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ウサビナの誘い

■紹介

・ナーガ

 16歳の少女冒険家。本名ナーガディシア・ピエロット・リーデア。


・転生の書

 ナーガと会話するように自ら文字を綴る森羅万象を知るかのような書。


・オド

 ナーガに世話焼く緑髪の男性。


・ウサビナ

 ナーガをパーティに勧誘する白菫髪の女性。


・タリク

 ウサビナパーティのベージュ色の髪の男性。

 

 天窓の森から馬車が出発となりました。


 オーク・ルートから生み出されたオークの集団が想定外だったため、ナーガたちはオークの生き残りの確認が手間取ってしまい、撤収が慌てながらのものとなっていました。

そのおかげで馬車便は出発の時刻がいまにも迫っていて、一同は駆け込むように駅舎へ向かってからやっとのことで乗車となるのでした。


「はぁ────……」


 誰のものとも知れない、長く大きな吐息が漏れます。

馬車のぎしぎしとした揺れに身を委ね、座席に腰掛けた一同は、ようやく肩の力を抜いて一息つくのでした。

 窓の外には森の景色が広がり、日差しを浴びながら風に揺れる木々の葉を眺めながらゆっくりと息を落ち着かせていきます。


 それから馬車は道中の駅舎を経るごとに、乗り込む人々が増えていき、次第に車内が混み合い始めるのでした。

揺れるたびに体が触れ合うようなほど手狭さを感じるほどです。


 しばらくして大きな街道に出ると茜色に染まり始めた空の下、遠く向こうに町の灯りが見えてきました。


「もう夕方か……」


 窓の外を見ていたナーガ。

揺れる座席で身を縮めながらぽつりぽつりと話す声や、木の軋む音に耳を傾けていました。

 すると、ふと彼女の隣に座るオドが、ひっそりと小さな革張りの手帳を取り出したのに気がつきます。


「何を書いてるの?」とナーガは声をひそめて尋ねました。

 するとオドは、筆先を走らせながら「日記だな。大したことじゃない」と答えます。


 その言葉に、ナーガは不思議そうにしながらも感嘆とした表情を浮かべます。

「へぇ、マメだね、オド」

「お前だって、似たようなことをしているだろう?」

 オドは軽く笑いながら「ほら、転生の書ってやつ。それを見て俺も日記をつけてみようと思ったんだぜ」と続けました。


 ナーガは「あぁ、転生の書の……」とだけ応えます。

ですがその本の実態、自ら綴る本であること、よってナーガ自身が著していないこと。

 それらを改めて説明するのも今は面倒だと感じ、ただ静かに頷いていました。


 オドはオドで日記をつけるのに集中しているらしく、ナーガは手持ち無沙汰に視線が手元の転生の書に落ちていきます。

 ぼんやりと黒い装丁の表紙を撫でながら、顔を上げると自然とウサビナの方に視線が向かっていました。


 タリクと談笑する彼女の笑顔を見ている自分に気づくと、なぜか慌てて視線をよそへ向けてしまいます。

ですが、いつの間にか吸い寄せられるように、ナーガは再びその光景に見入ってしまっていました。


 その時、オドがにじるように身を寄せてきて、声を落としながら囁きます。


「で、どうだ? ウサビナ達のパーティ、気に入ったのか?」


 ナーガはぼんやりとしていた自分に気づき、慌てて小さな声で返します。

「う、うんうん。すごい人達だよ。

 私なんかが選り好みできる相手じゃないくらい」


 オドはその返答に微笑みを浮かべて返します。


「そりゃいいことだな。

 お前にとっちゃ、パーティを組めるってのは大事なことだ」


 彼の言葉に滲ませるもの。

それはナーガが仲間に焦がれていた日々を知る者ならではの優しさと安堵でした。

 寄り添うように喜びを祝う語り口にナーガは小さく頷きながら答えます。


「うん、そう思う」


 その声には、ほんの少しだけ弾むような響きがありました。

 それを聞いたオドは、微笑みを浮かべます。

けれど、その後に彼はさらに声を落とし、ナーガにだけ届くかすかな声でこう呟くのです。


「ただな、妙な縁ってのは、時に厄介だ。

 深入りして危なそうだと思ったなら、引くのも手だからな」


 ナーガは突然声色を硬くして言うオドの言葉に戸惑ってしまい、首をかしげました。

 オドはそれ以上言葉を続けることはなく、自身の日記に視線を戻してしまいます。


 仕方なくナーガも視線を窓の外に向けました。

陽が次第に傾きながら、景色がゆっくりとゆっくりと流れていきます。


 町外れの風景が徐々に賑やかなものへと変わっていき、やがてイスタートの町並みが視界に映ってくるのでした。



    ◇

 街の空が茜色から薄紫に沈むころ、通りにはぽつりぽつりとあかりが灯り始めていました。

露店の店主たちは店仕舞いをする前だからと、最後の呼び込みをする声がして、通りには賑やかな響きが広がります。

その活気に馬車の中まで活気づけられたかのように、ソワソワしたような気配が漂ってきました。


 やがて馬車は目的の駅舎に停まると、乗客たちが荷物をまとめて次々と降りていきます。


「よし、降りるぞ」


 オドの掛け声に、ナーガはクエストに持ち込んだ荷袋を担いで、それから地面へと足を下ろすのでした。

 その瞬間、すっとウサビナが近づいてきます。


「ナーガ、ギルドの報告の後でかまわないけど、少し時間をもらえるかしら?」


 柔らかな声色で話しかけるウサビナ。

目が合うと、彼女は嬉しそうに微笑むのです。

 その笑顔とまっすぐな視線に、ナーガは思わず視線を逸らしてしまいました。


「う、うん。私に?」


 ナーガは驚きつつも、ちらりとウサビナの方を見ながら聞き返しました。

 視界の端のウサビナは小さく頷いてから、笑顔を一段と輝かせます。


「ええ、もちろんあなたに。

 是非、もう少しお話がしたいから」


 ナーガは視線をあちらこちらにさまよわせながら、やがて呟きます。


「う、うん。わかった。後で……」


 ナーガは小さくうなずくと、ウサビナは「じゃあまた後でね」と軽く手を振りながら、タリクとともに馬車から離れていきました。


 それからギルドの建物に入るとそこは、ざわめきと書類をめくる音、装備の金属と皮を擦る音、それから冒険者たちの話し声が入り混じり、喧騒と活気のただなかでした。


 ナーガたちはそれらをすり抜けて、受付にクエスト完了の報告を済ませるのでした。

手早く報告を終えた後、オドの前にいるナーガはおずおずと目配せをしています。


「ナーガ。パーティーの話をしたいのだったら、悪いが俺は入らない」

「え? なんで? 私とはやっぱり、いや?」とナーガは目を丸くしながら質問します。


 するとオドは苦笑いを浮かべ、片手で首筋を掻きながら応えました。


「他にやることがあるだけだよ。

 しばらくイスタートを離れる予定があってな」


 ナーガは残念とも不満ともとれる顔でオドを見つめますが、それ以上は聞き返しませんでした。

 それからオドは、ナーガに報酬として小袋に入った硬貨を渡すと、ギルドのスタッフの方へ向かっていき、そこで何やら会話を交わし始めます。


 その中で「森が侵攻している」「オーク・ルートという存在が確認された」という言葉が聞こえ、ナーガは少し気を引かれながら遠巻きにそのやりとりを眺めていました。


「オド、忙しそうだな……」


 ナーガは小さく呟いて、小袋を懐に仕舞いこみ、ギルドの建物を後にしました。


 外に出ると、景色はすっかり夜の空気が包み込む町の様子に変わっていました。


 路地には夜を照らす明かりが並び、その下を行き交う人々の話し声や笑い声が聞こえてきます。

通りの一角から、甘い香りや、沸き立つような食欲をそそる食べ物の匂いまで漂ってきました。


 その賑わいの中、ナーガはウサビナとタリクの姿を見つけます。

 二人は通りがかりの人々に声を掛けられて話をしているようでしたが、ナーガの姿に気づいたウサビナが明るい声で話しかけてくるのです。


「ナーガ、お疲れさま」と言いながらウサビナは歩み寄ります。

 一方で、隣のタリクはちらりとナーガに目を向けただけで、それからそっぽを向いたままでした。


「こっちよ」とウサビナが手招きをするので、ナーガを足先をそちらへ向けます。

 それから彼女の背中を追うように歩き出したナーガは、イスタートの通りを進んでいくのでした。



    ◇

 しばらくウサビナに連れられて辿り着いたのは、見事な造りの豪奢な屋敷でした。

 その重厚な木製の扉や金属の窓枠が堅確さを印象づける外観と思わせますが、対照的に玄関口にある花飾りや、布を組み合わせた飾り立てが柔らかい色合いをもたらしています。


「ここって……誰かの家? ウサビナの家なの?」


 ナーガが疑問を口にすると、ウサビナは微笑みながら軽やかに答えます。


「家、というより私たちの拠点ね。

 頼れる後ろ盾がいてね、それで贅沢だけどこんな場所を使わせてもらっているの」


 そう言いながら、ウサビナが扉を押し開けます。

 玄関を抜けると廊下には厚みのある絨毯が敷かれ、壁には緻密な刺繍が施されたタペストリーが飾られており、所々に置かれた花瓶に活けられた瑞々しい花からは、ふんわりとした優しい香りが漂っています。


 ナーガは目を見張ってからあたりを見回しました。


「わぁ……本当にここ、ウサビナ達が使える拠点なの?」

「もちろんよ」


 ウサビナは得意げに頷くと、優雅に廊下を歩き出しました。

 彼女の背中を追いながら、ナーガは自分がかつて居を構えていたリーデア家の屋敷の様相を思い出すようでした。


 ウサビナに案内されて館の奥へ進むと、そこには落ち着いた雰囲気の談話室がありました。

 柔らかな照明の下、低めの丸いテーブルを囲むようにソファが配置され、そこにはタリクとは別の二人の男性が腰掛けていました。

 ナーガが入ると、二人は同時に視線を向けてきます。


「みんな、紹介するわ。この人が新しい仲間のナーガよ」


 ウサビナが声をかけると、二人はゆったりと立ち上がり、順番に自己紹介を始めました。

 最初に口を開いたのは、黒髪で軽く癖っけのある髪型をした長身の男性です。


「自分はスケア、スケア・サイナだ。ウサとは長い付き合いでね。

 ギルドの英雄と呼ばれるあなたとパーティを組めることを光栄に思うよ。よろしく」


 彼は眠たげな瞳をしながら、穏やかにナーガを見つめています。

 頭一つ分背が高く、広い肩幅にがっしりした体格をしていながら、その声や態度には威圧感がなく、むしろ柔らかさを感じさせるものでした。


 次に自己紹介をしたのは青白がかった綿毛のように柔らかい髪をした人でした。

きめ細かい肌と長く伸びた髪をしていますが、細く伸びる骨ばった四肢から男か女か分からないような容貌をしています。


「僕はフェルディ、フェルディ・サイネル。良い出会いになると嬉しいよ」


 その中性的な顔立ちをしたその人は、声から男だとようやく分かりました。

柔らかく優しい雰囲気が全身から滲み出ていて、その微笑みがどこか母性をくすぐるものでした。


 次に続いたのはタリクです。


「タリクだ。俺はもう自己紹介したよな?」


 ベージュ色の髪で、片目を覆うように流れたアシンメトリーの髪型が印象的で、その目つきにはどこか鋭さがあります。

ぶっきらぼうな口調ながらも、立ち振る舞いには不思議な品格が漂っているものでした。


 そんな彼を前に「え? したっけ?」とナーガは首を傾げています。

「忘れたのかっ……!」と彼は食って掛からんばかりの勢いでナーガに詰めていますが、ハッとしたような表情を浮かべるとすぐさま身を翻しました。


「ナーガはその時寝ていたな……勘違いして悪かった。

 タリク・サイニだ」


 そう言ってそっぽを向き始めましたが、間違いに気づいた彼の耳はほんのり赤く染まっています。


 それからウサビナが言葉を紡ぎます。


「私はウサビナ・サイン。ウサビナと呼んで。

 ナーガ、これからよろしくね」


 白菫色の長い髪が美しく輝き、その一挙一動には確かな自信と艶やかな色を感じられます。

その瞳はジィっと見つめてくるようで、ナーガは不意に顔を俯いてしまうようでした。


「ナーガ、ただのナーガです」


 ナーガが俯きながら小さく自己紹介をすると、ウサビナは「よろしくね、ナーガ」と微笑みながら、続けて提案をしてきました。


「立ち話を少しするだけではお互いのことは分からないわよね。

 お茶にでもしましょう?」


 彼女の言葉にスケア、タリク、フェルディ三人の男性が一斉に動き出し、それぞれ役割分担をしながら給仕の準備を始めたようです。

 談話室から抜けていく三人の姿を見て、ナーガは慌てて声を上げました。


「私も手伝うよっ」


 しかし、ウサビナは軽く首を振りながら答えます。


「いいえ、ナーガは座っていて。

 あなたは私の隣にどうぞ」


 ウサビナがそっと座ると、彼女は誘うようにしてソファの座面をたたきます。

 ナーガは心なしか緊張しながら浅く腰を掛けると、ウサビナが軽くくすくすと笑いました。


「ナーガ、そんなにそわそわしないで。

 あの男たちに任せておきなさい」


 ウサビナはそっと腕を伸ばし、ナーガに深く腰掛けるように制します。


「なんだか、自分だけ座っているって落ち着かなくて……」


 ナーガは苦笑いを浮かべながら、そわそわと視線を動かしました。


「それに私、実は剣を使ってお湯を沸かすこともできるんだ。

 けっこう便利だと思うんだけど」


 そう言いながら立ち上がろうとするナーガに、ウサビナは一瞬驚いたように目を丸くします。

ですが、すぐに口元を覆うように手を当てて、くすくすと笑い出します。


「剣って、まさか今日見せた爆弾みたいな剣のことかしら?」

「えっ、そんな大袈裟な……!」と慌てるナーガにウサビナは応えます。


「だって、あの剣の威力を見たらそう表現するしかないじゃない。

 家を壊されてはたまらないから」

「アレは剣自体にシールドを張っていてその上で熱をもたらす魔術をかけていて、

 あの、クエスト中だってずっと魔術をかけてないと出来ないもので、時間がかかるの、

 だからそんなすぐに……」

「うん、うん。でも今は大人しくしていなさい」

 

 ウサビナは柔らかい笑みとともに、ソファーをポンポンとたたき、改めて座るように促します。

 その動きにナーガは再び腰を落とすと「良い子ね」とウサビナは目を細めるのでした。


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