26/? 歴史の転換点
「なんでだよ! なんで! なんでだよお!?」
勝負は呆気なく決まった。あっちはレベル60ちょいで、仲間との連携が大事なタンク職の聖騎士。こっちはソロ攻略に極限まで特化した、バグ技込みでレベル100相当の全ステータスカンスト状態の邪黒騎士(デストレーサーII)。1対1の戦いなら、負ける道理はない。ただの一撃で全身を6回も斬られたエメラリエは、ボロ雑巾のように地べたを転がり、大の字になって皮肉なほど綺麗な青空を見上げる。悪いね、こちとら準備は万端なんだ。レベリングも装備の調達も全部終わって、後は一気に駆け抜けるだけ。
「なあ、頼むよ。俺の夢だったんだ。俺の夢を壊さないでくれよ、お願いだからさあ。なんでもするから、お願いします、お願いします、お願いします、この通りですから、お願いします! お願いしますショウト様! お願いします! どうか! どうか!」
大の大人がマジ泣きだった。全身砕けてボロボロにひしゃげた鎧が砕け散り、ところどころ緑の鱗や血の滲んだ傷痕が露出した大柄なリザードマンが、這い蹲って土下座をする。俺の足にしがみついて、みっともなく大号泣だ。俺の攻撃に耐えられず、砕け散った聖剣の破片が周囲に散らばる。彼の持つ、何もかもが砕け散った。俺という堅固な岩礁に勢いよくぶつかった高波が、弾けとんだみたいに。
「夢を壊されるぐらいなら。アンタの仲間になれないんなら。何もかもが今日で終わりだって言うのなら。そんなの、死んだ方がマシだ!」
彼は虚ろな眼差しで、俺が握っている魔剣を両手で握り締めた。手の平に刃が食い込んで血が滲み、だがそんな痛みなんで屁でもない、と言わんばかりに、刃に己の首を押し当てる。そのまま彼が体を倒せば、彼の首はサクっと落ちるだろう。彼は俺の剣を使って自殺するつもりなのだ。傍迷惑な。
「その気持ち、解らなくはないけどさ」
俺もRTA走者だ。あんな事故でアッサリ死ぬハメになってなお、死の間際までRTAのことを考えていた。もっと走りたかった。もっとタイムを縮めたかった。もっと楽しみたかった。世界一に、なりたかった。
「だったらどうして! どうしてだよ!」
「うーん、ちょっと待ってね。今考えてるから」
この場で彼を殺すことは容易い。が、そうした場合、彼の仲間である黄金の夜明けに吹く風の3人がどういう反応に出るか分からないのが悩みどころだ。1人減らして3人にしといた方が彼女らと戦う上で有利なのは確かだが、厄介なことに冒険者には絆がある。原作ゲームにおけるシステマチックな要素ではなく、感情論で。シルバリオとラオラオはともかく、チャオ・チェンは仲間想いのまっすぐな女性だ。そんな彼女が、何年も一緒にやってきた、これからも一緒にやっていくつもりだった大切な仲間を殺されて、報復に走らずにいられるだろうか。仲間を殺された怒りと悲しみでパワーアップ、なんてのは、よくある王道展開だ。
しつこいようだがこの世界はゲームそのものじゃない。原作でエメラリエがチャオ・チェンを裏切るイベントなんかなかった。まして彼が自殺しようとするなんて。仮に今この場で彼がこのまま己の首を落としたとして。俺の剣が彼の首を斬り落とした事実が変わらなくなる。まさかエメラリエだって『アイツに寝返ることにしたんでお前らとはオサラバすることにしたわ! あばよ!』なんて宣言して飛び出すほどバカじゃないだろう。間違いなく、俺は『エメラリエの仇』になる。名実ともに、彼女らとは決定的な敵対関係になるわけだが。
「そもそも、君の仲間は今どこで何してるワケ?」
「……アイツらなら5階だ。アンタの真似をして、金と銀のイチゴヘビを探し出して狩ってる」
「なんで??」
「この期に及んで、アンタがなんの意味もないことをするとは思えん。理由は分からんが、必ずなんらかの意図があってそうしてるんだろう、とシルバリオは結論付けた。であれば、その意図を掴むために俺らもアンタと同じことをしてみよう、となるのは当然だ」
「ふ、ふーん! いい着眼点だね!」
それは……まずいのでは? 俺が注目を浴びてることは知っていたが、まさか7階の攻略を後回しにしてでも俺の研究を始めるとは思わなんだ。もし、もし仮に彼女ら3人が銀のイチゴヘビ狩りの効果でレベルを上げまくったら。自分たちが短期間で集中的に、以前よりももっと強くなった事実に気付いたら。あちらはお誂え向きに、一撃の瞬間火力に特化したサムライと、素早さも攻撃力も高いクリティカルアタッカーな拳聖がいる。蛇狩りの効率は、俺の2倍。おまけに頭脳担当のシルバリオもいる。
もし仮に。彼女らが銀のイチゴヘビ狩りのうまみに気付いて、全員レベル100になったと仮定しよう。その場合、俺はレベル100のサムライと、モンクと、多彩な属性魔法を自由自在に使いこなすマジカルナイトと、ついでにタゲ取り庇うをしながら味方を回復するパラディンの4人組を相手に、たった独りで立ち向かわねばならなくなるわけで。単純な攻略レースでも、潰し合いでも、致命的に勝ち目がない! これはまずいぞ。たとえライバルキャラであったとしても、この世界じゃ俺が来るまで未来永劫イベント発生地点で待っててくれはしないのだから。
(ヤダヤダ! 走者ですらないNPCに先を越されるだなんて! そんなの絶対ヤダー! 俺は絶対、ずえーったい! 負けたくない! そうでなきゃ、一体なんのためにこの世界に転生したのか分からないじゃないかあ!)
数の暴力。古典的だが最もシンプルに有効な手段だ。人間は己よりも遥かに強い相手に、集団で協力することで立ち向かってきた。そもそも俺が勇者ソロ縛りなんて苦行を余儀なくされたのは、序盤の仲間が言うことをきかずに逃げたからだ。仲間アリと仲間ナシだったら、そりゃ『最終的には』いてもらった方がいいに決まってる。
でもなあ、今デストレバグを解除しちゃったら俺、戦力的に不安すぎるのよね。レベル100相当のデストレII単騎から、レベル44のデストレIIとレベル60ぐらいのパラディン2名のパーティーじゃ、強さは大違い……うん? パーティー? ああそうか、コイツと『パーティーを組まなきゃいい』のか! 俺って天才かも!
「いいよ。君を俺の……家来にしてあげる」
まさにエポックメイキング。天才の発想。コロンブスの卵。今ここに! 本走での突然の大胆なチャート変更を宣言する! いざ、オリチャー発動!
「本当か!? う、嘘じゃないよな!?」
「そんな悪趣味な嘘吐かないよ。そもそも俺だって、嫌われ者のデストレ野郎ってみんなからイジメられて仲間ハズレにされてたからしょうがなく独りでここまで来ただけなんだもの。君が家来になってくれるのなら、正直助かる。あ、でもパーティーは組まないからね! 対等な仲間になるんじゃなくて、あくまで雑用係として一緒に行くだけ! 10階まで一緒に行くだけだから!」
デザー塔にはNPC同行イベというものが存在する。行動は共にするが、戦闘には参加しない奴だ。中にはイベント中に限りNPCとして同行する仲間キャラもいて、たとえばある盗賊キャラは正式に仲間に加わるまではNPC扱いでパーティーの1番後ろにくっ付いてくるのだが、ソイツは正式なパーティメンバーにはカウントしない。
その理屈を応用すれば、デストレ単騎を維持しながらエメラリエを俺の手足としてコキ使うことができるようになるかもしれない。そうすれば黄金の夜明けに吹く風の戦力も減らせて一石二鳥だ。幸いエメラリエはこちらの胸中など知る由もないためかなり下手に出ている。何食わぬ顔で1回試してみて、もしダメだったらその時は彼を切り捨てればそれで済むだろう。少なくとも今この場で死なれたり、何食わぬ顔で元のパーティーに戻られてレベル上げに参加されるよりは遥かに状況的にはマシだろうから、しばらく『騙して悪いが』させてもらうとしよう。
「あ……ありがとう! 本当に、ありがどうございまずッ! 俺、なんでもします! ショウト様のために、なんでもしますからッ!」
「うんうん、一緒に世界最速記録を目指そうね! さあ、俺と君は協力はするけど『仲間じゃない。同じパーティーじゃない。』 リピートアフタミー!」
「お、俺とアンタは仲間じゃない! 同じパーティーじゃない!」
「もっと真剣に! もっと心から! もっと迫真の感情を込めて!」
「アンタが上で、俺は下! 俺は今日からアンタの家来だ! プライドも魂も捨てて、アンタの道具になる! 同じパーティーの仲間じゃなくて、所有物に! これでいいか!」
「よし! それじゃあ、これからヨロシク!」
回復アイテムで彼の傷を癒やしてあげながら、俺はニコやかな笑顔の裏で冷や汗を掻く。これたぶん、黄金の夜明けに吹く風に先越されたら発狂したコイツに後ろから刺される奴だな? 裏切って捨てた元仲間が結局自分たちを追い抜かして見事1位になりましたとか、それこそ死んでも死にきれないレベルで後悔してもしきれない奴じゃん。でもまあ、その時はRTA走者でありながらNPCにタイムで負けたショックで俺もショック死してると思うから、その時はその時だ。




