2/? 就活の痛みに比べれば
「痛い!? だが、就活の痛みに比べればこの程度!」
この世界はフリーゲームの世界観を下敷きにした異世界であって、慣れ親しんだゲームそのものではない。だから塔に現れる魔物も生き物で、それを殺すというのは良心が痛むし魔物に攻撃されれば当然痛い。もしまだゲーム感覚のままノコノコ突入していたら、画面越しではなくリアルに迫る『死』の痛みと恐怖で動けなくなっていたかもしれない。
だが俺は覚悟を決めたRTA走者だ。己の命を懸けてでも、この塔を登ると決意した。塔の攻略を諦め、この世界で楽しい二度目の人生を、就活とは無縁の冒険者的スローライフを送る道もあっただろうが、それでは転生した甲斐がない。
一度は死んだ身で、今の状態は言わば前世の延長戦。ゲームの神様から特別なボーナスステージを与えてもらったのなら、最大限それを活かすために全力で命を燃やすのが、できるRTA走者の使命というものだ!(個人の感想です)
「うおおおおお! くらえ! 面接官にもこうしてやりたかった斬り! 面接官にもこうしてやれたらどれだけ爽快だったろう突き! お祈りメール寄越した会社のエントランスでこんな風に暴れてやりたかった連続斬り!」
リアルRTAを始めるにあたって、最初にやるべきこと。それはレベル上げだ。正確に言えば『レベルという概念が存在するのか否か』の確認作業である。
「どうだろ。ゲーム通りならこれでレベル2になった筈だけど」
ゲームのような軽快なファンファーレもない。頭上に文字が浮かんだりもしない。ステータス画面も呼び出せず、これではレベルが上がったかどうかを確認する術がないように思える。
だが、試す方法は実はある。俺はデザー塔のザコモンスターの代表格であるホイップスライムを初期装備の剣で攻撃してみた。ダメージ表記がないためどれだけダメージを与えたかを視認することはできないが、レベル2になると攻撃力が上がり、今まで2回攻撃しなければ倒せなかったホイップスライムを一撃で倒せるようになるのだ。お願い神様。天に祈る。
「……!」
初期装備の剣で斬り付けられたホイップスライムは、見事に一撃で死んでくれた。真っ二つに切り裂かれたホイップスライムが光の粒子となって消滅し、チャリーンとコインが落ちる。
それにしても、魔物を倒すとちゃんとゲーム内通貨であるコインが落ちるのね。いや逆か。魔物が死んだ際に残る核が、この世界の一般的な通貨として取引されるようになったのか? いや、今大事なのは金よりも経験値だ!
「よし! やった! やった! やったった!」
俺は大喜びしながら小躍りする。どうやらこの世界、ちゃんと魔物を倒した分だけ俺の強さが増していくようだ。即ち、レベルという概念がきちんと存在しているも同然!
クリティカルが発生しただけの可能性も考えその後も何匹かホイップスライムを倒してみたが、どうやらきちんと俺の攻撃力は上がっているようだった。よかった! 本当によかった!
これで何匹何十匹魔物を倒してもちっとも強くなれませんだったら、更にレベル1縛りを追加しなければならないところだった。セーブ禁止でレベル1縛りはさすがに苦行すぎる。
「いける! いやまだ油断は禁物だ! 更なる調査を続行する!」
街の住民たちと会話して判ったのだが、どうやらこの世界の住人はレベルやステータスという概念を数値として認識していないらしい。俺も色んな手を尽くしてみたが、ステータス画面やメニュー画面を呼び出すことはできなかった。
だが今身をもって証明したように、魔物狩りによる経験値獲得とレベルの上昇はきちんと存在しているようで、その後も魔物を予定していた数倒していく度に、敵から攻撃を受けた際の痛みなどが確かに減っていくのを確認できた。ホイップスライムよりも強いメレンゲスライムも、最初は倒すのに通常攻撃が3回も必要だったのに、2回、1回と必要回数が減っていく。
RTAを走る上で最も大事なもの、それはチャート作りだ。そのチャートを組む上で必要となる前提条件、即ち正確なデータがなければチャートの組みようもなく、チャートなしで闇雲に走り出すのはただの通常プレイである。とにもかくにも情報が必要だ。そのためにもまずは、この世界と原作ゲームの間にどのような違いがあるのかを確認しなければならない。
「うおおおおお!」
魔物を狩ればコインが落ちる。コインがあれば宿屋に泊まることができる。しばらく街と塔を行き来しながら頑張って入念な調査を行った結果、以下のことが判明した
1 この世界にはセーブもロードもない
2 ステータス画面も無限アイテム収納も存在しない
3 死んだ人間は蘇らない。
4 それ以外は概ねゲームに準拠
ざっと並べてみたがこんな感じだ。前に原作ゲームを元にしたアニメ版や漫画版のような世界観、と表現したが、概ねその通りだったな。絵面は完全に実写映画だけど。
裏を返せばそれ以外のものは原作ゲームに準拠した形で存在している。攻撃魔法とか、スキルとか、一瞬で傷(HP)を回復してくれるアイテムとか、魔力(MP)を回復してくれるアイテムとかね。であればやってやれないことはない筈!
俺は前世の記憶を頼りに、まずは転職システムが解禁されるレベル5になるまで1階に出現する魔物を狩ってレベル上げを行った。何を何体倒せばレベル5になる、みたいな計算は即興だろうがお手の物だ。その無駄な能力をもっと有効に活かすことができればよかったのにね、は走者にとっては禁句だから。
「俺はやる! やるぞ! やってやるぞおおおお!」
街の道具屋で購入した回復アイテムを使いながら、慎重かつ大胆に魔物を狩り続ける。薬を飲めば傷口が一瞬で塞がるのはさすがファンタジー世界。死んだらそこで終わりだという恐怖と、自分が強くなっていくのが実感できる高揚感がせめぎ合い、テンションがおかしなことになる。。油断はせず、だけど楽しみつつ。ごめんな魔物。俺のための経験値になってくれ。
「うおおおお! うおおおおおお! うおおおお!」
「なんだアイツ」
「ねえ、あの人」
「シー、見ちゃダメ」
独りぼっちでレベリングに勤しむ俺を、時折遭遇する他の冒険者たちが嘲るような、憐れむような、心配するような目で見てくるが、それは前世の頃から慣れっこなので別になんとも思わない。独り外食、独り映画、独り受講のプロを舐めるな!
むしろ頑張れば頑張った分だだけきちんと報われるだけ、日本よりよっぽどいい世界だここは。ぼっちにだって、レベルが上がりやすいという明確なメリットがある。そうだ、俺はレベルを上げやすくするためにあえて孤独、いや孤高を選んだのだ。RTAはより多く、より無駄を削ぎ落とした者が勝つ! 寂しくなんてないもん!