第七十六話 スパイ
ユウナが捕らえられてから、四年の月日が経過した。ユウナはもうだいぶ成長して、今年で八歳だ。
ある日ユウナはウェルツに聞いた。
「ねえ、なんでこんなことするの?」
ユウナは毎日拷問のような実験を受けている。
それも、実態のよく分からない組織のために。
「お前が最強へと至るためだよ」
「私、力なんて要らないんだけど」
「うるさいなあ!!」
ウェルツはユウナの首を強い力で締め付ける。
「うぅ」
「お前は所詮道具なんだよ」
「だからって、聞く権利もあると思うけど」
「口答えするなよ」
そう言ってウェルツは向こうへと行く。
「ウェルツイライラしてるなあ」
そう、同僚であるラメリダが言う。
「うるさいなあ。最近うまくいかなくてイライラしてるんだよ」
実際ユウナ以外は皆総じて死んでいるか、大した結果も出ないまま、放置されている。
ユウナも最近は中々覚醒の様相を見せていない。
最初はユウナが一番進んでいたが、今ではそんなこともない。他所のミアや、ユキヤの方が今は進んでいる。
今やユウナの才をいの一番に見つけたウェルツでさえ、立場は危うい。
「俺は、焦っているんだ」
「はは、自分で言うのかよ。そんな事より任務だ、国の中核に忍び込んで、情報を集めてほしいという話だ」
「戦その間、ユウナはどうするんだ?」
「俺がやる」
そう言うラメリダ。
彼に任せるのはいささか危険だが、カミンの命令とあらば仕方がない。
「ああ、最近国が嗅ぎ付けてきやがってるから、奴らの情報が必要なんだよ。それはお前が最適と判断したと、カミン様が言っていた」
「了解した」
ウェルツはそう言ってユウナの元へ行く。
「なに?」
ユウナは弱り切った声でそう言った。
「今から任務に就く。ゆっくり休んでいてくれ」
「……あなたの仕事は私の監視じゃなかったの?」
「ああ、だが、人数不足でな」
「そう。その間私を自由にさせておくなんてことは」
「ない!!」
ウェルツはきっぱりと断った。
その言葉にがっくりとユウナはうなだれる。
「ねえ、これはいつまで続くの?」
「永遠だ。お前が完成体に成るまでな」
「そう」
知っていたとばかりにユウナはため息を吐く。
「じゃ、行ってらっしゃい」
「ああ、言ってくる」
「よかったら、そのまま死んでくれてもいいけど」
「悪いがそんなことにはならない」
「ちぇ、つまんないのー」
ユウナは悪態をついた。
とはいえ、ウェルツが死んだとしてもそのユウナの監視の仕事は後続に引きつかれるだけなのだが。
しかし、今のユウナにとってウェルツは敵だ。彼に対しては個人的にムカついている。
さんざんいじめられ続けていたから。
そしてウェルツは任務へと出立した。
その任務は少しだけ危険な任務だ。
国の王宮に忍び込むのだ。
短期依頼だが、しっかりと危険な依頼。
それをこなさなくてはならない。
もし組織からの刺客と分かれば、即死刑だろう。変装していくが、安全とは限らない。
「ルチェルです。よろしくお願いします」
そう、ウェルツは入団試験を受けた。
ルチェルというのは所謂偽名だ。
何しろ本名を使うのは危険である。
ウェルツという名前は組織のボスからつけられた名前だ。その名前を知られたまま軍から逃走したのでは不都合が生じるのだ。
試験は簡単だった。恐らく数が足りないのだろう。魔王に備えてか、軍事に備えてか、それとも組織を滅ぼすためにか。
入団することが出来ればあとは簡単だ。そこで情報を集めればいい。
だが、それも簡単ではない。信用を集めなければならないし、不用意な事をして疑われたら一発アウトだ。
そして入団式が始まった。
そこの頂上に立っていた男。奴はおそらくロランという男だ。
元々盗賊だったが、今では国の頂点だ。
右腕のマイルツも合わさって、最強の軍となっている。
実力では、国の顔である剣聖よりも上という話だ。軍の中で一番警戒しなければならない人物だ。
「さて、ここに居る皆に言わなければならないことがある」
そう、ロランは言った。
「恐らくもうすぐにとある組織の掃討作戦が行われるだろう。その時のために十分な戦力が必要だ。分かったかてめえら、意地でも我らが軍の一員になるように頑張れ」
そう言ってロランの言葉に対して軍の人たちは大いに盛り上がる。
「なあ、同期として頑張ろうぜ」
そう、隣にいた銀髪発の男が言う。
「ああ、よろしくな」
ウェルツはそれに答えた。
早速部屋が与えられた。小さな部屋だ。
これを信用を集め、どんどんと増やしていくという事だろう。
そして、ウェルツにとってチャンスが生まれた。戦争だ。
その戦争は、アスティニア王国に対して宣戦布告したことから始まった。
近国のネストランドを助けるために、剣聖を仕掛けるのだ。
アスティニアは強国だ。戦争の規模も大きいものになるかもしれない。
まだ若いウェルツにとって、戦力に成れるかどうかは分からない。まだ16歳のウェルツには。
だが、この戦争で戦果を挙げれば、さらに情報が集めやすくなる。
そして戦争がスタートした。
ウェルツは早速後衛メインだった。
まだ十八歳と若く、新兵だったウェルツにはそこまでの地位は与えられなかった。
だが、その中でもウェルツは戦果を虎視眈々と狙っていた。
そしてその時はすぐに来た。
戦況がかなり白熱してきたのだ。
というよりもアスティニア軍に囲まれた。
「我は、ヒョウギリ。貴様らは包囲されている」
そう言うとヒョウギリは氷の壁を作り出す。
「なるほどなあ、借りは返させてもらうぜ」
そう言うのはロランだ。
ロランは過去にヒョウギリに敗れた過去を持つ。
そして二人は衝突する。
その間、二人の間を通って大量のアスティニア軍が進軍していく。
「こいつらが、敵か」
ウェルツはそう言って剣を構える。そして周りの敵を
次々に剣で薙ぎ払っていく。
その剣のスピードで敵を一人たりとも逃さない。
(助かるな。薬)
ズルをしているようで、少し気分はよくないが、勝てるならいいのだ。
「うおおおお、ルチェル愛してるぜ」
そう銀髪のサルサが言う。
「うるさいから戦え」
「はーい」
そしてサルサはウェルツの隣で戦っていき、ヒョウギリ軍の侵入をぎりぎりで防いでいく。
「おい!」
ロランが叫んだ。戦況いっぱいに聞こえるくらいの声で。
「撤退だ。このままじゃ、勝てない」
ロランはそう呟いた。次々に軍が侵入してくる。
そんな中互角のロランとヒョウギリの戦いを置いといても、戦っていくべきではない。
ウェルツは、「もう撤退かよ」と悪態をつく。だが、冷静に考えたら撤退の一択だ。
そのことを理解しつつも、撤退するしかないという事実に腹を立てている。だが、ロランの命令だ。従わないという手はない。
ウェルツは後ろに後退して行こうとする。
だがやはり、ここで、あっさりと撤退するのでは、恩賞が貰えない。位が上がらない。そしたら組織の役に立てない。
そう思ったウェルツは勢い、ヒョウギリに飛び掛かった。それがロランの命令に反するとしても。
「何をやってるんだ」
ロランは叫ぶ。だが、ウェルツの剣はヒョウギリに向けて、振り下ろされていく。
その剣は、ヒョウギリの剣に弾かれ、ウェルツは地面を転々とする。
「畜生、強いなあ」
そう言いつつも諦めずにヒョウギリに向かって走っていく。
もはや敗れかぶれだ。
ウェルツは本来ヒョウギリに敵う実力ではない。
だが、その一撃が加わる寸前にロランが魔法弾を放った。その一撃が、ヒョウギリの注意を引いた。
その一撃により、ヒョウギリの頬をかすった。
その一撃でヒョウギリの動きがひるんだ。
そして周りのヒョウギリの側近たちが、ヒョウギリのそばに行く。
その隙をついて、みんな逃走を諮った。
「よし、ここまでくれば安心だ」
そう、ロランが叫んだ。
だが、いくらヒョウギリの隙をついたとはいえ、多数の敵相手に逃げるのは厳しい。
半数の兵が死んでしまった。
「悪いな、俺の計算が間違いだった。そもそも剣聖のやつが突破されたのが問題だ。まあ、それは置いとこう。マイルツともはぐれてしまった。国に戻ることはできない、となればここでゲリラ作戦を打つしかない。今回お前に俺の伏兵をやらせたい。いいか、ルチェル」
「俺ですか? でも、俺は新兵で」
「いや、お前がいいと思ったんだ」
その時ウェルツは少しだけ顔を明かる表情を緩めた。
これはチャンスだ。国に取り入るための。
そしてウェルツは「了解しました」と言ってロランのところに行った。
「さて、こういう場面での戦闘の仕方は分かってるよな?」
「ああ、こういう場面では、数で負けてる。だからこそ、固まって戦うよりも、少人数で固まって戦っている方が得だ」
「だが、ここはどちらかと言えば敵側の場所。いくらヒョウギリ軍から逃げおおせたとしても、今敵軍に包囲されている今、ここから逃げるのは不可能に近い。いくら少しずつ敵側の兵士を削って行ってもそこには限りがない。だからこそ、ここは俺とお前で一気に突破するしかない」
「一点突破という訳か」
リスクが高すぎる。
こちらにはまともに戦える人が、ロランとウェルツしかいない。
「マイルツさえいてくれたら、なんと力強かったことか」
ヒョウギリに敗れたときも、ずっと傍で支えてくれたマイルツ。
彼は今どうなっているかは分からない。ただ、無事であることを祈る事しか出来ない。
そんな中、ウェルツはロランの一時的な右腕として戦っていった。
そして、ロラン姿を見て、ウェルツは思った。この人は死にたくないという思いが強く、そして卑怯だ。
生き残るためにはどんなことでもするという気迫がある。
その姿を見てただ、ウェルツは憧れなど一切起こさなかった。
この人は卑怯なだけだと。
そうしてようやく、死地を抜け出したウェルツ達。
「はあはあ、よくやってくれた」
そう言ってロランはウェルツの頭を撫でた。
「こちらこそ、ロランさんの力のおかげで助かりました」
そう、張り付けたような笑顔で、ウェルツは言った。
「それでだな。この先にマイルツがいるはずなんだが」
マイルツの無事は確認されていない。だが、マイルツは生きているという自信がロランニアあった。
「あいつが死んでいるわけがないからな」
「生きてると良いですね」
「ああ」
そしてウェルツは、ロランと二人横並びで、歩いていく。
「お前は、何かを隠しているだろ?」
突如ロランがそう言い放った。
「お前の目は何か使命を持っている目だ。ただ、金が欲しい、名誉が欲しい。そんな理由じゃないはずだ」
「俺が何らかの邪な気持ちで、ここに居ると?」
「そうだ」
そんなことは無いと言えないのが、今のウェルツの立場だ。
もし、このことを告げ口されたら確実に拷問ののち死刑だ。
だが、こいつは怪しいと思っているだけだ。組織からの使者だとはバレていない。
「もし、認めてくれるなら、俺が協力してやる。この国に関する情報が欲しいんだろ?」
「なぜ、それを」
「それは公邸でいいのか? まあ、とりあえず。俺は権力が欲しい。お前らの情報を教えろ」
つまり組織の情報だ。
それを教えることが利になるのかどうか。
だが、教えるしかない。
「分かった。情報交換と行こうじゃないか」
「おーう、分かってんじゃないか」
その後、マイルツの無事もわかった。結果的に何膳もの命を失った結果、前kに終わったh-ランド包囲戦。
ウェルツにとってはいい結果を得た。
その後、ウェルツには軍隊長の位が与えられた。当然、戦争の戦果もあるが、隊長の一人であるロランが後押ししてくれたからだ。
「さて、情報交換と行こうじゃないか」
そう、ロランが軍隊長になったウェルツに言った。




