エンジョイパーティ
■紹介
・ナーガ
16歳の少女冒険家。本名ナーガディシア・ピエロット・リーデア。
・転生の書
ナーガと会話するように自ら文字を綴る森羅万象を知るかのような書。
・サクリ
クエストパーティの金髪男性。
・ヴィクタ
クエストパーティの茶髪女性。
・オベル
クエストパーティの黒髪男性。
・プレイトン
クエストパーティの金髪女性。
ナーガはサクリ率いるパーティに参加することになりました。
次のクエストの準備を整えるため、ナーガはヴィクタ、プレイトンと一緒にイスタートの商店街へ買い出しに出かけます。
「せっかくだからナーガちゃんと女子会デートっス。野郎は買い物でせっかちになるからお呼びじゃないス」との談で流れが決まったようです。
そう言うプレイトンは、肩まで伸ばしていた金髪を束ね上げておだんごの髪型を作っています。
彼女が言うには「ショッピングは戦場スからね」とのことで息巻いていました。
さて、イスタートは糸と繊維の街として栄えています。
そのため、通りには布地や衣服を扱う店が多く立ち並んでおり、カラフルな糸巻きや柔らかな生地により光景には鮮やかな彩りがあります。
また衣類を扱う店以外でも、店先には色とりどりの布を垂らした装飾が飾られていました。
その一角ではふわりとした風に布を揺らして、それと共に流れてきた甘い匂いの焼き菓子の匂いが鼻をくすぐったりもします。
しばらく通りを行くと目的の店を見つけました。
プレイトンが手際よく食材や消耗品を次々と買い揃えていき、彼女がまとめた買い物袋には乾燥肉や保存がきくよう漬けられた野菜などが詰められていきます。
その様子を眺めながら後を追っていると、ふと前を歩くヴィクタの丁寧にすかれたしなやかな長髪。
そこから芳香が漂ってきて、ナーガは思わず「あ」と小さな声を漏らしました。
ヴィクタはその声に気づいて振り返ると、優しく微笑んで応えます。
「どうしたの? ナーガ」
不意に声を上げてしまったナーガは、顔を赤らめながら「あ、なんでもないんだけど……えっと」と続ける言葉を探しながらその視線はふわりと香るヴィクタの髪へと引き寄せられています。
「ヴィクタっていい香りがするなって……思っただけ」
そう話すとナーガは恥ずかしそうに目線を反らしました。
「ふふ、ありがとね。アロマとか香水に興味あるんだ?」とヴィクタの問いに、ナーガは小さく首をうなずかせます。
「じゃあ、店もちょうど近くだし、ちょっと見に行ってみない?
プレイトン、いいかしら?」
「オッケーッスよ」と応えるプレイトンは会計も済ませたようで、両手いっぱいに雑貨をぶら下げていました。
それから三人は香料を扱う専門店へ足を運び、アロマオイルやお香の香りをいくつか試してみます。
ヴィクタが好んで使っているというリラックス系のアロマや、集中したい時に使う清涼としたハーブ系の香りなど様々です。
ナーガは意識していなかったそれぞれの特徴や違いを興味深そうにしながら香りの吟味をしていました。
手で仰ぐように香りに親しんでいると、ふとナーガはヴィクタの首飾りからもほのかに良い香りがすることに気づいたようです。
「この首飾りからも香りがする?」
するとヴィクタは小瓶のような形状をしたチェーンの首飾りを指でなぞりながら応えます。
「ああ、これは瓶のところにアロマオイルを入れておけるアクセサリーなの。
手軽に好きな香りを持ち歩けるからって最近人気がある商品みたい」と、首飾りを見せながら説明してくれました。
首飾りに興味を引かれつつもその店ではあいにく品切れだったようです。
その後も商品を吟味しましたが、ナーガは実用性も考えて虫除けのお香を購入するようです。
いつかクエストでは役に立つはずと、しっかり鞄にしまいこむのでした。
香料の店で買い物を済ませた後、プレイトンが「あ、こっちに良さそうなお店があるス!」と目を輝かせ、ナーガとヴィクタを引き連れていきます。
店先にリボンを基調とした装飾があしらわれたその店は、衣類やアクセサリーが並ぶ明るい雰囲気の店です。
プレイトンは店に入るやいなや、目についた服やアクセサリーを次々に手に取り、ナーガに合わせてみては「これなんか、ナーガちゃんに似合いそうスねぇ!」と楽しそうに笑みを浮かべます。
ふんわりとした生地のブラウスや、ひらりと広がるようなフリルスカート、リボンのようにあしらわれたシニョンなど、ナーガの顔の近くで合わせながら「どう? 試着してみたら?」とすすめる姿に、ナーガは少し照れくさそうに微笑みます。
プレイトンはナーガの黒く波打つ髪をまとめ上げてシニョンをくくると、鏡の向こうにはかわいらしく白い飾りをつけたナーガの姿が映ります。
その自分の姿を見てちょっとだけ恥ずかしそうにしながらも、どこか新鮮な気持ちでナーガはじっと見つめるのでした。
それからもナーガは次々と手渡してくるプレイトンの勢いに押されながら、彼女の選んでくれた服を試着していきます。
そのたびにプレイトンは「かわいい! 似合ってるッス!」と手を叩いて喜びました。
ナーガは恥ずかしそうにしながらもまんざらでもない様子です。
ヴィクタも別の服やアクセサリを持ってきては「うん、これも似合いそうね」とナーガにあててきます。
そんなこんなでプレイトンとヴィクタは次々と服や小物の試着を続けていって、すっかりナーガは彼女たちの着せ替え人形のようでした。
「ナーガちゃんはスタイルもいいからもう少しピッチリした服も似合いそうッスね」
「そうね、スカートだけじゃなくてスキニー系のパンツとかもナーガのスタイルが引き立つと思うな」
と二人は楽しそうに商品を選んでいます。
しかしプレイトンが手に取ったそのボトムスはナーガにとっては避けたいものでした。
ナーガは見た目こそ女性そのものですが両性具有の身であるため、男と女両方の性特徴を持っているという秘密があります。
そのため、あまり下半身の体型を露わにするものを着るのに抵抗あるようでした。
「私、そういうのはちょっと……ごめんなさい」
そう言って申し訳なさそうに服を陳列棚に片付けるのでした。
「ご、ごめんなさいッス。楽しくなりすぎちゃって……!」と、プレイトンは慌てて謝ります。
ヴィクタも少し顔を赤らめながら「ナーガの好みとか、考えてなかったね……ごめんなさい」と申し訳なさそうに言います。
そんな二人の様子を見て、ナーガは少し照れながらも柔らかな暖色のゆったりとしたワンピースを手に取りました。
「でも、これは可愛いかも。これならいいかな」
ナーガがそのワンピースを胸元に当てて鏡を覗き込むと、プレイトンとヴィクタも笑顔になり、「似合うッス!」「可愛いわ」と大いに喜びます。
最終的にナーガはこのワンピースに加えて、いくつかの小物も選び、満足げな表情で店を後にするのでした。
◇
それから三人のショッピングを満喫していたものの、盛り上がりすぎてしまったせいか、気づけばナーガの手にはいくつもの袋がぶら下がっています。
アロマやアクセサリー、服にいたるまで予想以上に荷物が増えてしまい、ヴィクタとプレイトンにも手伝ってもらうほどでした。
3人で荷物を分け合い、ようやくナーガが泊まる宿屋に戻ってこれたのです。
ナーガの部屋は二階です。
階段を登ってナーガの部屋に入ると、ヴィクタとプレイトンの足が思わず止まりました。
「これは……すごい状態ね」
「散らかりようが半端ないッス……」
あちらこちらに本や道具が散乱して荷物がベッドの上まで占拠しているありさまに、二人は呟きます。
それからヴィクタとプレイトンは互いの顔を見合わせて苦笑するのでした。
「ナーガちゃん、もしかしてお片付け苦手ッスか?」
とプレイトンが尋ねるとナーガは恥ずかしそうに頷きます。
そんな様子に2人はまた笑うと部屋に上がって、荷物の整理を始めました。
「アタシこういうの意外と好きなんで任せて欲しいッス!」
そう話すとプレイトンは手際よく荷物を整理し始め、ヴィクタもそれに続きます。
散らかっていた荷物を整えながら、プレイトンが次のクエストの話題を持ち出します。
「そういえば次のクエストはアジアーティの遺跡ってところの見回りッスね。
あの遺跡、あたしは何度か肝試しをしたところなんスよ」
プレイトンの話に、ナーガは「肝試し?」と興味を示します。
するとプレイトンは嬉しそうにうなずきます。
「あの遺跡、あたしたちが生まれる前は交易拠点として使われていた場所なんスよ。
でもその頃から時々神隠しがあったとかでいつの間にか使われなくなったみたいで……」
「神隠し……?」
「人通りも多いし、たぶん迷子とか? もしくは人攫いなんかもいたんじゃないんスかね?」
プレイトンが語る内容に関心があるのか、ナーガは荷物を整理する手を止めて聞き入っています。
するとヴィクタも話に加わってきました。
「そういう怪談の噂って広がるのも早いわよね。
だから私達が小さい頃は肝試しって言って侵入するようになったんだけど……」
プレイトンは頷きながら「ちょっと怖くてドキドキする感じが、昔は仲間内でウケたんッスよね」と語ります。
それからヴィクタは微笑み「私も近所の子達と肝試しをしてサクリと初めて会ったのよね」と、サクリとの馴れ初めを話し始めました。
「くじ引きで男の子と女の子のペアで遺跡を回ることになってね。
私はサクリとペアになったんだけど、彼は怖がってる私を励ましてくれてね。
カッコイイ子だって思ったなぁ」
「ああ、サクリって昔からそんなだったんスね。長い付き合いだけど、今と変わらないッスね」
とプレイトンは笑います。
そうこうしながら、ようやく片付けが終わりすっきりとした部屋になるのでした。
ヴィクタは「お茶でも淹れようかしら」と言い笑顔で席を立ちますが、ナーガはそれを制します。
「この部屋だと火がなくって……」
「あぁ、そうね。宿主にお湯を分けてもらう必要があるかしら」
とヴィクタが考え込んでいると、ナーガが自信ありげに笑みを浮かべます。
「私に任せて。ちょっとしたアイデアがあるの」
そう言うとナーガは部屋の片隅から水を注いだヤカンを手に取ります。
鍋敷きの上にそれを置くとなまくらになった剣の刃を拾ってその側面に当てます。
彼女の指先が淡い光を帯び、剣を通じてその光がヤカンに当てられます。
「これは熱を産み出す魔術で寒い地方にいた時にちょっとした暖房代わりにしていたのだけど。
今の私の魔力なら、これでお湯を沸かすくらいはできると思う」
と話しながら「ちょっと時間がかかるけど」と付け足して魔術を注ぎ続けるナーガ。
その姿を見守るヴィクタとプレイトンも興味がある様子です。
「へぇ、火を焚かなくてもお湯を沸かせるんスね。便利な魔術もあるもんスね」
「そうね、クエスト中にいつでも美味しいお茶が淹れられるわ」とヴィクタが微笑みます。
ナーガも頷きながら、ヤカンをじっくりコトコト温め続けます。
しばらくして、温かな湯気がふんわりと立ちのぼり始めました。
「ありがとう、ナーガ。本当にお湯が沸いているわね」
ヴィクタは感心しながらそう言いながらヤカンを手に取ると、お湯を少しずつ丁寧にティーポットへ注ぎます。
彼女は茶葉が開くまでじっくりと待ちながら、ポットから漂う香りを楽しんでいました。
やがて十分に蒸されて香りが満ちたころ合いを見計らって、ヴィクタはカップにお茶を注ぎます。
すると注がれたお茶は澄んだ琥珀色を見せ、ヴィクタは「どうぞ」とカップを差し出してくるのでした。
カップを口に運ぶと、しっかりと開いた茶葉から広がる豊かな香りが鼻をくすぐります。
そして口に含むと、お茶のほんのり甘みを感じる優しい風味が広がるようでした。
ショッピングでくたびれた体に染みわたるその香りと味わい。
3人はそれを楽しむひとときをゆっくりと過ごすのでした。