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バースデー(上)

■紹介

・ナーガ

 生家を追われた貴族の次女。本名ナーガディシア・ピエロット・リーデア。


・転生の書

 ナーガと会話するように自ら文字を綴る森羅万象を知るかのような書。


・フィリップ

 父親ほどに年上の男性使用人。


・イゾルデ

 母親ほどに年上の女性使用人。


・リナ

 ナーガよりいくつか年が上の女性使用人。

 昨日のナーガは魔術の鍛練に没頭し、久しぶりに夜更かしをしていました。

 最近「転生の書」と向き合う時間が減っていたのを思い出し、その時間を十分に取ろうとしていたのです。


 些細(ささい)な思いつきで始めたその機会。

書に語りかけるたびに新たな知識が得られていく(なつ)かしい感覚に、時間を忘れてしまったのでしょう。


 そんな彼女へ『明日は忙しくなるでしょう? もうおやすみなさい』と書が促すことで、ようやく寝床に入ったのでした。



    ◇

 いつも通りの朝が訪れました。

窓から差し込む冷たい光に気づき、ナーガは目を覚まします。

 夜更かしの疲れか、体が重く感じられるようで、ベッドから這い出るようにのそのそと起き上がります。

ですが、顔を洗い朝食を済ませる頃にはすっかり元気を取り戻していました。


 両性具有であるナーガ。

 その見た目はどうなるか、という家族の懸念がありました。

ですが今は長身でスラリとした体型、整った顔立ちのその美しさにはどこか凛々(りり)しさが感じられる、

彼女が歩く姿はまるで風のようにしなやかで優雅で、その瞳に今では、幼少の頃より研ぎ澄ませてきた意志が強く宿っている。

 そんな素敵な女性へと成長していました。


 一方で、まだ子供らしさも残っているナーガは、食事を終えると「次は誰にちょっかいを出そうか」と思案していました。

フィリップかリナのどちらかが暇を持て余していないかと考えながら窓の外に目を向けると、屋敷の外に見慣れない人影がちらほらと見えます。


「最近多いな。誰かの知り合いなのかな?」


 ナーガはわずかに眉をひそめますが、特に気にしないことにしています。


 外に出て掃除をしているリナの元に向かうと、彼女も同じ感想を()らしていました。


「あれ、ナーガ。今日も外に変な人たちがうろついてるよね。気味悪いったらないわ」

「そうなんだ。なんだかうちが近所の人に迷惑をかけているのかな?」

「ここいらではこのくらい大きな屋敷はあまり無いからねえ。

 珍しいもの見たさで来ているかも? ナーガは後ろめたくなる必要はないよ」


 リナは掃除を続けながら「それにしても、落ち葉が多いわあ」とぼやきます。


 すると「貸して」とナーガはリナに声をかけ、彼女の持っていた(ほうき)を手に取るとふふんと自慢げにします。

 昨日に夜更かしして覚えたての魔術を試す時だとナーガは胸が(おど)っているようです。

 箒を持ちながら念じるように目を閉じると、ナーガの指先から魔術の光が放たれました。

その光は薄い幕のように箒にまとわりつきます。


「ナーガ? また妙な魔術でもかけているの?」

「今回のは失敗しないわ。見ていてって」


 ナーガが軽く振ると、吸い寄せられるように見る見るうちに落ち葉が集まっていきます。


「ほら、どう?」


 彼女は得意げに振り返ると、リナは目を丸くして感心します。


「わぁすごい、便利な魔術を身につけたね、ナーガ!」

「昨日覚えたばかりで、物の機能を高める魔術なの。

 掃除を終えるくらいまでは保つと思うから、これですぐにたくさん集められるでしょ?」

「うん、本当。これならずいぶん楽に掃除ができそう。ありがとうナーガっ」


 箒を受け取る様子をナーガは満足げに見つめていると、不意にリナが振り返ります。


「そうだ、ナーガ。昼どきには楽しみにしていてね?」


とリナは微笑みながら、謎めいた一言を残して、また掃除を再開しました。

 不思議に思うナーガはリナに何度か問いかけますが「あとのお楽しみ」とだけ答えて掃除に集中しているようでした。

しかたなくナーガはその場を去って昼どきを待つことにします。



    ◇

 昼どきになったのでナーガは食卓へと向かいます。

 するといつもとの様子の違いに気づいたようです。

彼女が食堂に入るとすでに使用人たちが集まっていて笑顔で彼女を出迎えました。


「ナーガ、誕生日おめでとう!」


 リナが声を上げます。

 ナーガはおどろき、それから気恥ずかしそうに微笑みます。


「すごくおどろいてるね、ナーガ。また自分の誕生日、忘れてたんじゃない?」


 リナは軽口を叩き、冗談っぽくナーガの肩を軽く叩きました。

 ナーガはそんなリナの言に、思わずへらりと笑みを浮かべます。

図星のようで、自分の誕生日のことをすっかり忘れていたのでしょう。


「そんなこと……いや、忘れてたかも…」


 ナーガは苦笑しながら返すとリナは嬉しそうに微笑み返します。

 そしてプレゼントが差し出され、リナが笑顔で「さあ、これをどうぞ」と手渡します。

それはシンプルで上品な(かばん)で、手に取ってみると大きすぎず携帯するのにぴったりのサイズでした。


「これを私に?」


 驚いた表情でナーガが問いかけると、リナはニコリと


「うん。いつもあの本を大事そうにしてるでしょ? これでどこへでも持っていけるだろうって」


と言いました。

「ありがとう!」ナーガは心から感謝の気持ちを口にします。

 周りからも「喜んでくれて何よりです」「とてもお似合いですよ」と、温かな言葉が次々と飛び交います。


 そして他の使用人たちも口々に祝いの言葉をかけながら料理が運ばれてきます。

食卓には普段の食事よりも豪華な料理が並べられ、イゾルデがナーガの皿に料理を盛り付けてくれます。


「さあ、ナーガ様。召し上がってくださいな」


 イゾルデは朗らかに微笑みながら、ナーガの皿に料理を盛っていきます。

その後も笑い声と談笑が食卓に(あふ)れ、お祝いの時間は続きます。

 ナーガはその場の温かさに包まれ、心が満たされるのを感じたのか、たまらない笑顔を浮かべます。



    ◇

 パーティは夜まで続き、ナーガはリナとずっと話し込んでいました。

時折使用人たちの笑い声や、フィリップの冒険譚が響き、部屋は和やかな雰囲気に包まれています。

使用人たちはそれぞれ楽しみ、(うたげ)を盛り上げています。

中には弦楽器が得意な者が奏で始めると、フィリップがそれに合わせて歌い出したりもしました。


 冷たい土に足を置き

 厳しき冬を生き抜かん

 彼の者たちを追いし者よ

 命をいただき暖をとらん

 火のない家に火を灯し

 得たもの皆で分け合わん

 ああ共に食しああ共に耐え

 命は我らが結びゆく


 ホクカントリーの伝統的な曲と言われたその曲。

 ホクカントリーはセントネシアの中でも寒く、厳しい自然環境です。

そういった厳しい自然の中で狩りをして生き抜く人々の強さを讃える、という意味の歌詞。

 ナーガはそれをフィリップに以前教えてもらっていました。


 皆でそれを歌うまるで夢のように穏やかで幸せな空間。

 ナーガはその様子を遠巻きに眺めながら、心の底からこの時間がいつまでも続けばいいと思っているでしょう。


 やがて疲れたナーガはいつの間にか寝室に運ばれ、優しく寝かしつけられていました。

夢の中であの温かな光景を再び思い返しながら、深い眠りに落ちていていくのです。



    ◇

 ナーガはふと目を覚ましました。


 暗い部屋の中、おそらく夜中でしょうか?

にも拘らず外から物音と喧騒(けんそう)が聞こえてきます。


 さっきまでの宴での雰囲気とはまるで異なる音が不穏(ふおん)な物音。

心臓が鼓動(こどう)を速め、何かが起きているとナーガは直感で察したのでしょう。


 その時、転生の書がささやきかけます。


『あなたへの試練の時が来た』

「試練の時?」


 ナーガは混乱しながら心の中で問い返しましたが、書は冷静に続けます。


『みだりに声を上げてはならない。

 部屋の外に迫った脅威があなたの存在に気づいてしまう』


 ナーガは慌てて口をつぐみ、息を潜めました。

音に耳を澄ますと、確かに何かが違います。

先ほどの宴の楽しさとはかけ離れた、荒々しい音と不規則な足音が。


 部屋の外で争いの音が混ざり合っているようです。

それはまるで悪夢が現実となったかのようなデジャヴ。

 ナーガは思い出しているのでしょう、その胸に去来するのは、かつての生々しい記憶。


 生家でのこと──エフィージール家の者たちが突然押し掛けた日のこと。

エフィージール家の人達が、家族が口々にナーガへの怨嗟(えんさ)を吐き、父に無情にも部屋から引きずり出された時の恐怖。


 あの時に感じた苦痛、恐怖、無力感が、今この瞬間再び彼女の心を締めつけるのか、彼女の表情を強張らせます。


 ナーガはベッドの上で体が震え始めるのを抑えられません。

彼女の全身に冷たい汗が滲み、呼吸が浅く早くなっていきます。

頭の中でフラッシュバックする過去の光景は、目を閉じても耳を塞いでも、心の奥底に刻まれた恐怖として何度も浮かび上がるものです。


 しかし、ナーガの中で一つの強迫観念が彼女を突き動かします。


「このまま待っていても、きっとまた何者かが私の自由を奪い、そして引きずり出しにくる…」


 ──あの時の父の無慈悲な手が、今もどこかで待っているような感覚。

 じっとしていることは安全ではない、待っていれば必ず危険が私を捕らえるはずだ、と。

 逃げなければ、立ち向かわなければ、あの時と同じ運命を辿るかもしれないのだ、と。


 ナーガは震える手で扉の取っ手に手を伸ばします。

ひんやりとした木の感触が指先に伝わる。

 心の中の恐怖に突き動かされるように、彼女はゆっくりと扉を開けるのでした。


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