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遺跡で待ち受ける怪異

■紹介

・ナーガ

 16歳の少女冒険家。本名ナーガディシア・ピエロット・リーデア。


・転生の書

 ナーガと会話するように自ら文字を綴る森羅万象を知るかのような書。


・サクリ

 クエストパーティの金髪男性。


・ヴィクタ

 クエストパーティの茶髪女性。


・オベル

 クエストパーティの黒髪男性。


・プレイトン

 クエストパーティの金髪女性。

 その日は一面の青空と、わずかに白い雲が流れるよく晴れた日でした。


 ナーガたちはクエストのために「アジアーティの遺跡」へと出発しています。

 その日の空も澄み渡り、爽やかな風が草の香りを運んできました。

荷馬車に揺られながら、ナーガはぼんやりと青空を見上げます。


 するとふと、先日ヴィクタとプレイトンから聞いた「神隠しの噂」を思い出しました。


「ねぇサクリ、オベル」


 ナーガが声をかけると2人が振り向きました。

「どうした?」とサクリが応えます。


「アジアーティの遺跡、本当に神隠しがあるの?」


 ナーガの質問にオベルも頷きながら口を開きます。


「あぁ、そうだな。あそこで何人も行方知れずになっているって噂が一時期あったな」


 それからオベルは続けました。


「それだけじゃないぜ。あそこの遺跡には他にもいろいろな怪談があるんだ。

 たとえば市場で商売をしていると、どこからともなく人影が柱の陰からじっと覗いてくることがある、とかな。

 それに夜になると聞こえる霧笛の音。近くに海も川もないのに、だぜ?」


と声を低くして語り掛けます。

 オベルがそこまで言うとサクリは「待て待て」と止めに入りました。


「あんまりナーガを怖がらせないでくれよ。

 それに、こういうのは口にするから実際に起きちまうことだってあるんだ」

「霧笛って何?」

「意外と食いつくなぁナーガっ」


とサクリが驚くのを横目に笑いながらオベルはナーガに説明します。


「霧笛ってのは航海している船や、陸地の灯台なんかが衝突を防ぐために鳴らすものだよ。

 ボォオって牛の声みたいな音を鳴らすんだ」


 オベルが説明を終えるとサクリは「まぁ、そういう話もあるってことだよ」と話を切り上げます。

 ナーガは少し納得いかない様子でしたがそれ以上深く聞くことはしませんでした。



    ◇

 やがて目的地にたどり着きました。

 馬車便から降りて向かう先には悠久の時を経た石造りの建物が連なり荘厳さを漂わせるような、アジアーティの遺跡があります。


 風雨に削られた壁や柱はかつて栄えた文明の痕跡を物語るかのように並んでいました。

ですが劣化はあるものの、いまだに倒壊せず残る巧妙な石造りの建築技術には、古代の技術の高さがうかがえて、思わず舌を巻くほどです。

 一方で近年の一時期に交易拠点として使われていた痕跡(こんせき)も残されており、当時の木箱や荷車が打ち捨てられたそれらは今ではすっかり朽ち、砂と埃に埋もれていました。


 その光景を乾いた風が吹き抜けて、その場に響くのは風の音だけ。

いえ、それらに混じってどこか遠くで鳥の鳴き声が聞こえたようです。


 ですが、それもすぐに消えてしまう。

そんな不思議なほどの静寂(せいじゃく)がそのあたりを占めていました。


 一行は、崩れかけた石造りの壁を背にして荷物を置きました。

 手分けして調査用の簡易拠点を準備し始め、タープを張ったりと、それぞれが手際よく動きます。


 そしてサクリたちは懐かしい遊び場に戻ってきたかのように楽しげな様子を浮かべており、ナーガはそれを眺めていました。


「懐かしいッスねぇ。小さいころ肝試しで来た時と、全然変わらないッスね」


とプレイトンが明るく言いながら、地面に敷いたシートの上に持ってきた荷物を並べ始めます。


「そうね。すっかり廃れてはいるけど、やっぱり懐かしいものね」とヴィクタが目を細めながら頷きます。

 彼女の腰には虫よけの香を焚いた小さな入れ物がぶら下がっており、爽やかな香りを周囲に漂わせています。


 ナーガはその光景を横目に、周囲へと視線を巡らせています。

この静かな空気に緊張を呼ぶなにかがあるように感じているのかもしれません。


 荷物を整え終えたサクリが「今回は見回りだから、あまり深く調べる必要はない。安全が確認できればそれで十分だよ」と言い、ナーガに目を向けます。


「ナーガもあまり緊張せず、気楽にいこうよ、気楽にさ」

「そう…そうね。でも、何でだろう、私、初めてパーティでのクエストだからかな、ちょっと落ち着かないみたい」

「はは、これからこれから。少しずつ慣らしていこうっ」


とサクリたちとの和やかなやり取りで徐々にナーガの肩の力が抜けていくのを感じたようです。

 ですがナーガは頷きながらも、どうしてもざわめきをかかえてしまう胸元に手を知らず置いていました。


「?」


 その自らの仕草に首を傾げていたところで、全員が準備を終えたようでヴィクタが話題を切り出します。


「じゃあ、そろそろ遺跡内を回ってみましょうか。サクリ、どの順で行く?」


 サクリは地図を広げ、手慣れた様子で指を差しながら「まずは遺跡出入口付近から見ていこう。おそらく特に異変はないと思うけどな」と応じました。



    ◇

 調査を続けるうち、ナーガはふと石畳の上で見慣れぬ様子の鳥の死骸を見つけました。

その鳥は身体の皮や骨の一部を残して、焚きすぎた煮込みのように崩れている状態です。


 ナーガが足を止めてその死骸を見ていると、血肉とは異なるかすかな臭気を感じて顔をしかめます。

 その様子に気づいたヴィクタがやってきて眉をひそめました。


「まるで……何かに食い荒らされたみたいね、野犬とか動物の仕業かしら」と口に手を当てて不快感を露わにしました。

 不快な臭気でしたが、ヴィクタが腰にかけている香で幾分かマシになりナーガの表情も和らぎます。


「うん。なんにせよ危険なものがあったら私が守るよ」

「ふふ、本当頼もしいね。ナーガ」


とヴィクタが微笑むとナーガもへらりと笑いながら頷きました。



    ◇

 しばらく調査を続けた一行は、古びた石造りの大きな建物の前に到着します。

入口から中を覗き込むと、そこには広い空間が広がっており、中央には鎧が鎮座しているのが見えました。


「ずいぶんと立派な鎧みたいだな」とサクリが興味深そうに呟き、皆も立ち止まって見つめました。

 打ち捨てられた遺跡に(さび)一つなく佇むその姿はナーガたちの目を引きます。


 それが神聖な何かを感じたのか、あまりにも違和感を覚えるものだからなのか、その場にいる者に理由は分かりません。

 ただ見回りというクエストを行っている以上、目の前にある異質な存在を素通りするわけにもいきません。


 サクリたちはひとまず鎧を調べてみることになりました。

建物の中に入って近づいてみると質素な作りのフルプレートの鎧のもつ表面の(つや)やかな光沢が新品のようだと分かります。


「もしもし? どなたか居ますか?」


 サクリが鎧に向けて声を掛けました。

 兜の(おもて)が陰になっていたため、鎧を着た人間の可能性があるからでしょう。


 すると鎧は、金属を擦る音を響かせながら動き出しました。

重々しくゆっくりとした動作で両手で剣を構え、ナーガたちに向き直ります。


「やっぱり誰かが中に入っているのか? 暗がりでよく見えないが……」


 サクリがそう呟くと、ナーガは「私が光を出す」と呼びかけます。

そしてにじり寄ってくる鎧に向かい、灯りを産み出す魔術でその周囲を照らします。


 その正体を確かめる前に「……っ! 距離を取って!」とナーガがすばやく仲間に声をかけます。

彼女の直感が告げたのでしょう、ゆっくりと振り上げたはずの剣が目にも止まらない速度で振り下ろされたのです。


 それは防御で受け止めるには強大な力。

両腕の構えから振り下ろされたその一撃は床に深々と痕を残し、岩畳が砕ける音が部屋中に響き渡ります。

 咄嗟(とっさ)に回避に転じていなければ、今の一撃でサクリたちは壊滅状態まで追い込まれていたかもしれません。


 ナーガの魔術で生み出された光が遺跡の広間を照らし出し、鎧の姿が浮かび上がります。

陰になっていた兜の奥には本来あるべき人の顔が見えません。

 鎧の中が空っぽで人の気配がなかったのです。


「リビングアーマー……! 独りでに動く鎧だ!」


 ナーガの掛け声とともに「ヴィクタたちは距離を取って攻撃するんだっ」とサクリが指示を飛ばします。

 プレイトンとヴィクタは指示を受けていそいそとスリングと弓矢を準備し始めます。


 ナーガはなお接近して鎧の注意を自らに向けるようにします。

 すると鎧は大きく剣を横に振るい、風を切るような轟音とともにナーガに攻撃をしかけます。


「ナーガっ!?」


 ヴィクタが悲鳴のように名を呼ぶ中、ナーガは地に伏すほど身を屈めその凶行を回避していました。

 そして鋭く片刃の剣を振るい、脇の下部分をしたたかに打ち付け、その余で火花を散らします。


 衝撃は鎧の動きにわずかなひるみを生みました。

 その隙にヴィクタの放つ矢が空を切り、そしてプレイトンの投石が鈍重な音を立てて、それぞれが鎧の胴に当たります。


 しかし鎧は揺らぎながらも、再び力強く踏み出します。

片手に剣を持ち換え、駄々っ子のような振る舞いで剣と拳による波状攻撃をナーガに浴びせかけました。


 振り下ろされる攻撃一つ一つが炸裂音を響かせながら岩畳を砕く様子で、その威力を予感させました。

もしまともに当たれば致命的であろうその攻撃を、ナーガは紙一重で避け続け、両手を振り上げたその瞬間、胴体に渾身の力を込めて突きを放ちます。


 ドグッ……!


 重厚な音とともに鎧が揺れましたが、手応えはほとんど感じられませんでした。


 まるで(ぬか)に釘を打つような感覚。

攻撃の勢いがまるで吸い込まれるかのようでした。


 その不意の感覚に気を取られてしまったのか。

ナーガは振り下ろされる鎧の攻撃に対して無防備な構えを晒していました。

 そして眼前に迫る拳。


 これは避けられない、と──


──そこに不意にサクリが横から飛び込んできて、鎧の腕を押さえ込みます。

 その弾みで、鎧の拳は攻撃を逸らされて何もない床を打ちつけていました。


 ナーガは驚きつつも、すぐに反撃に転じました。

変わらず手応えは感じられませんでしたが、鎧をひるませた隙に素早く間合いを取り直します。


「大丈夫かい、ナーガ!」と、サクリも共に退避しながら声をかけました。

 命がけで飛び込んできたサクリの言葉に、ナーガは胸を打たれたようです。


「ごめん、油断した……」

「あぁ……なんとかなって本当によかった。

 生きた心地がしないな。それにしてもリビングアーマーはそんなに強いのか?」

「分からない……思った以上に攻撃が通らない。

 でも、強化魔術を強めにかけてみればいけるかも……でもでも時間が少しかかる」


 すると考え込む仕草をするサクリに、ナーガは「リスクがあるし、幸い敵の移動も遅いし撤退(てったい)という手も」と提案します。

 しかしサクリは「何言ってんだ。ナーガがやれるかもって言ったなら俺は信じる」と強く言い切るのでした。


「どうして信じきれるの?」


とナーガはきょとんとした声でサクリに問いかけます。

 すると彼は「俺たちパーティだろ。ナーガがやれるっていうなら、それを信じるのは当たり前じゃないか」と答えました。


「わ……わかった、じゃあ時間をちょうだい。あの……無理はしないで」

「よし、オベルっ! 俺たちは前衛で撹乱(かくらん)だっ!

 ヴィクタにプレイトンっ! 援護を頼むっ」


 そしてサクリとオベルが動き始めました。

慎重に間合いをはかながら、時間稼ぎをするべく鎧に接近しては後退を繰り返し敵の攻撃と注意を誘います。


 すると間合いを見誤ったオベルは鎧から不可避の一撃を浴びせられます。

間一髪のタイミングで盾を構えたことで、一撃を受け止めたものの何度も受け止められるものではないのでしょう。

 オベルの脂汗を浮かべてしかめる表情がその衝撃の重さを物語っていました。


 ヴィクタとプレイトンは、間を置かず鎧に向けて牽制(けんせい)の矢や投石での攻撃を仕掛けます。

攻撃そのものは通ってはいないかもしれませんが、その衝撃が鎧の動きにひるみを生んで、行動を制限させているようです。


 ナーガはその間も、より強力な強化魔術のために呼吸を整えながら魔力を練り上げています。


「ヴィクタ、プレイトン、がんばれ! オベル! きっともう少しだ!」


と、サクリの応援がパーティの士気を向上させます。

 ヴィクタは力強く弓を引き絞りながら「任せて、プレイトンと私でしっかり援護するから!」と応えるのでした。


 鎧が剣を構えてサクリとオベルに迫ろうとした瞬間、プレイトンの投石が(くるぶし)に命中します。

するとバランスを崩したのか、鎧が身を屈めながら、大きくよろめきました。


 その一連の行動はナーガに十分な猶予(ゆうよ)を与えていました。

その手に握られた剣の持つするどく輝きを放つ光が、さきほどとは比べ物にならないほどの力を帯びているのだと見てとれます。


 ナーガは獣のように身を低く構え、次の瞬間には風のような速さで鎧に接近していました。

まるで空気さえ切り裂くかのような俊敏(しゅんびん)さで、そして標的を逃さない鋭い眼光が鎧に向けられます。


 鎧もまた体勢を立て直し、瞬時にナーガを正面に捉えたようで、剣を振りかぶりました。


 傍から見ると、鎧が構えたと思ったその瞬間、一撃が地面に向けて迸っていました。

 しかしそう思いきや、そこにはすでにナーガの姿はありません。


 彼女は身を捻じり、その鋭い攻撃を回避していました。

 そして攻撃が終わったほんの一瞬の隙を突いて、鎧の足首を掴みます。

勢いと円心力を使いながら、素早く弧を描いて鎧の背後に回り込むようにしたのです。


 その瞬間、勝敗は分かたれました。


「これで──終わり!」と、ナーガは叫びながら、剣を頭部から背中にかけて振り下ろしました。

 その一撃は鎧の兜を粉々に砕き、背面の甲冑(かっちゅう)を深く(えぐ)るほどに斬り裂きます。


 ズンっと浴びせられた衝撃は鎧を地面に叩きつけさせ、その勢いが周囲の床までもヒビを走らせてから──


フワリ──と


埃を舞い上げました。


 そしてナーガは息を整えながら剣を構えたまま、倒れた鎧を伺うように見下ろしているのでした。


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