34/? 秘密の花園へようこそ
「さあ行こうぜ! チャオたちのためにも! 俺たちでこの塔の最上階に眠る秘密を解き明かすんだ!」
「……うん、そうだね」
身勝手な理由で裏切ってしまった仲間たちからの思わぬ赦しと励ましにメンタルリセットして完全に立ち直った様子のエメラリエは、いそいそと体に巻き付けた爆薬を全て外し、虎王がくれた装備に着替える。金属製の鎧に比べ頼りなくも見える服だが、魔法の繊維で織られた服は下手な店売りの鎧などより防御力も魔法防御力も遥かに高い。
俺? 俺は別に落ち込んでねーし! 確かに誰にも握手してもらえなかったけど!? アレはその場の流れで空気を読んで一応は念のために手を差し出してやっただけだから! ガン無視されたって別に平気だし! 泣いてねーし! 元々俺は最初からソロでぼっちクリアする予定の一匹狼だったんだからね! 勘違いしないでよね!
「これは……美しいな」
「……うん、そうだね」
「おーい、シ様?」
「……うん、そうだね」
9階は美しい妖精やら蝶やらが飛び交い、ユニコーンやペガサスが闊歩する美しいお花畑エリアだ。空には虹もかかり、まるで夢みたいなファンシーさだがその夢は悪夢である。妖精は装備破壊攻撃やレベルドレインを、蝶は集団で現れ厄介なデバフ連打を、ユニコーンたちはとんでもない威力の物理攻撃を仕掛けてくる難敵揃いだ。
「なあ、ほんとに戦闘を手伝わなくていいのか?」
「うん。むしろここから先は1回も戦わないで、全部逃げるよ。時間の無駄だから」
「そうか。アンタがそれでいいなら、俺はいいけどよ」
大柄で力持ちの荷物持ちが同行してくれるお陰で、俺は以前までは独りじゃ持ちきれなかった多くの装備やアイテムを持ち運ぶことができるようになった。その分攻略の幅も広がり、安定性が増す。なるべく戦闘は避け、もし戦闘が始まってしまったら、使うと安全に逃走できるアイテム『逃げルイボス茶』を飲んでガン逃げだ。荷物持ちがいてくれるお陰でドッサリ買い込んだお茶の瓶を自分独りで引きずっていくハメにならずに済んだのは素直にありがたい。
「なあ、ひとつ訊いていいか?」
「何を?」
「アンタ、一体何者なんだ?」
「ただのどこにでもいるごく普通の、平凡で冴えない一般的な冒険者だけど」
「いや、さすがにそれは無理があるだろ。普通の冒険者はまずデストレーサーになんかならんし、デザーの塔を1か月もかからず踏破したりはできねーよ」
「また職業差別ですか」
「そうやって話を逸らして誤魔化そうとするってことは、やっぱなんかあんだろ。誰ともパーティーを組んでもらえなかったのは、デストレ以前にアンタが誰も寄せ付けようとしなかったからだ。違うか?」
「仮にそうだったとして、それが何」
「アンタには躊躇いや怯えがねえ。未知への恐怖心が感じられねえんだ。まるで勝手知ったる庭を歩くみてえに、9階まで来た。幾らなんでも、おかしいだろ」
剣を杖代わりに足元を確認しながら、俺は罠を避け、落とし穴を避け、警報器を避け、順調に迷宮ダンジョンを探索していく。もう塔から出ることはできない。今頃は国王軍や冒険者が大挙して9階を目指して押し寄せてきていることだろう。国王軍が何階までのボスメダルを持っているかは知らないが、少なくとも7階の意地悪ボスと8階のデバフ満載の初見殺しボスを突破するのには少なからず手こずるだろうと思いたい。
「ほらな、今だって宝箱からガスが出てくるのがあらかじめ解ってたみたいに避けやがった」
「随分とお喋りになったね、エ。君は俺と対等にでもなったつもりなのかな? 家来の分際で?」
「踏み込みすぎたのは認める。気に障ったのなら謝る。だけどよ、俺はどうしてもアンタにこれだけは訊かなきゃならねえんだ。絶対に、なんとしてでも」
「それ、どうしても今訊かないとダメ?」
「ああ」
「何がそんなに気になるの?」
「ひょっとしてアンタは……既に10階まで行ったことがあるんじゃないのか? だからこんなにも詳しいんじゃないのか?」
縋るような、怯えるような声だった。震える喉から必死に絞り出した、そうであってほしくないという声。ああ、彼もバカじゃないんだ。これまでのお喋りは、自分を奮い立たせるため。そうでなければ押し潰されてしまいそうだから。俺に否定してほしいと願ってる。そんなわけないだろと。違うと言ってほしがってる。
「……ないない。そんなこと、あるわけないじゃん。もしそうなら、ボスメダル使って一気に10階まで飛ぶよ」
「……そうか。そうだよな。ああ、その通りだ。変なこと訊いちまって、悪かった。どうかしてたぜ、俺」
嘘は言ってないもん。実際にこうやって生身の体で塔を登るのは初めてだもん。いつもは画面越しに眺めていただけのドット絵のキャラクター、ダンジョン、魔物。死んだらそこで終わりの、たったひとつしかない命を懸けた本当の大冒険。確かに俺は何度も何度も10階まで行ったことがある。だけどそれは、前世での話だ。今の俺は、こうして生身の体で、自分の足でデザーの塔を登っていく俺は、10階の景色をこの目で見たことが、まだないのだから。だからこそ。だからこそ俺は、この折角のリアルRTAを最後まで完走したい。でなけりゃ、成仏できん。




