閑話 (色)眼鏡越しの世界
「ん? アンタは」
「ああ、どうも」
シフト勤務を終えた冒険者ギルドの女職員、イリノイは少し早めだが夕食を摂ろうと足を運んだ大衆酒場で、黒騎士ショウトに出くわした。相変わらず嫌われ者の彼は、まさか声をかけられるとは思わなかったのか驚いた表情になったが、すぐにいつもの胡散臭い笑みを浮かべる。
「お仕事帰りですか? お疲れ様です」
「おう」
いつもの鎧姿ではなく、ラフな服装だがその腰に提げられた黒剣が放つ闇のオーラはどうしたって隠しきれない。周囲の客らも面白くなさそうな顔をしてはいるものの、わざわざ絡んできたりはしない、いや、できないと言った方が正確か。
「俺に何か御用ですか?」
「いや、珍しいところで会ったな、と思っただけだ」
「ああ、そういう。ええ、ここの大将は虎王派ですから、俺でも門前払い食らわされずに済むんですよ」
「そうだったのかい。あんまその手のいざこざに興味なかったから知らなかったけど」
「ただご飯食べるだけなら経営元なんて気にしませんもんね」
何がそんなに嬉しいのか、ニコニコしながら塩茹での豆やイモと豚肉を揚げて甘酢ダレをかけたものを肴にジョッキを傾ける。
「無視したり舌打ちしたりせずに声をかけてくれたのは嬉しいですけど、あんま俺と関わり合いにならない方がいいですよ?」
「ハ。今更その程度の噂を気にするほどウブじゃないよ」
イリノイとしては別段彼を庇うつもりはないが、だからといってこの街の住民や冒険者たちが彼に向ける異常な悪意、差別的な偏見などに同調したりはできないし、したくもない。
「ま、精々頑張んな。アンタみたいなタイプのバカは嫌いじゃないからさ」
「なんと! ありがとうございます!」
ヒラヒラと手を振って、イリノイはカウンター席に向かう。それはなんてことのない、ちょっとした遭遇。だけど、ショウトにとってはわりと嬉しかった出来事。




