バグる
新宿10時発、箱根湯本行きの小田急ロマンスカー、はこね7号。
展望席最前列に座り眺める景色。他の鉄道には無い特別感があるのは、住宅地を縫うように走る線路と、澄んだ青空のコントラストが、どこを取っても絵になるからだろう。
都会の喧騒を離れ、余暇を満喫する為、箱根への小旅行を計画した私と親友は、この電車旅に心を躍らせる。
他愛のない会話を楽しみ、華やかな駅弁に舌鼓を打つ。
ゆったりと寛げる座席に深々と腰かけ、真っ昼間から飲む冷たいビールは、仕事でストレスを溜めた自分への最高のご褒美だ。
満席の車内には、観光客たちが醸し出す高揚感が充満しているが、それとは反対に車窓の風景は徐々に長閑になっていく。
代々木上原から、下北沢、登戸、新百合ヶ丘、町田、相模大野、海老名、本厚木、新松田を過ぎて、私たちの旅の目的地まで、あと少し。
しかし開成駅を通過した直後、小さな踏切近くに立っていた高校生らしき女の子が、私たちの乗る電車の前に、急に飛び出してきた。
運転士が警笛を鳴らす間も、ブレーキを掛ける間もなく、その子の小さな躯は電車に撥ねられ、私たちの目の前の硝子に思い切りぶつかり、まるで人形のように宙を舞う。
微かに感じた鈍い振動。車内に木霊する悲鳴。急ブレーキが掛けられた電車は、数百メートル進み停止した。硝子には罅が入り、血痕が点々と付着している。
人身事故の瞬間を、特等席で見てしまった私と親友は、あまりのショックで暫くの間、躯の震えが止まらなかった。
列車の運転士が、人身事故を見てトラウマになり、列車の運転が出来なくなったという話を聞いた事があったが、無理もない。
あまりにもあっけなく、人間の躯がバラバラになる光景は、トラウマを通り越して、脳がバグる感覚だ。
あの日以来、私と親友は電車に乗っていない。あの悲惨な悪夢を、もう見ない為に。
