奇妙な音
チキ…チキ…ピ、ピッ…コッ……
……何やら、奇妙な音がする。
スマホを見ると…04:38。
起きるには、まだ早い時間だ。
明かりのない部屋に響く、微かな音。
小さな小さな…しかし確実に耳に届く、 謎の音。
眠るには…少し邪魔になる音だ。
……この謎の音の正体は、いったい?
寒いので…布団から出ずに、頭の中で考察する。
チキ…チキ…ピ、…コッ……
やや変則的で、わりと機械音に近い。
裸眼で見渡してみるものの、部屋の中に音と連携するような光や動きは確認できない。
カーテンを開ければ外を確認することもできるが…、音は部屋の中から聞こえているように感じる。
何かが動きまわるような音ではない。
おそらく、ライトの点滅や機械のプログラムなどに付随して響いているのだろう。
この音の発生源は、いったい…どこ?
昨日までは、こんな音は聞こえていなかったはず。
昨日と今日…、何が違う?
……。
……そうだ。
朝起きた時に飲もうと、白湯を用意しておいたんだった。
ベッドの棚に置いてある、小さなステンレスボトルに手を伸ばすと。
チキ…チキ…
…パッキンのところが、鳴っている。
熱湯を入れたあとだんだん冷めてきて…中が真空状態になっているらしい。
パッキン部分に負担がかかって、音が出ているようだ。
なんだ、音の正体は…こいつだったのか。
私はほっとして…ベッドの上で身を起こし。
ステンレスボトルの蓋を開け、白湯を二口ほど飲み。
もう少しだけ寝ておこうと、再びベッドに横になった。
ピ、ピッ…コッ……
気になる音は止んだと思っていたのだけれど。
……奇妙な音は、続いている。
この音の発生源は…、いったい、どこ?
昨日までは、こんな音は聞こえていなかったはず。
昨日と今日…、何が違う?
……。
……そうだ。
昨日、ベンチコートを出した。
押し入れの衣装ケースを引っ張り出して、中身を出して、しまい損ねていた中途半端なフリースを押し込んで、また元の位置に戻した。
大きなホコリの玉が出てきたから、掃除機で吸ったんだった。
ピ、ピッ…コッ……
もしかしたら、ケースを動かした時に…振動でなにかのスイッチが入ってしまったのかもしれない。
……めんどくさいけど、確認しておくか。
電気をつけ、ベッドを降り、押し入れを開けると。
ピ、ピッ…
衣装ケースの中で、携帯ミニゲーム機が鳴っていた。
……息子がガチャガチャでゲットした、8種類のミニゲームが楽しめるやつだ。
フリースを押し込んだ時に、スタートボタンを押してしまったらしい。
電池が無くなるサインなのか、貧弱な音を出しながら…パカパカと画面が点滅している。
電源ボタンを押すと音が消えたので、シーリングライトを消して、もう一度布団に入ることにした。
まだ朝の五時前だし、もう少し…寝たい。
コッ……
気になる音は止んだと思ったのだけれど。
……奇妙な音は、続いている。
この音の発生源は…、いったいどこなの?
昨日までは、こんな音は聞こえていなかったはず。
昨日と今日…、何が違う?
……。
……いや、もう…何も変わった事は、無かった。
ごく普通に、日常があっただけだ。
真南の部屋で、真冬にありがたい強烈な日差しを受けながら熱を蓄え、日が落ちたあとシーリングライトとファンヒーターをつけて、晩ごはんの準備をするためにファンヒーターとシーリングライトを切って、部屋を出て、お風呂から出たあと部屋に入って、ファンヒーターをつけてテレビでお笑い番組を見て、トイレに行くために部屋を出て、ステンレスボトルを持って部屋に戻って、ファンヒーターを切って、テレビのタイマーを仕掛けて、シーリングライトを暗いやつにして、布団に入って電気毛布のスイッチを入れていつのまにか寝て…起きて。
コッ……
この音は…なんだ?
何の音なんだ?
コッ……
やや硬いものが、やや硬いものに当たった時のような。
決して金属的ではないが、そうではないとは言い切れない感じで。
木製とも違うような…、でも馴染みがないわけではない気がする。
コッ…コッ……
規則的ではないけれど、似たような音が…途絶えない感じ。
たまに短いスパンで鳴るのは…なぜ?
聞いた事はあるような。
わりと身近でよく聞くような。
……。
……そうだ。
爪が伸びていた時にスマホやタブレットをやると、聞こえる音だ。
画面をつるつるやってると、爪がたまに表面にあたって、こんな音がする。
わりと心地いい音で、わざと指先を鳴らすようなパターンもあったりしないでもない。
だがしかし、私の爪は今伸びてはいないし、スマホもタブレットも操作していない。
コッ……
まさか、誰かが…スマホかタブレットを操作しているとか?
誰もいない、この部屋で?
……ふッ、ばかばかしい。
おおかた、屋根の上で小鳥がどんぐりでもつついているんだろう。
音が響いて、おかしな感じに聞こえているだけに違いない。
ダラダラと微睡んでいるのも時間がもったいない。
もう起きてしまおう……。
上半身を起こし、半纏を着て。
白湯を飲み干し、メガネをかけて。
カーテンを開けようと、ベッドから降りた私が、見たものは。
薄透明の、爪の長ーい、おかしなモノが…、タブレットっぽい何かを、一心不乱にツルツルやってる…姿。
………。
うん、今日は、カーテン…、開けずに部屋を出る事にしよう。
まあ、一日ぐらい…、太陽の光を入れなくても、大丈夫でしょ。
私は、空になったステンレスボトルを持って、一階のキッチンに向かったのだった。




