第96話 覚醒
ユウナの体が撃ち抜かれ倒れた。
その時点で、その場に戦えるものは少なくなっている。
剣聖も倒れ、ルイスも倒れ、立ち上がっているのはもはやアーノルドとミアだけだ。
そう、もうタイムリミットが近い。勿論それは全滅のだ。
「くそ、この天才の俺がここまで追い込まれるなんて、な」
「ユウナは傷つけさせないのです」
二人はそう言って魔王に襲い掛かる。
ウェルツは手に持っている注射針を見る。
それは、ユウナを覚醒させるためのものだ。
完成体へと。
これを使えば、勝機は見える。
だが、それは=ユウナの人格を殺すことに値する。
それは、いやだ。
だけど、もはやこれしか方法がない。
「ウェルツ……さん?」
ユウナが力なき声で言う。
「大丈夫か?」
ウェルツは咄嗟にユウナに近づく。
「たぶん大丈夫ではないよ。体中痛いもん」
実際にユウナの体には色々とガタが来ている。無理もない、魔王の全力の一撃をくらったのだ。
「ねえ、ウェルツさんの今考えてること分かるよ」
「なんだ?」
「その注射針を私に使うかどうかでしょ?」
ばれてる。そう、ウェルツは思った。
「ウェルツさんって、そう言うところあるよね。この状況を何とかするには刺すしかないってわかってるのにさ」
「なんでそんなこと言うんだ」
「いいよ、刺しても」
ユウナの口が静かに動く。
ウェルツは唾を飲み込んだ。
「私はさ、最初は嫌だった。なんで私が命を賭してやらないといけないの?って。だけどね、もうこうなったら私よりも大事な人がいるんだよね。ミアちゃんとかさ、ミコトとかさ、ウェルツさんとか」
「っお前」
「勘違いしないで。私も死にたくないよ。でもこのままみんな死ぬよりはこの方がいいから」
ユウナは注射針を弱り切った手で引き寄せる。
「ウェルツさん。短い人生だったけど、幸せだったよ。牢から出れて、皆に会えてさ。私恵まれてるなあ」
いつものユウナの口調ではない。ちゃんと、はきはきとしている。
「みんなにごめんねって伝えてね」
ユウナは全身の力を込めて注射針を刺そうとする。だが、それを直前で止めたのはウェルツだ。
「どうして?」
「決まってる。お前に消えて欲しくないからだ」
そうはっきりと、ウェルツは言った。
それに対してユウナは困ったような笑顔を見せる。
「どうして、今すぐ打たないとミアちゃんが死んじゃう。それに、ミコトもその近くで倒れてるもん。だから今やらないとだめなの」
その姿は動転しているようだった。
★★★★★
この世界に生きていて、ずっと笑って過ごしたかった。
この世界で、ずっと生きていたかった。
完成体なんて言う存在にはなりたくなかった。
だけど、もう、それしかない。その残酷な事実も分かっている。
打ったら楽になれる。
この死にたくないという気持ちを忘れてスーパーマンになって皆を守れる。
あれ、スーパーウォーマン?スーパーガール?
そんなのどうでもいいや。
とにかく素晴らしい、魔法の力なのだ。
だからこそ、打ちたいのに。
なのに、
なのに、
ウェルツさんが止めて来る。
「ねえ、ウェルツさん。私の覚悟が決まってるうちに打ちたいの」
私だって迷ってる。
それなのに、止めて来るなんてなんて酷い人なんだろう。
あ、まずい。どんどんと死にたいっていう気持ちがわいてくる。
「俺はお前に死んでほしくて、こんな状況に追いやった訳じゃない。他に解決方法があるかもしれないだろ」
ウェルツさんは、私に死んでほしくないんだ。
その言葉がなんとなくうれしい。
「じゃあさ。約束する」
「約束?」
「うん」
私は頷く。
「私はさ、絶対に戻ってくるよ。完成体なんか意味わからない存在に人格を奪われないよ」
「奪われない?」
「そもそも私が信用できないの?」
その言葉に、ウェルツさんは黙った。
私の知っている物語には、バッドエンドなんていうものはそこまでは無かった。
そう、みんな笑って終わる。そんな物語じゃないと、皆喜ばないから。
ここは、物語の世界じゃない。現実だ。
それに、異世界の情報であって、そこまで信じていいのかという感じだ。
だけど、
「私を信じてよ」
私はそう、作ったような笑みを浮かべた。
今も心は不安でいっぱいだ。
だけど、私自身を信じるしかない。
それに、ミアちゃんの場合は異例の形での覚醒だったとはいえ、元に戻れたわけで。
きっとルイスさんが戻してくれる。
そもそもルイスさんの場合は、あの人やからしが多いからいい加減活躍してくれないと困る。
……これが、この注射針が活躍に含まれるのかもしれないけど。
私はぎゅっと、歯を食いしばる。
そして、私はウェルツさんの手から注射針を強引に奪った。
「ありがとう」
私はにっこりと笑っていった。
「お、俺は」
私は動揺するウェルツさんを撫でた。
そして私は目をつぶり、自分の腕に一気に注射を刺した。
「あっ」
瞬間、意識が強引に引っ張られた。
何これ、不快すぎる。
頭が割れそう……
そして、意識を持ってかれた。




