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お茶会と綺麗な月夜

■紹介

・ナーガ

 16歳の少女冒険家。本名ナーガディシア・ピエロット・リーデア。


・転生の書

 ナーガと会話するように自ら文字を綴る森羅万象を知るかのような書。


・ウサビナ

 ナーガをパーティに勧誘する白菫髪の華やかな女性。


・タリク

 ウサビナパーティのベージュ色の髪の目つきの鋭い男性。


・スケア

 ウサビナパーティの黒色の癖っけのある髪の長身の男性。


・フェルディ

 ウサビナパーティの薄い青色の柔らかな髪の中性的な男性。


 ガチャリ──……


 扉が開かれました。

すると、ふんわりとお茶の香りと、それから甘く香ばしい匂いが談話室に漂い込んできます。


「お待たせしました。ウサ、それとナーガさん」


 スケアが丸いトレーに載せたティーカップを運んできました。

その後ろにはフェルディが焼き菓子を盛り付けた皿を、タリクがジャムとクリームの小さな器を手に持っています。

 それぞれが流麗と歩み寄る姿、まるで舞台の演目の一幕を見ているかのような光景です。


「ふふ、待ちくたびれたよね? ナーガ」


 ウサビナはからかうような笑みを浮かべて彼らを迎えつつ、ナーガに視線を向けます。


「そ、そんなことない、ない!」


 ナーガは慌てて否定しますが、その様子にスケアは小さく鼻で笑いながらティーカップをテーブルに並べました。

 それから「からかわないでよ、ウサビナ」とフェルディは苦笑しながら、焼き菓子を盛り付けた皿をテーブルの中央に配膳し、タリクがその隣にジャムとクリームを添えておきます。


 ウサビナは満足げに笑みを浮かべ、楽しげな声で促しますのでした。


「さあ、いただきましょう」


 一同がそれぞれの席に腰を下ろすと、談話室には紅茶の香りと共に穏やかなティータイムが始まります。

 スケアが紅茶を注いだティーカップをウサビナに差し出しました。


「ウサ、どうぞ」

「ありがとう」


 ウサビナは微笑みながらカップを受け取り、ソファに寄りかかりつつ一口の紅茶を含みます。

 その仕草をスケアたち三人が穏やかに見守る空間には、どこか華やかな空気が満ちていました。

 ナーガはその雰囲気に呑まれそうな気がして、思わず小さく息を呑みます。


「ど、どうも……私もいただきます」


 ナーガは小さく礼をして、自分の前に置かれたティーカップと皿を見つめました。

その後、瞼を閉じてから両手を胸元で合わせる仕草をします。


 その所作を見たウサビナが、少し困ったように眉を寄せながら声をかけます。


「ナーガ、そんなにかしこまらなくていいのに……」

「何をしているのかな?」


 それをスケアが手で制するような仕草を見せつつ、軽い調子で尋ねました。


「これ? 食べ物に感謝するっていう祈りで、つい癖でね……」


 ナーガは照れくさそうに笑います。

 それを見たスケアは微笑みながら、ナーガの仕草を真似るように手を胸元で合わせました。


「なるほど、ホクカントリーの農村ではそういう習慣があるみたいだったね。

 こういう感じかな?」


 スケアが同じように手を合わせて目を閉じると、ウサビナがその様子を見て目を丸くしました。

「あら、そうだったの。邪魔して悪かったわね」と言いながら、ウサビナも両手を合わせて真似てみせます。

 その光景に、ナーガは思わずくすっと笑ってしまいました。


「昔の知り合いに教わったんだけど、こうしてみんなでやるのは久しぶり……」

「昔の知り合い?」と興味を引かれた様子でウサビナが尋ねます。


「どういう人だったの?」

「リナっていう友達だよ。それ以外にも色々教えてもらったなぁ」


 ナーガは懐かしそうに目を細めて微笑みました。

 その様子に「へぇ……女の子の友達、ね」とウサビナの声色が、ふと硬くなります。


「まあまあ、こういう習慣も悪くないね?」


 祈りを終えたらしいスケアが軽く手を叩いてから、笑顔でスコーンを指差しました。


「さあ、それよりお茶会を再開しよう?

 このお菓子を食べてみてほしい。ナーガさんはきっと気に入ると思う」


 ナーガが手に取って一口かじると、口いっぱいに優しい甘さとホロホロとした食感が広がりました。お茶の渋みとも絶妙に合い、そのバランスに思わず顔がほころびます。


「美味しい……!」

「それはね。タリクが作ったものなんだ」


 スケアが目線でタリクを促すと、彼は照れたように視線を逸らしました。


「……別に大したことじゃない」


 タリクがぶっきらぼうに答えると、フェルディが笑いを含みながら小突きます。


「タリクはいつもそんな調子だから」

「すごいのに、美味しいのに!」


 ナーガが真剣な目でタリクに向かって言うと、頬を搔きながら困ったような仕草を浮かべて何かを口にしかけましたが、結局何も言わないようでした。


 ウサビナがティーカップを置き、フゥと一息をついてから笑みを浮かべます。


「さあ、まだまだ美味しいものがあるのよね? どんどん食べていきましょう」


 ナーガは柔らかさを取り戻したその声色にホッとしたように穏やかな笑みを浮かべます。

 談笑が続く中、フェルディがふと立ち上がると、棚の奥から小さな弦楽器を取り出して手にしました。


 器用な指使いで音を奏で始めると、部屋に柔らかな旋律が広がります。

 その音は聴く者の心を和らげるようでした。


 ナーガはわぁと感嘆の声と共に、驚きの表情を浮かべます。


「……こんなに綺麗な音、初めて聴いたかも」

「フェルディは音楽が得意なんだ」


 スケアが微笑みながら言います。


「楽器だけじゃない、どうやら弦の取り扱いが上手いみたいでね。

 それが弓使いとしても功を奏している」

「弓使い?」

「そう、フェルディの弓術は本当に見事だよ。

 クエストでだってとても助かるものなんだ」


 スケアの言葉に、フェルディは少し照れくさそうに弦を撫でながら「そんないつも褒めてないだろお」と言って微笑みを返します。


「タリクもフェルディもすごい特技を持っているんだね」


 そう言いながらナーガがスケアに期待を寄せるような目で見つめるものだから、彼はやれやれと呟きながら応えます。


「あぁ、自分はこれといった趣味はないけど……まあ、鍛錬とかトレーニングが好きだね」

「鍛錬?」


 ナーガはその意外そうな単語に目を見開くと、ウサビナが横から補足します。


「スケアの体を鍛える趣味はかなりの凝り性のものよ。

 パーティでは知識が豊富な魔術師として役に立っているけど、どうしてそんな趣味になったのか」

「へぇ、魔術師は本ばかり読んでいるイメージだったけど、そんな体を鍛えるものなんだ」


 すると「いやいや、そんなことはないよ」スケアは熱が入ったように言葉に勢いが増していきます。


「本にしがみついているだけだと体がなまるし、体力がないと戦場では役に立たない。

 それにトレーニングというのは座学が肝心なんだ。まず栄養学を知らないと身体づくりもままならない。それに筋肉への負荷というものも過ぎれば逆効果ということもあり、鍛錬一つをとっても」


 その熱心な言葉の洪水にナーガは「すごい! 魔術師も奥が深いんだね!」とどこまで感心したか分からない仕草でうなずいています。

 それを気づいたスケアは「いや、ごめんね。しゃべりすぎたようだ」と謝ります。

 眺めていたウサビナがにっこりと微笑みました。


「ナーガ、あなたも書を読んでいるところを何度か見たかな。

 魔術にもある程度詳しいし、スケアとはそういう話ができそうね」


 ナーガは「そんな自分は……」と謙遜するような仕草を見せつつ、一方で「また、その話を振るの?」と小さく呟きます。

 それを聞いたウサビナは悪戯めいた笑顔を浮かべるのでした。


「うん、そうかも。今度、いろいろ教えてもらおうかな、今度」


 スケアはその眠そうな目を開いて、輝きを讃えたその瞳で熱く語りかけます。


「あぁ、もちろん。君が興味のあることなら、何でも話そう。

 魔術の話だって構わないし、身体を鍛えたいというのなら」

「うんっうんっ…今度。今度ねっ」


 それから談話は穏やかに続き、柔らかな笑い声が部屋を満たします。

 スケアはそわそわと魔術の理論やトレーニング論を持ち出そうとするので、フェルディがそれを制したり、代わりにイスタートで流行っている音楽の話題を話しました。


 タリクは黙々とお茶を淹れ直していましたが、時折持ち上がる料理の話題にはしっかり応じます。


「イスタートは物資が豊富だから、材料に困ることはない。これはすごいことだ。

 特に乳製品が手に入りやすくて助かる」


 彼の言葉には、控えめながらも料理に対する情熱が感じられました。

その各々の会話の合間にウサビナが茶化すような軽口を挟んで、ナーガを自然と話題に引き込んでいます。


 ナーガも次第にリラックスした様子を見せ、最初は強張っていた肩を落として自然とした笑顔を浮かべるようになります。

 ですが楽しいお茶会も時刻が遅くなるにつれ、やがて終わりを迎えるのでした。



    ◇

「夜も遅いから送っていくわ」


 ウサビナがそう言うと、スケアが立ち上がりながら言いました。


「僕が送ろうか? 道も暗いし、何かあったら困るだろう」


 けれど、ウサビナは軽く手を振ってそれを断ります。


「ナーガは女の子なんだから。

 スケアと一緒だと気が休まらないでしょ?」


 その一言にスケアはわずかに眉をひそめながらも、渋々と引き下がります。


「遅くなったら迎えに行くから、必ず連絡するんだよ」

「はいはい、フフフ、大丈夫だから」


 ウサビナが受け流すように手を振りながら、ナーガにも出発を促します。


 屋敷を出ると、冷たい夜風が吹き抜けました。

道端には灯りがぽつぽつと灯っていて、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っています。


「さあ、行きましょう」


 ウサビナが柔らかな笑顔で声をかけ、ナーガと並んで歩き出します。

 暗がりの中で彼女の足音は軽やかですが、ナーガはその歩調が合わせるようにしていることに気づきました。


「今日は楽しかったわ。ナーガと一緒にお茶会をするの、またやりたいね」


 ウサビナが少し楽しげに振り返り、ナーガは頷きで返します。


「うん、ありがとう。私も楽しかった」


 夜の静けさの中、二人の会話と足音だけが響いています。

 しばらく歩くと、ウサビナが何かに気づいたように足を止めました。


「ちょっと寄り道しない?」


 彼女が指差したのは、広場にある小さな公園でした。

一角にぽつんと置かれたベンチが、灯の明かりに照らされていました。


「二人で座るにはちょうどいいじゃない。少し休んでいきましょう」


 ナーガが頷くと、二人はベンチに腰を下ろします。

公園の静けさ、それが二人の心を落ち着けているようでした。


 ウサビナはしばらく夜空を見上げていましたが、やがて視線をナーガに向けて口を開きました。


「ナーガ、あなたにもう一人、会ってほしい人がいるの」


 その言葉に、ナーガはきょとんとした表情を返します。


「会ってほしい人……?」


 ウサビナは柔らかな笑みを浮かべながら頷きます。


「ええ。あなたがここに来てくれたこと、私は本当に嬉しいわ。

 でも、それだけじゃないの。

 私たちのことをもっと知ってもらうためにも、その人に会うのが大切なの。

 そうすることで、少しでも私たちを信頼してもらえるようになる。

 そして……ナーガ、あなたにもっと近づいてほしいから」


 ウサビナの言葉には、これまでの軽やかさとは異なる真剣さが宿っていました。

 ナーガはその変化を敏感に感じ取り、彼女の声に耳を傾けます。


 その真摯な眼差しに心を揺さぶられ、無意識にお腹の前で抱えていた手に力がこもります。

奇妙な疼きがその手の向こう奥で広がるのを感じました。


「その人は、私たちを支えてくれる大事な後ろ盾のような存在よ。

 いつでも会えるわけじゃないけれど、そうね……数日後くらいに時間を作るわ」


 一拍の間を置いた後、ウサビナは何かを思い出したかのように「あっ」と言って指を立てる仕草を見せます。


「ただ……」


 彼女の視線が、ナーガの野暮ったくぼさぼさに伸びた髪へと向けられます。

その目には少しの困惑が見え隠れしていました。


「ドレスコードって言葉、あるじゃない?」

「えっ……あー……」


 ナーガは顔を俯かせながら気まずそうに指先で髪をいじり始めます。


「これから会う人には、それなりに準備をしておいた方がいいのよ。

 明日、一緒にお出かけして、身だしなみの準備を整えましょう?」


 ウサビナの柔らかな声色のその言葉に、ナーガは頷いてしまいました。

 一緒に出かけて買い物をする、そんな行動に思いを馳せながら、かつてのパーティでも似たようなことをした記憶が蘇ります。


「アハハ、女子会デートってやつだよね」


 指先で髪をいじりながら、軽い調子で返すナーガ。

 しかし、その言葉にウサビナが不意に反応を見せました。


 ちらりと横目で見たウサビナは、さっきまで余裕たっぷりだった表情を崩し、口元を押さえながら耳を赤く染めてそっぽを向いています。


「あの……ウサビナ、さん?」


 ナーガが戸惑いながら声をかけると、ウサビナは少しの間を置いてからぽつりとつぶやきました。


「……ウサビナでいいって言ったじゃん」


 その声は普段の優雅で落ち着いたものとは違っていて、不意を突かれたような印象でした。


 親近感がわくトーンですが、ナーガは彼女の動揺も同時に感じ取ります。

ですがその理由まではつかめません。


 気まずくならないように、いったんはナーガはそれ以上の詮索を控えることにしたようです。


「うん。ウサビナ」


 名前を呼び返すと、ウサビナは再び微笑みを浮かべました。


「ふふ、ナーガ。ええ、その女子会…は明日だからね。楽しみにしてるわ」


 それからナーガは、ウサビナに宿屋まで送ってもらいました。

 その道中も夜空には雲ひとつなく、澄んだ月が静かに浮かんで辺りを柔らかな光を落とします。


 月が綺麗な夜だったのです。


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