8/? A級冒険者の驚き
『うおおおお! 死ねええええ! 俺の精神衛生上よろしくないから頼むから死んでくれええええ! 立ちはだかる虫は速やかに皆殺しじゃああああ!』
「なんだアイツ、バケモンかよ」
「新手の徘徊者だと言われた方が納得できますね」
謎の黒騎士との遭遇後。彼の後をコッソリ尾行していた聖騎士エメラリエと魔導騎士シルバリオは、雄叫びを上げながら暴虐の限りを尽くす頭のおかしな新人を遠巻きに眺め、深々とため息を吐いた。ちなみに徘徊者とはFOE、即ちデザーの塔内を徘徊している、場違いに強い魔物の事だ。時折何も知らない初心者が遭遇すると悲惨な目に遭うのだが、あろうことか彼は5階相当の強さを持つ2階の徘徊者を嬉々として刈り取ってしまった。敵の方が憐れである。
「どうすル? チャオ。闇討ちするなら今のうちネ!」
「バカを言うな、ラオラオ。我々が同業者を襲う理由がどこにある」
「でもアレは今のうちになんとかしないと絶対手が付けられなくなるヨ。先を越されるだけならまだいいけド、アレが真人間にはとてもじゃないけど見えないネ」
外見は愛くるしい幼女、実際にはパーティー最年長、の拳聖ラオラオが珍しくいつもの幼女スマイルではない真顔でチャオ・チェンに忠告する。そんなことは彼女に言われるまでもなくチャオ・チェンも理解していた。何故ならば、彼の実力は本物だったからだ。先程メガ盛りホイップスライムを瞬殺したかと思えば、次はトチ狂ったように奇声を上げながら2階を爆進している。本当は声を上げてないと巨大な昆虫型エネミーが嫌すぎて悲鳴を上げてしまうからしょうがなく叫んでいるのだが、そんなことを知らない周囲からすればただの奇人の奇行にしか見えまい。
「1階とはいえフロアボスを瞬殺ですか」
「あの調子じゃ2階のフロアボスも楽勝なんじゃねえか?」
ボス部屋には幾つかのルールがある。たとえばひとつのパーティーが中に入ったら、ボス戦が終わるまで他のパーティーは締め出される。塔の外壁を破壊することができないように、どう足掻いてもボス部屋の壁や扉を破壊することはできない。前のパーティーがボスに勝つか、負けて死ぬかのどちらかを達成しない限り、その扉が再び開かれることはないのだ。そして当たり前だが、ボス戦からは逃げられない。脱出アイテムである『助かっ茶』も、戦闘中には効果を発揮しない。
「ラオラオに同意するのは癪だが、俺も賛成だ。アイツ、野放しにしとくと絶対碌な結果にならねえと俺の野生の勘がうるせえんだよ」
「だが、A級冒険者が4人がかりでなんの落ち度もない低級のソロ冒険者を袋叩きにしたことが発覚してみろ。僕らの、黄金の夜明けに吹く風の名声は地に堕ちるぞ」
「誰にも知られなけりゃいいだけの話だろ? 毎年何人の冒険者がこの塔の中で死体で発見、或いは行方不明になってると思ってやがる」
魔物との戦いは常に命懸けだが、魔物以外にも敵はいる。誰もが夢や名声や賞金を求めてこの塔を登っている以上、それは仲間でなく競争相手なのだから。
「デストレソロの冒険者なんて聞いたこともないネ。まともな人間なら、仲間の死を前提としたジョブになんて就かなイ。そんなことしたら、爪弾きにされるもノ」
「だが、アイツの実力は本物だった。問題は『誰を犠牲にしたのか』だが」
「誰も犠牲にしていない。それは、他ならぬ私たち自身が証人だ。ボスの部屋には誰もいなかった。中にも外にも、死体はなかった。そうだろう?」
キッパリとチャオ・チェンが断言する。生け贄戦法。黒騎士が忌み嫌われる理由の最たるものだ。デストレーサーは『仲間が死ぬ度に強くなる』というのがこの世界での共通認識で、つまりは味方殺しの外道戦法で強大な力を一時的に得て敵を蹂躙する戦法が、かつて古の戦争で悪用されていた時期があった。
「殺した後燃やし尽くしちまったんじゃねえか?」
「そんな強力な魔法は僕にだって使えないよ。それに、彼は物理攻撃が主体の黒騎士だ。火の攻撃アイテムを使ったところで、骨ぐらいは残る」
デストレーサーの中には奴隷を5人買い、戦闘前に5人全員を虐殺してからその圧倒的な力で格上の魔物を殺す、といった人道に反する手段で名を挙げた者もおり、国によっては黒騎士への転職を禁止している国もあるほどだ。なるほど嫌われるわけである。だが、彼は誰も殺していない。そもそも、殺す仲間がいない。であるならば、あの驚異的な強さは一体なんなのだ、と警戒して当然だろう。
「警戒度を引き上げる必要があるな。悪い予感が当たらねばいいが」
厄介な競争相手になる、程度で済めば御の字だろう。アレが更に強くなった時、その力の矛先がどこに向かうかは予想もできない。杞憂であればそれでよい。だがもし杞憂で済まなかったならば……その先の未来は、あまり想像したくなかった。