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完成体少女  作者: 有原優
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第一話 実験

 私は四歳の時にさらわれた時から、ずっと理由もわからないまま手足を拘束されている。腕を私の頭の上にある、枷につながれており、Y字型の拘束だ。


 腕が痛くてたまらない。何年ここにいるのかもわからない。ただただ一つ、わかる事は今日も明日もずっとこの地獄が続いていくということだけだ。

 私はもう残酷なことに、この生活に慣れてしまっている。もちろんこの生活が楽しいというわけではない、むしろ早く脱したい。


 しかし、私はもう半分ぐらいこの生活から、この牢獄から、抜け出すことを諦めてしまっているのだ。


「こい、実験の時間だ」


 何回目だろう、この言葉を言われるのは。

 その言葉を告げられ、今日も椅子に載せられて連行される。当然その椅子には大量の拘束具が付いており、椅子で運ばれるからその間は自由、なんてことがあるはずが無い。ここの看守や構成員たちはそんなには優しくはないのだ。


 当然ながらその時間も拘束が外れることはない。徹底して拘束が外れないようにされている。


 今日も痛く苦しい時間が始まる。何分間も、いや何時間も続くのだ。


 毎日毎日この時間が嫌になる。いやこの時間だけではない。毎


 日起きるのも、毎日まずい料理を食べさせられるのも、毎日乱暴に扱われるのも、すべてが嫌になる。


 私にはこの地獄がいつ終わるのかすら分からない。


「ついたぞ寝ろ」

「い、いや」


 寝たら苦痛を与えられる。実験をされる、絶対に寝るわけにはいかない。無駄だと知りながらも必死の抵抗を試みる。

 痛いのは嫌だ。


「ねろ! どんなにわめいても、抵抗しても無駄だ」


 ベッドに強引に寝かされる。流石に拘束されている状態で大人の力に勝てるわけがない。力も状況も違うのだ。


「お前はもう少し丁寧な言い方できんのか」

「へいへいすんませんでした」


 若い方の男が謝る。新入りなのだろうか、あまり彼の顔を見たことがない。


「さあ流し込むぞ。痛いだろうが我慢してくれ」


 緑色の液体が流れ込む、何の液体かは知らないが、とにかく私を真の完成体覚醒させるのに必要なものらしい。

 なぜ私が覚醒しなければならないのかも、なぜこんな液体を流されているのか全く分からない。いや、正確にはわかっている。


 未曽有の危機に対抗することらしい。ただ、私がなぜそんなもののためにこんなにも苦しまなければならないのか……それが全く理解できない。使命など他の者にやらせればいい。私がする必要なんてない。


「痛! 痛い痛い、気持ち悪い」


 痛みが本格化する。吐き気がする。体が重い、チクチクとする痛みがある。だがまだ本気の痛みではない。


 私の経験上まだまだ痛くなることが確定している。私は痛みに耐えられずにとにかく暴れまくる。ベッドに括り付けられている枷がガチャガチャと音を鳴らしている。この地獄から脱出したい。

 ただ、枷は残酷なことに、私の動きを制限したままだ。


「暴れるな、暴れても無駄だ」


 細い方の男性が私の頭をベットに押し付ける。この痛みでは暴れるなという方が無理である……と思う。


「だからお前は、まったく」


 看守さんが若い方の男性をいなす。看守さんはこの地獄の中の光だ。このろくでなしの人たちの中で唯一私のことを多少なりとも思っている人だ。

 それに比べて、他の人は私のことなんて考えてない、私を道具として考えているのだ。


「気を遣えってことですよね」

「まあそうなるな」


 何かを話しているのは分かるが、その会話の声も内容もうまく聞き取れない、意識が朦朧とする。


「もう一本行こうか」


 地獄の痛みが加速する。


 痛くて何も考えられない。

 痛すぎる。だんだんと痛くなっていく。


「おいこれを六時間もやるのか、この子死んじゃうんじゃねえか」


 今気のせいか六時間という言葉が聞こえた、本当だったらつらい。六時間はいつもより長い。耐えられる気がしない。


「お前は慣れてないかもしれんが、この子は真の完成体になる可能性がある、ここで手を抜くわけにはいかん、この子を真の完成体にすることこそが俺らの使命だからな」

「そうでしたね、ただ安心してください。俺の良心が痛むわけないじゃないですか、先輩の方が心配ですよ」

「そうか、そう言えばお前はそこら辺は大丈夫だったな」

「俺はもう良心なんてここに入った時に捨ててますから。先輩も早く割り切ってくださいね」

「まあこの子は一番真の完成体に近いからな、さて次はこれを流し込むぞ」


「もう……もうやめて」


 私にはそうつぶやくしかなかった。涙が流れてくる。

 しかしそれを拭うための腕がない。涙を感じる暇がない。

 体が常に痛みに襲われているのだ。


「残念だがまだまだ始まったところなんだ。今日はこの試験液を全部使わなきゃだめだからな、まだまだ終わらないぞ」

「いや、嫌だ」

「気持ちはわかる、だが、やらなきゃならないんだ、我慢してくれ」


 そこには何十個もの液体があった。今でさえしんどく、死んだほうがましだと思う激痛と戦っているのだが、それがまだまだ続く。それがもうしんどい。


「頑張れ」

「うぅ」

「まだまだ行くぞ」

「ヤダ、もうやだ」


 私は泣きながら訴える。もうすでに痛すぎてたまらないのだ。いや、痛みだけではない。苦しさ、気持ち悪さ、暑さ全てが私には耐えられるものではない。この世のすべての痛みがここに集約されていると思える。それくらい痛い。


 そんな中とある景色が流れてきた。動く乗り物……車が走っている、みんなが建物の中に入っていく。人が人をトイレにつけている映像。


 人が開閉式の板……パソコンのキーボードを叩いている映像。みんなが同じ本を読んで一人の男性の方を向いている映像。人が板……スマートフォンを触りながら歩いている映像。


 パンと言う食べ物を抱えた女の子が男の子にぶつかる映像。おじいさんが機械に囲まれた部屋で亡くなる映像。ドームの中で観客がわいている映像。子供が建物の中で生まれる映像など、様々な映像だ。私はこれが何の映像かわからない。ただ、一つ分かるのはこれがこの世界ではない、異世界だということだ。


 その映像が延々と、無限とも思われるくらいの長い時間、流れた。どうやら私にあの世界のことを記憶させようとしているようだ。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 そして映像が終わり、またあの激痛に襲われる。


「大丈夫か?」

「だい……わけ……ない」


 声がはっきりと出せない。


「そうか。でも頑張ってくれ」


 そしてまた別の薬が入れられていく。


「ぅぅうううううううう」


「先輩だって楽しんでるじゃないですか」

「どう見たらそう思うんだ、こっちだって人の泣き叫ぶ顔見たいわけないだろ・かわいそうだ」

「そうっすか」

「まあ俺もな悲しいことに少し慣れてしまっているところもあるんだ、だけどなそれでもつらいのはつらいよ」


 それに対し若い方の男はただ、私をじっと見ているだけだ。あくまでも憐みの感情などではない、ただの冷酷な目だ。


「まあ頑張っていこうか」

「はいぃ」


 泣きながらそう答える。もうこれ以上は頑張れない。




「すまん、我慢してくれ」


 そう言って看守さんはまた別の薬品を投与する。



「終わったぞ、これで終わりだ」

「ハアハア、やっと終わりですか、終わりですよね、そうですよね」


 私は確認の確認の確認をする。


「ああよく頑張ったな、えらいぞ」


 そして頭をなでられる。


 まだ痛みを感じているが、安心した。この地獄がようやく一旦は終わるのだ。体も少しずつ回復していき、痛みも若干和らいていく。


「さあ牢に帰るぞ」

「また牢獄か」


 私は呟く。


「いやか」

「うん、いやだ、手があげられて痛いし、それにこの実験後のベッドが唯一の休憩場所だから」

「前にもそう言っていたな、じゃあトイレ行ってくるからその間に寝とけよ」

「うん」


 なんやかんや言って看守さんは優しい。まあこんな仕打ちを受けている時点で優しいと判断してもいいのか分からないけど。


「まあ俺からしたらそのベッドは固いんだがな」

「看守さんはずっと牢で手を挙げられて縛られている気持ちわからないからそう言うんだよ。本当痛いんだよ。ここでもだいぶましなんだよ。せめてベットに寝かせてよ」

「何回も言うけど、無理だ、すまんな」

「いつもそればっかり、もういいよ」


 本当はわかってる、この人が何回も上にその提案をしていることを。でもこんな状況、愚痴らないとやっていけない。


「分かった、というか本当にトイレ漏れそうだ」

「演技とかじゃなくて、本当に漏れそうだったの?」


 トイレ行くふりをする優しい男ムーブだと思ってた。


「行ってらっしゃい」

「おう」


 いつもみんなのことがうらやましくなる。看守さんはほかの人よりも優しいが、助けてはくれないし、他のみんなは当然私の幸せを考えていない。それにみんな自由だ。


 でも、私は自由ではない。ずっと拘束されて、拷問のような実験をされて、辛くなる。時々何のために生まれたのかわからなくなる。


 私は実験の時に薬の影響で知識を得るのだ。この世界だけではなく、別の世界のことまで。ただ私はその中にいることはできない。それは当たり前だ、私の今の居場所はこの地獄しかないのだから。




 SIDE看守


「おーい、戻ったぞ、ん、泣いてるか」

「もう嫌だ、なんでなんで」


 その光景を見て、看守はただ見ていることしかできなかった。看守にも罪悪感はあるのだ、自分がこんな目に合わせているという。それに自分がどれだけ優しくしてても自分の罪は消えないという事実も噛み締めている。

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