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朝のにおい

 …ここしばらく、朝の散歩をしない日々が続いていた。


 町内会のイベント、遠出、細かい仕事の消化に猫の不調、家の中の掃除の滞りを解消するための尽力…やたらとやることがあって、のんびりと出歩くヒマがなかったのである。


「うーん、このにおい…懐かしい感じがする」


 久しぶりに早朝のウォーキングに向かうと、すがすがしい朝の空気のにおいがした。


 新鮮な空気を思い切り吸い込んで…白く濁る息を吐く。

 なんていうか、身も心も一掃されるような気分だ。体調が良くなるような気もする。きっと上がりすぎた血圧も下がってくるに違いない…。


 早朝の魅惑的な香りは、わりと儚い。

 良いニオイだなと思って思い切り吸い込んで二・三歩も歩けばすっかり空気が身に馴染んでしまい、ごく普通の空気と化してしまうのだ。

 まさに秒の至福、私はそれを得るために出かけていると言っても過言ではない。


 やはり、早朝にのんびりと体を動かすのは心地が良いものである。

 まだ辺りは薄暗く、やや不気味の端っこを掴んでいるような雰囲気がしないでもない。だがしかし、夜明けの気配は実に向上心をくすぐり、やる気や創造力や前向きな感情を呼び覚まし…、いいことだらけだと思うのだ。おそらく私はこの先も…早朝のウォーキングを続けていくに違いない。


「あー、おなか空いた!帰りにパン買って帰ろうかな」


 少し歩くと匂ってくるのは、焼きたてパンの匂いだ。

 早朝6時だというのに、静まり返る住宅街の一角には甘い匂いが充満している。


 起き抜けの、すっからかんの胃袋をガツンと刺激してくる、香ばしいニオイ。


 これはメープルの…、これはチョコ入り…、これはシンプルなパン…、これはシチューっぽい…、これは新作…?

 日によって微妙に匂いの雰囲気が変わるのも、大変に魅力的だ。

 何を焼いているのか推理しながらアレコレ考えるのが実にこう…贅沢なのである。

 朝ごはんは何を食べようかな…、今日はどんな美味しいものを食べられるかしらん…、そういえばアレが残ったままだから食べないとヤバイ…、旦那が買い込んだ高いアイスも食べとかないと…、今日こそ腹いっぱい食べてやる…、頭の中が食べ物で埋め尽くされたころに幹線道路に出て、行き交う車の流れを目にし、食への関心が薄れていくのが毎回のことなのだ。


 都会へと向かう大きな道路の付近には、早朝の良いニオイは漂ってはいない。

 車の台数が少ないからか、こにくたらしい排気ガス臭もそれほど感じられず…ごく普通の、平凡な、ありふれた空気が流れている。


 朝のごほうびの時間は、緩やかに、穏やかに、平凡な日常に混じってゆく。


 公園に到着すると…、草や土のナチュラルな香り、アスファルトの乾いたにおい、木造の休憩所の湿ったにおい、池のほのかな生臭さなどが漂ってくる。

 ラジオ体操をするために集まって来た皆さんのおうちのにおいやお散歩中の犬さんのにおい、ゴージャスな 美ジョガーのフレグランスなんかも飛んできて、この世界というのは実にいろんな匂いが充満しているのだなあと…しみじみ思う。


 今日も1日、いろんな匂いを感じながら…平和にのんびりと過ごしたいものだ……。


「おい―ッス!!」

「おはよう!!」


 …中年男性の二人組とすれ違った時に、ほんのりと、タバコのにおいが漂ってきた。気のせいか、アルコール臭もするような。

 朝の爽やかな時間帯に、あんまり嗅ぎたくないニオイでは、ある。


「おはようございます~」


 へらへらと挨拶を返した私は、そそくさと…だだっ広い芝生の上に移動し。


 草と土の微かなにおいを感じながら、ラジオ体操に精を出すのだった。




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