プレイボールは鳴りやまない
「プレイボール!」
球審が、マスク越しに声を張り上げる。
キャッチャーの梅野が、サインを出す。
俺は顎の先を小さく縦に動かして、グラブの中で球を二回転がす。脇を締めて、両手を胸元に引き寄せる。
肩を上げ、左膝を曲げる。
そして―、
カーンッ!
指のかかりが甘かったスライダーボールが、打席に立つ打者のバットの芯に当たった。白い球は鋭く、俺の横を通り過ぎて、セカンドとショートの間も走り抜けていく。
「センター前ヒット! これは大きな当たりです! 先発ピッチャー安藤 春人、引退試合で強烈な一発を食らいました!」
あぁ。どうせ、実況はそんなふうに言っているんだろうな―そう考えながら、俺は誰かにユニフォームの背中を引っ張られるように後ろに倒れていく。青黒い空と、スタジアムの丸いライト達、観客の歓声や怒声、グラウンドにあるもの全てが遠のいていく。
まるで、映画のワンシーンだ。自分を狙っている何者かに銃で胸を撃たれて死んでいく主人公のような。いや、俺は胸を弾丸で撃ち抜かれたわけでも、これから死ぬわけでもないけれど。
ただ、時間が戻るだけだ。時計の針が逆回りになって、世の中の色も音も巻き戻される。物語の始まりからやり直しをさせられるんだ。
まったく、これで何回目だ? 十一……十二回目か? いい加減にしてくれ。
今の俺にはヒットだろうが、ホームランだろうが、凡打だろうが、どうでもいい。引退試合を有終の美で飾って終わろうなんて、虫のいい話だった。
俺はただ、この試合が終わってくれさえすればいい。それでいい。
マウンドを降ろさせてくれ。終わらせてくれ。
この、永遠とループする引退試合から――。