアは何も変わっていない。


 ハシュはそう思う。



□ □



「――ほんとうにびっくりしたよ。ふり返ったらハシュがいるんだもの」

「ごめん。おどろかすつもりはなかったんだ。でも、こんな道中でバティアに会えるなんて嬉しいよ。元気だった?」


 ハシュの嬉々たる声に、バティアもゆっくりと笑む。

 やわらかな笑みはどこか大人びてきたな、とそう思えるものがあった。

 バティアが騎乗する白馬は、その背後で隊列を組んで新入生を騎乗させている退役馬の老体ではなく、純粋に若さ溢れる若き騎馬。

 ハシュが騎乗する栗毛色はこれと並行することをどことなく嫌がり、


 ――早く行くぞ。これ以上道草を食うな!


 と促すように、わずかに足並みを乱そうとしたが、


「ごめん、あとちょっとでいから。――彼は親友なんだ。話をさせて」


 そうハシュにお願いされて宥められては、反抗のしようもない。

 もとよりハシュを困らせるつもりはなかった。

 だが、栗毛色から急ぎの用があることを騎手に思い出させなければ、こののんびり者はすぐに自分を後悔することになる。その泣き面を見たくはないから、こちらがあえて悪者を演じているというのに。


 ――そんなに道草を食うのが好きなのなら、勝手にしろ。

 ――あとで泣きながら走らせたって、間に合わなくても責めは追わないからな!


 ここで反抗つづけて、若造の白馬に身勝手なやつだと思われるのも癪だった。

 栗毛色は目もとを引きつらせるように渋い顔をして、ふん、と鼻を鳴らす。

 河合に、栗毛色は自分のほうが経験豊富な騎馬なのだと白馬に知らしめるため、足どりに矜持の高さを加える。つまり、格好をつけるかたちをとるのだった。

 ハシュはそれに苦笑したが、おかげでバティアとは騎乗のまま並行して歩くことができたので、そのまま近況を語り合う。

 とくに、先ほどあった一月騎士団の衛兵たちとのやりとりにハシュは嬉々と語る。


「――でね! 皇宮の衛兵のお兄さんとお話しすることができてね」

「衛兵っていうと……一月騎士団の武官だよね? どうだったの?」

「もう全部が全部、格好よかったんだ! 白の軍装も、立ち居振る舞いも、お兄さんたちも素敵な方ばかりで!」

「へぇ」

「一月騎士団はさすがに高望みだけど、でもやっぱり憧れちゃうよ」


 皇宮に向かうまでの経緯、皇宮内……四月騎士団で起こったまさかの大惨事はおぞましすぎて、この際端折ることにした。

 ほんとうなら――これがバティアひとりだけとの再会ならば、ハシュはほとんど泣きつくように抱きついて、「聞いてよ!」と愚痴の土砂降りを降らせながら、日々の辛抱と労いに頭を撫でてもらいたいほどの衝動に駆られただろが、さすがに後輩となる新入生や、去年まで学び舎を共にした直近の後輩……監督生の前でそれはできない。

 輝かしい未来を持つ無垢な後輩たちに、直近の先輩として早々現実の厳しさを教えるわけにもいかないのだ。


 ――それを人目かまわずしなくなっただけ、自分も大人になったなぁ。


 と、ハシュは自分基準で自分に感心する。

 裏を返せば、すでに他の友人にはそれをした前例があるのだろう。

 一方のバティアは、ほんのわずかに懐かしいハシュの左目もとのほくろを見やりながら何かに耽っていたが、すぐに自分の視線に気がついて、ハッとするものを隠して微笑む。


「バティアはどう? やっぱり執務室にこもりきりなの?」

「う~ん、いまはそこまでこもっていないかな?」


 ハシュが問うと、バティアはどことなく上目遣いで日々を振り返る。

 前団長はハシュたちにとっては直近の先輩だったため、その日常はよく知っている。

 彼は根っからの文官気質だったので、団長としての剣技や武芸の指導より教官のように物事を説くほうが得意で、訪ねるときはほとんど執務室での面会だった。

 すこし癖はあったが、団長職としては一年と短く、バティアと入れ替わるように団長職を終了した後、彼は国政の五月騎士団へと入団している。

 それを思うとバティアは真逆の武官気質なので、やっぱり剣技や武芸の指導のほうが多い。


「そっか。バティアは教え方が上手いもんね」

「みんなのおかげで、どうにか。教えること自体はいいんだけど、対人が……ね。監督生だったころとはまたちがう立場で全体を指示したり、注視するのに要領が上手くつかめていないというか、何というか……」

「あはは、バティアは人を叱ることとか苦手だもんね」

「よかれと思う注意でも、言葉のちがいで相手を落ち込ませかねないからね。新入生のこともまだ三ヵ月と捉えるべきか、もう三ヵ月と捉えるべきか。ほんとう、難しいよ」


 もちろんそれは、自分の成長を含めてのことだ。

 何事も他者を評する前に、まずはすべてにおいて規範になってしまう自分の評価を自身で安定させなければ。

 そんなふうに、バティアの自分基準は相当に厳しい。


 ――いくら親友相手とはいえ、弱気めいたことを口にしていいのだろうか?


 先行して思わず本音を漏らしてしまったバティアは、そのままため息をつきかけて、辛うじて止める。

 後方の新入生たちに対してずいぶん気を遣っているな、とハシュは感じとる。

 伝書鳩で鍛えたのは、対面相手の気配を瞬時に察すること。

 無理はしていないにせよ、かなりの気苦労を自ら背負っているように思われる。

 バティアはそれくらいに、普段は思慮深いのだ。


「でも、最後方から隊列を見て思ったよ。騎馬も新入生も、監督生も。最先頭がもっとも信頼できるからこそ、安心してついて歩けているんだって」

「そう、かな?」

「そうだよ。最初は最後方のあの子……監督生にしか目がつかなかったけど、彼の騎乗のようす、騎馬のようすを見て、ああ、この隊列の最先頭にはバティアがいるって思えたんだから」


 ハシュは押しには弱いが、こんなふうに素で物事をきっぱりと言える。

 いい意味でも悪い意味でも、その気持ちや表現に嘘がない。

 ハシュの誉めにバティアは頬を染めるが、ハシュの賛辞は止まない。


「だって、バティアの背中は俺がずっと見てきたんだもん。俺もそうやって安心できたから、ずっときみの後ろで監督生をつづけることができた。俺だってそういうところの見る目はあるんだから」


 ――俺の目、信じてよ!


 と、ハシュがバティアの顔を覗きこむように小首をかしげると、その表情のなかでも印象的な左目もとのほくろに目がいってしまい、バティアは気恥ずかしそうに頬を染める。


「ハシュにそういうことを言われたら、もう自信がないなんて言えなくなるよ。――まいったなぁ」

「あはは」


 ――十二月騎士団修了後、ふたりが会うのは三ヵ月ぶりのそれ以来。


 すでに親友という間柄なので、近況報告や非番の日を合わせて皇都の街を歩かないかとこまめに手紙でも交わしてみたかったが、片や新人文官騎士の伝書鳩、片やすでにトゥブアン皇国にある十二の騎士団の十二ある団長席に列する十二月騎士団団長。

 おなじ三ヵ月の時間の過ごし方にも雲泥の差がありすぎて、気安く手紙を出すのにもためらいがあり――それこそ直截会うともなれば、面会に必要な手続きの書類がいくつも必要で、ハシュの日常の業務と大差がない――、結局はそのままになってしまった。

 それだけに、今日の偶然の再会はハシュを舞い上がらせる。

 それはバティアもおなじだったようで、ふたりは互いにようやくほっとできるものを感じ、それぞれ肩に感じていた重いものを下ろすことができた。

 とくにバティアは、口に出せただけでも表情が落ち着いた感じになったので、ハシュはほっとする。

 その流れで今度はハシュが口を開くと、バティアはおどろくように目を丸くする。


「しかし――、十月騎士団の伝達係って想像上に大変なんだね。もう夕暮れになるっていうのに、これから五月騎士団まで行くなんて」


 いまの位置から五月騎士団までの道のりを考えても、ハシュが騎乗する栗毛色の軍馬が相当の疾走をしても時間はかかる。

 往路だけでそうなのだから、復路を含めれば、ハシュが十月騎士団に戻るころはとっくに夜となっている。

 いまは新月の時期なので、頼りになる月明かりもないというのに……。


 ――それにハシュは……。


 暗がりを怖がる傾向が強い。

 理由は十二月騎士団所属のときに知らされて、周囲は以降ハシュを気遣うという「事件」を体験している。

 とくに文官はランタンなどの灯りを用いての、夜の騎乗を禁じられている。

 そもそも、新人文官にだって就労時間は定められているはずなのに、


「その用件は明日に回せないのかな? 無論、そのぶん早朝からの移動が早くなるだろうけど」


 バティアは気遣ってくれるが、ハシュは遠い目をしながら笑う。


「それをさせてもらったら苦労しないよ」

「そういうものなんだ」


 そういうもの!

 と、日ごろから文句を言っている伝書鳩としては、えらそうに総括できないのが辛いところだ。

 たしかに帰庁の時刻を考えれば無理を通さずとも……と思える話だが、国事や国政を預かる文官にとってその気の緩みや蓄積は、「いざ決断」の損じにつながる。

 いまはまだ国情は平時だからいい。これが軍時、戦時となったら、伝書鳩の機動力が場合によっては皇国そのものの存亡に直結する場合もありうるのだ。


 ――トゥブアン皇国の平時は短い。


 つねにこの恵まれた島大陸を侵略しようと、外敵となる敵国が魔手を伸ばそうとしているため、むしろ戦時の国情のほうが日常に近いのだ。

 ゆえに激務だ、こき使われていると嘆いても、期限や刻限を定められたら厳守しなければならない。文句を言えるのは平和の証だ、と顔馴染みになった厩務員にぽかりと頭を叩かれたこともあった。

 伝書鳩とはそれほどまでに重要性を持つ伝達係なのだと、ハシュの心身はそのように躾けられてしまった。


 ――だから、せめて……。


 この心優しき親友だけは、部下や下官の扱い方をまちがわずに立派な上官へとなってほしい。たとえ激務を押しつけることになっても、その行動を妨げるような「ついでに」だけは口癖にならないでほしい。

 ハシュは心底祈りをこめて忠告する。

 ピッと人差し指をまっすぐ立てながら、


「バティアも気をつけてよね。誰かに用件を頼むときは、ちゃんと時間やその子の事情も考えないと」

「心がけるよ」


 バティアが背後の新入生たちを気にしてさほど口を開けなかったぶん、ハシュも会話の内容には気をつけていたが、一度堰を切ってしまうと、これがなかなか止められない。

 勿論、新入生たちには聞こえないよう配慮はしたが、新人の文官騎士にとっていかに伝達係……伝書鳩が恐ろしい立場なのかをハシュは切々と語っていた。

 いや、語らずにはいられなかった。

 何がいちばん辛いのかというと、


「ひとつ動こうとすると、すぐに呼び止められて。ついでに、ついでに、の用件が信じられないほど蓄積されていくんだ。一日の時間は限られているし、なのに上官たちは地図を縮図で覚えたような言い方で、まったく距離を計算していないんだよ」


 そのせいで、酷い目に遭っている。


 ――いまがそうだ!


「文官って想像していた世界とは全然ちがって、書類に関してはほんとうに命を懸けているというか、魑魅魍魎のように跋扈しているというか。とくに回収には鬼にも蛇にもなれるというか……」

「それは……すごいね」

「ほんとう、すごいんだから。行けと言われたら、たとえ火のなか、水のなか――それを言わせる圧がすごいんだから!」

「……」


 ハシュの気迫ある語りも充分に圧があるよ、とバティアは言わない。

 ただ、まだ十二月騎士団の門内……敷地のなかのことしかよく知らないバティアにとっては、言い方を変えれば激務の話もおもしろく、新鮮だった。

 すでに十二席ある騎士団頂点である団長の席に列していても、ハシュのような現場経験は未知に近い。

 職務といっても執務室での作業はすくなく、外出も他の騎士団団長に呼ばれて出向く……あるいは、いまのように新入生たちの馬慣らしの先頭に立ち、通称・お散歩で息抜きをするか。

 それくらいしかない――。


「でも、それを熟してしまうんだから。ハシュだってすごいよ」

「そうかな?」

「うん。ハシュの奮闘を聞いて、俺もがんばる気が湧いてきた」

「まぁ、バティアがそう言ってくれるのなら……」


 正式な「騎士」として多忙を経験し、それを愚痴にすることもできる日常。

 すこしだけ羨ましいな、とバティアは思い、けっしてそれを口にはせず――言ったら最後、ハシュはとことんへそを曲げるだろうとわかっているので――、ハシュを褒めて宥める。

 互いに聞き手になっては、最後に相手を褒めて。

 三か月分の溜まりに溜まった近況を報告し合い、結局口が止まらなくなったハシュの愚痴ばかりが目立ってしまったが、ふたりにとってはそれでもよかった。


 ――ひとしきり話し終えたら、互いに目が合って。

 ――しばらく互いの瞳の色を見つめるようにして、見つめ合い……。


 ふいに笑みをこぼす。

 それだけ何となく心穏やかに通じ合うものがあった。

 とくにハシュは四月騎士団団長の話をしたわけではないというのに、バティアといると靄に囚われていたものが澄んだように晴れてきて、思考がすっきりしてきたように感じられる。

 勿論、後輩にあたる新入生や監督生にも会えたことで、目の前の現実だけがいまの人生のすべてに思えていた自分の頭を冷やしてくれた。


 ――俺、危うく四月騎士団団長の私物鳩に成り下がるところだった……。

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