第六十七話 脱走
「ここは……?」
ユウナは目覚める。すると手に鎖が空きついている。その拘束方法を見て、組織での出来事を思い出し、ユウナは軽く吐く。
あの頃の拷問のような実験をふと思い出したのだ。
あれは、ウェルツとの思い出を含めてもすべてを消し去りたいくらいの忌むべき記憶だった。
日が経っても経っても実験の日々、満足に眠れた日よりも、眠れなかった日の方が多い。
そんな日々が再び来るかもしれない。
そのストレスだけでもうすべてが嫌になる。
「さてさて、実験動物ちゃん? 私の実験の糧となってくださいな」
その実験室内の光景をメリダが魔法で見せる。その光景はまさに地獄絵図だ。
「いつもの実験ではねえ、一〇〇人に一人が魔物になったらいい方なの。でもね、その魔物になってもコブリンのどの雑魚魔物じゃダメな訳。ミノタウロスでさえレアなんだから。という訳であなた達には期待してるよ? 特にミア、貴方はドラゴンになってくれるかもと思ってるし、もしかしたらそれ以上かもと思ってる。さて、もうあなたたちに抵抗なんて無理なのだし、私の目的の一端を話そっと。私はね、研究費用と、素材を出してくれている魔王軍の役に立ちたいの。魔王軍のためにこの国を乗っ取って、魔王軍による傀儡国家にしたいわけ。そしてあなたたちの国イングリティアとかを滅ぼして、秘密裏に魔王軍の世界統一を狙ってるわけ。ね、良いでしょ?
でもね、本当はね、私のマッドサイエンティストとしての血が騒ぐからなんだけどね。でも、目的が一致してるのよね。それっていい事じゃない? 私は私のしたい事をして魔王軍の役に立てているわけなのだから。さて、これからどんどんと実験を繰り返いて行くわけなのだけど、あなたたちはどんな魔物になるかなあ。もし、強い魔物に変化したら愛してあげるわね」
その言葉にもユウナはぞくっとした。
魔物にされるなんて冗談じゃないし、魔物になった後、こんないかれた女に愛されるなんてそんなの絶対に嫌だ。
それに、魔物にされた後、ひょっとしたらメリダの命令で、マリーたちみたいな無垢な民を襲ってしまうかもしれない。
それにだ、今ここから抜け出さないと、メリダというマッドサイエンティストの存在を国が知らないままになる。そうなればもっと被害が大きくなるだろう。
是が非にでも逃げ出して、情報を伝えなければならない。
「私ね、魔物化の秘術についてもっと知りたいの。そしたらその方法を応用して、魔物ちゃんたちをさらに強くできるし、私もさらに強くなれるから。ね、お願いね、私の実験の糧となって」
そう言ったメリダがユウナの足を杭で打つ。
「~~~っ」
「痛い? 痛いよね。でも大丈夫。もっとつらい地獄が待ってるからね」
足に激痛が走る。
その痛みにより、ユウナは痛みを堪えきれない。
さらにはメリダの言葉だ。
その言葉でユウナの精神は一気に追い込まれる。
先に待っているのは地獄だけ。
それはいくら組織の実験で痛覚が鈍くなっていたとしても、それは耐えられるようなものじゃない。
そして、数分の時が経った。
ミアたちは別の場所に連れていかれた。
リスク管理なのだろう。
今は本格的な変化の時に苦痛でショック死しないように、継続的に痛みを与えているらしい。
組織にいた時を思い出し、痛みと同様にトラウマもどんどんと湧いてきて、ユウナはげろを吐いてしまう。
痛みと恐怖、二つの感情が泥めいててユウナの体力はどんどんと失われていく。
「あら、これくらいでへこんでたら本番で耐えきれないからね。もっと頑張ってもらうわよ」
その言葉にユウナは手をギュッと握り締めた。
このままではいけない。痛く怖いし、早く行動しないと、魔物に変えられてしまう。
それだけはごめんだ。
ユウナは必死に考える。
そんな時だった。
一人のミノタウロスがメリダに飛び掛かった。
「グレタ――何をしてるの?」
「こいつらを逃がす」
そして、檻が開けられ、ユウナは開放された。
「ふざけるな」
そのメリダの一言でミノタウロスたちは「メリダ様、ご命令を」と言った。
「あは、自我を残してたのが悪かったわね。本当は自我を残したまま戦ってほしいけど」
メリダがそう言い終わるとすぐにミノタウロスが苦しむ。
「罰を与えないとね。さて、解放されたのはあなただけ、ここから逃げられるかなあ?」
「逃げるじゃなくて全員助けるだよ」
ミアたちは全員別の方向に連れていかれた。
一人だけ易々と逃げ延びるつもりはない。
全員助けてここから脱出する。
まずは、この追跡者たちから逃げながら味方を増やしていかなくてはならない。
最初に思い当たるのはミアだ。彼女を開放できれば重要な戦力となる。
見たところ、檻が多い。多すぎる。それぞれの檻に人が閉じ込められており、全員ユウナを見るや否や、助けて助けてくれと暴れ出す。
本当は助けたいが、足手纏いを増やすと肝心のミアを助けられない。ここは我慢だ。
今は姿を隠れながら動いているおかげで敵に見つかってはいないが、派手な動きをすれば一瞬で見つかってしまう。
だが、ある地点で、不味いことに気付いた。
見張りが明らかに多くなっている。
ユウナを捕えるためだろう。
この人数。隠れながら進むには不可能に近い数だ。
魔法で姿を隠す方法もある。だが、それがミノタウロスに通ずるかと言われたらNOと言わざるを得ない。
今までのような大胆に動くことは不可能になるし、見つかった時用の方法も見つけなければならない。
「えっと」
ユウナは数分考えて、行動に移す。
まず、足で地面を踏み、トラップを仕掛ける。
これは囮用だ。
ここに足を踏みしめたときだけではなく、いつでも爆発させられるようにする。こうすることで、かく乱させることが出来る。
そしてそれらを作りながら隠れながら進む。
見つからないようにじりじりと、今までよりも細心の注意を図りながら。
すると、ウェルツの檻を発見した。看守であるミノタウロスに暴行されている。
(ゆるせない)
ユウナは早速檻に向かって最大火力の炎をぶっ放そうとした。
だが、すぐに冷静に戻る。
今ここで騒ぎを起こしたら見つかる可能性が上がる。
そしたらウェルツさんでは悪いけれど実力不足だ。
あまり好ましい作戦とは言えない。
仕方ない。
先にミア救出に動く。
(ウェルツさんごめん)
ユウナは心の中でそう謝り、ミアを探しに行く。
そして探すこと二〇分。ミコトの場所も見つける。ミコトも助けたいところだが、今はミアの方が先だ。
そして、すぐにミアを見つけ出した。
「よし!」
ユウナは設置しておいた魔法を全部爆発させ、その隙に魔法でミノタウロスを全力の炎で滅却する。
そしてミアを開放する。
「ありがとうなのです」
「感謝は後、今はウェルツさんとミコトを助けないと!」
そして二人は走り、ミコトとウェルツを開放する。
だが、そこに現れたのはメリダだ。
「よくもやってくれたわねえ。許さないわあ」
そしてメリダはたくさんの魔法を放ってくる。雷、炎、氷など沢山。
「幸いここはあの場所と違い、野原じゃない。だから、囲まれるリスクは少ない」
「だけど、問題なのはあの女なのです」
「うん。だって怖いし、魔力も相当ある」
「じゃあ、メリダ用心なのです」
そしてユウナはミコトの檻の場所を伝え、二手に分かれて逃げる。
ユウナの方に来た攻撃を炎で相殺しながら逃げる。
「ウェルツさん!!」
ユウナはウェルツの檻へとたどり着いた。




