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十二月騎士団の馬慣らし、通称・お散歩に遭遇

 先に述べたように、このトゥブアン皇国には十二の騎士団が存在し、武官、文官とわかれて騎士団は構成されている。

 両者はいずれも「騎士」の号を得て、皇国の頂点である唯一皇帝に忠誠を誓い、国民には絶対の守護を誓っている。

 国土は資源豊富な島大陸だが、人々の暮らしの中心は唯一皇帝の御座所がある皇宮――皇都地域。各騎士団が所有する敷地や庁舎も皇都地域に集中している。

 一見すれば何もかもが一極集中しているように思えるが、それはあくまで地図上でのことで、実際の皇都地域は馬の脚を使っても充分な広さがあって、各騎士団の敷地に向かうにしても道のりは思いのほか複雑。互いの距離も相当あって、いざ移動となると時間は当然のようにかかった。


 ――せめて、一直線の道でもあればなぁ……。


 ハシュは伝達係の伝書鳩となってしばらく、そんなふうに互いの道のりをもうすこし単純にしてくれればいいのにと思ったが、昔からそうとしないのには理由があって、トゥブアン皇国はつねに敵国の侵略襲来を受けているので、各騎士団の敷地が点在するようにあるのも、それらが思いのほか皇都地域の外周にあるのも、すべては唯一皇帝の御在所である皇宮の盾となり、守護するためだと教えられてしまえば納得するしかない。

 なので、各騎士団の庁舎を訪ね、採決に必要な書類の受け渡しを日々の業務とする十月騎士団――そこに所属するハシュたち伝書鳩はどうしても騎馬の脚を頼らざるを得ないのだ。


 ――とくに馬術を得意とするハシュは、その行動範囲も広い。


 皇都の中心街を抜けてしまえば、あとは森や林をいくつか抜ける風景がつづく。

 民家も中心を離れればほとんど存在しないので、道中は何かと寂しいが、幸い五月騎士団の庁舎は政治を預かる国府でもあるので、国民がすぐに赴けるよう道中での苦労はすくない。

 乗り合いの馬車が行き交うのに不自由がないよう道幅もあって、道端の木々の枝も定期的に伐採手入れをされているため、視界を遮るものもないので、軍馬が集中して疾走するには最適だった。

 五月騎士団がある方向は、東。

 すでに陽が傾いている西の空からの残光は届かず、東の空には夜の始まりを告げる藍色がゆっくりと伸びてきている。

 室内にいれば視界も薄暗さを感じるようになったが、外にいれば陽光が一日の終わりを告げるにはまだ時間もあるだろうと思えた。だが、見やる懐中時計の文字を差す針を見ると、この時間でもうこの残光だけが頼りになるのかと思うとおどろきも隠せない。

 早く夏時間の意識から切り替えないと、日を追うごとに距離と時間経過の計算が狂うぞ、とハシュは渋そうに眉根を寄せてしまう。

 もう残光もほとんど届かない、周囲の木々の影は濃さを増している。

 沿道のすぐ向こうはほとんど闇に近い。

 いまはまだ嫌なふうに怖くはないが、視界すぐの闇は夜空の色や雰囲気とはまったく異なるので、ハシュはあまり好めない。


 ――この地域は、秋の季節が長い。


 夏の時期にすっかり濃い緑に茂った木々の合間から、黄葉の木々が目につくようになって、そしてその黄葉が枯れ落ちはじめるころに紅葉を見せる木々が周囲の風景を一気に染め上げて……。

 情景としては美しい時間が長くつづく。

 海辺の町で生まれ育ったハシュにとって、皇都地域で見る秋の自然の移り変わる色彩は幻想的のように思えて、十二月騎士団に入団した最初の年は周囲の風景を見るのが好きで、窓の外から黄葉、紅葉に染まる森を見るのが好きだった。

 いつまで眺めていても飽きがこないのが不思議だったが、うっかりしているとあっという間に陽が落ちてしまうのが玉に瑕だ。

 それが、秋は夜長、の所以でもあるのだが。


 ――ん……?


 その道中でのことだった。

 ハシュは最初、とにかく五月騎士団の敷地内にある内務府に早く着いて、上官から預かってきた書類を渡し、あちらが十月騎士団に渡さなければならない書類を受け取って、十二月騎士団に向かうぎりぎりの時間まで「クレイドル」探しをしようと計画を立てていた。

 そのため、ほとんど競走馬をあつかうように栗毛色の軍馬を走らせていたが、途中でハシュが何かを見つけ、その疾走さばきを緩める。


「やっぱり……」


 ほんのすこしだけ目を凝らして、ハシュはつぶやく。

 栗毛色は、この先の体力温存のために騎手が急がせる力を緩めたのかと思い、軍馬の持久力を侮るなと言いたげに、すぐには言うことを聞かず、威勢のいい眼光を正面に向けたままだったが、


「――ちがうよ。ちょっと馴染みが前にいるんだ」


 言って、ハシュは栗毛色の首筋をかるく叩く。

 ハシュはけっして栗毛色の体力や持久力を不安視したわけではない。

 疾走の集中がつづいていた栗毛色の脚をそれでも緩めたのは、まだ自分とは距離があるものの、一直線に並んで馬に騎乗している集団のようすが目についたからだ。


 ――ぱっと見たところ、十一、二騎はいるだろうか。


 騎馬そのものに不安な足どりはなく、むしろどこか老熟した構えのような気配があった。

 むしろ不安げなのは、騎乗している騎手たちの面々だ。

 後ろから見ても馬上での姿勢はどこか不慣れそうだし、その背には不安の色がよく表れている。

 騎乗している面々は、その背格好からして少年の集団で、十七歳のハシュよりわずかに若いようすが見てとれた。


 ――揃いの軍装は黒衣が基調の、襟と袖の先だけが濃い赤色。

 ――その縁が金糸で飾り縫いをされている。


 肩章があるので武官が纏う軍装だというのは一目でわかるが、武官のみに使われる階級装飾や模様は一切ない。むしろ、ただ目立つだけの意味合いが強く、襟袖とおなじ濃い赤色が肩に乗っている。そんな印象だ。

 新人の文官騎士であるハシュがこういうのも何だが、見ていると軍装を纏っているというよりは、軍装に扱われている、そんな不慣れな印象が強い。

 それもそのはず。

 彼らは十二月騎士団に所属する少年兵だった。

 その背を見るかぎり、今期修了を迎えた卒業生と入れ違いに入団した新入生たちだろう。

 ハシュも三ヵ月前までおなじ軍装を纏っていたので、見まちがえることはない。


 ――修了してから三ヵ月、早いなぁ。


 あのころは正式な騎士団の騎士たちに「少年兵」というよりも「ひよこ」として見られる軍装を纏うのが嫌で、とくに剣技武芸に秀でていた同期たちはその意識が強く、誰もが早く一人前の「騎士」となって、それにふさわしい軍装を纏いたいと憧れていたものだ。

 ハシュもそうやって、ずいぶんと背伸びをしてきた。

 それを途端に思い出してしまうと、彼ら十二月騎士団が纏う軍装も何だか懐かしくなってしまう。

 背格好が新入生なら、彼らが騎乗する馬に老熟の気配があってもおかしくはなかった。

 十二月騎士団に入団する少年たちは「騎士」に憧れて、幼いころから剣技の鍛錬に懸命になる者は多いが、反して騎乗の経験はすくない。

 そのため彼らに用意される騎馬は、いずれも武官の騎士団の厩舎に所属していた軍馬で、よく訓練された、現場経験も豊富な引退馬が用いられる。

 引退馬は年齢も重ねていることもあり、気性も比較的穏やか。

 まるで老兵が孫を背に乗せ遊ぶような感覚でしかなく、騎馬の経験が極端にすくない騎手であっても彼らがちゃんとフォローしてくれるため、馬術の実技時間では充分に活躍してくれるのだ。

 もちろん、すべてを引退馬任せにするわけにはいかない。

 騎手本人が成長しなければ「騎士」として意味がないので、新入生はとにかく騎馬の経験を積み、乗馬に身体を慣らせるため、一日の授業終了時は馬術の成績ごとに少数に分かれ、十二月騎士団の周囲を騎乗で歩いている。


 ――通称・お散歩という、馬慣らしの集団だった。


 ハシュは栗毛色の歩みをさらに緩めて、ゆっくりと最後方で騎乗する少年に近づく。

 彼の背格好は、いまのハシュとあまり変わりがなかった。

 背筋はピンと伸び、老熟している軍馬のあつかいにも慣れていて、騎馬の足取りは誰よりもきびきびとしている。

 ようすからして、たぶん彼が監督生だろう。

 乗馬に不慣れな新入生のお散歩のときは、かならず馬術を得意とする上級生――監督生が最後方に付き、彼ら新入生の歩みを見守り、ときには指示し、日々の上達を見極めたりすることを義務づけられている。

 ハシュも上級生のときは総合的な監督生にはなれなかったが、新入生のお散歩の騎馬隊では監督生を務めて最後方から見守り、後半では馬術の模範生を務めたこともある。

 それでも……と思い出すのは、最後方からいつも眺めていた先頭を歩く同期の背中だった。


 ――あのときは、先頭を歩く指揮官を経験してみたいと思っていたなぁ。


 指揮官とは、文字どおりお散歩の騎馬隊を最先頭から引き連れて歩く監督生の別称で、経路や隊列の計画を立てて実行することができる、軍隊組織でいえば小隊長のようなものだ。

 役目としては最後方の監督生が隊列を全体的に見守るのと差はないが、それでも武官の「騎士」に憧れを持つ少年兵ならば、小さくても集団のトップ、名称に魅かれて、誰もが一度は担ってみたいと思う立場でもある。

 勿論、ハシュにそれを務める馬術はあったが、どうにもそそっかしい一面が災いして、統率面を必要とされる先頭を担うことはなかった。

 そう――。

 やってみたいという憧れは強かったが、反して、是が非でもとこだわるほどでもなかった。

 ハシュが最後方を務めるとき、その最先頭に立って指揮をするのはいつも「彼」だったし、


 ――あの背を見ているかぎり、不安などひとつもない。


「彼」の背には、そう安堵を覚えるものがある。

 指揮官が見せる背中というのはそういうものなんだろうな、と素直に思えるものがあったし、「彼」もまた、


 ――ハシュが最後方でみんなを見守ってくれるから、安心して前を向いていられる。


 などと言ってくれたのが嬉しくて、「彼」となら一緒にいたかった。

 なので「彼」が新入生のお散歩の騎馬隊を率いるときは、ハシュはかならず「彼」の背中を見るため、隊列の最後方についたものだ。

 思い出せば思い出すほど、たくさんの日々が懐かしい。

 くすくす、と笑いながら、ハシュはゆっくりと栗毛色を歩かせたまま、最後方を歩く上級生……監督生の騎馬のあとにつづく。

 監督生はハシュにとっては直近の後輩に当たるので、顔馴染みでもあるし、このまま気安く声をかけてもよかったが、それは歩行中の騎馬隊――軍馬と当人を驚かせてしまうかもしれないし、人間はびっくりするだけですむが、軍馬は急に興奮すれば、勢いで騎乗する監督生を振り落としてしまう事態になりかねないし、そんな動揺が隊列全体に伝われば、騎馬のあつかいに不慣れな新入生たちでは軍馬を御するのが困難になる。


「……でも、素通りも味気ないし」


 挨拶くらいならいいか、と妙にうきうきとした気配を出すハシュに、騎馬である栗毛色はやや呆れる。


 ――この騎手……伝書鳩は、急ぐことを最優先としていたのに?


 これからどんな道草を食うのかは知らないが、職務優先に急いでいたからこそ自分――栗毛色のこと――の競走馬にも劣らない脚力を見込み、これまで疾走させていたというのに。


 ――おい、当初の目的を忘れるな!


 栗毛色はハシュに気を逸らすなと、まるで促すようにわざと鼻息を荒く吐くが、ハシュもそれを察して、まぁまぁ、と苦笑いしながら栗毛色の背をかるく叩く。


「何だろう……。みんなを見て、冷静になれたんだ」


 確かに栗毛色の忠告は正しい。

 早くしないと夕刻が過ぎて夜が来るし、「クレイドル」を知っているかもしれない五月騎士団の文官たちも終業を迎え、帰路帰宅に向かい出せば、ハシュの欲しい情報がどんどんと手薄になってしまう。

 でも、だからといって、お散歩途中の新入生たちをごぼう抜きしてまで気焦りに囚われるのは直近の先輩としては大人げないし、まるで間抜けな新人武官の「騎士」姿を見せるのも、これはこれで気恥しい。

 何より。

 そういった、ちょっぴり背伸びの先輩意識のおかげで、ようやくほんとうの意味で冷静さを取り戻せたような気がするのだ。


 ――俺、すっかり四月騎士団団長に乗せられていたなぁ。


 ハシュはやっと、心底嫌な気分を切り離すための息を吐くことができた。


「きみがいかに素敵で頼りがいのある軍馬なのか、俺が一番よく知っている。だから――俺にすこしだけ時間をちょうだい」

「……」

「きみも隊列の軍馬に思うところはあるかもしれないけど、いまだけは俺の顔を立ててほしい。きみはきみの矜持でしっかり前を向いていてね」


 ――すこし近づくよ。


「接近する軍馬には威嚇しないでね」

「……」


 ハシュは直截騎馬に話しかける癖がある。

 だからといって騎馬が人語で返すわけでもないし、何となく伝わる気配もハシュが捉える感覚でしかないが、それでも、


 ――誰がそんなことをする?

 ――見境のない暴れ馬と一緒にするな!


 などと文句を言って、気配で会話を返してくれたような気がするので、それが嬉しくて頼もしい。

 栗毛色はハシュに対しては従順なほうで、手も焼かせないが、それでも気性は苛烈なほうだとハシュも知っている。

 念のためそうと言い聞かせて、ハシュは最後方の騎馬に近づいた。

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