10/? 砂漠の闇に潜む虎王
「ボス! 例のデストレ野郎がボスに会わせろと!」
「ククク! 早速のお出ましか! 昨日の今日で、いい度胸してるじゃねえか!」
デザトリオンの闇市は現在、『虎王』と呼ばれる白虎獣人の男と『龍王』と呼ばれる人間の美女が勢力を二分している。即ち虎王ファミリーと龍王ファミリーの抗争の真っ最中なのだ。そんな事情など知ったこっちゃないとばかりに、奴は現れた。
「あの、いきなり押しかけちゃってすみません。初めまして。虎王さんですよね? 闇市でお買い物する許可を頂きたいのですが。お願いします」
「あん?」
虎王の根城。デザトリオンのみならずデザトリア王国最大のカジノであるホワイトタイガースカジノ。そこにノコノコ現れた噂のデストレ野郎は、泣く子も黙る虎王を相手になんともまあ気の抜けた顔で、間の抜けた挨拶をした。
「闇市でお買い物がしたかったら虎王さんの許可が要るってお店で言われて、許可を頂きに来ました。あの、お金とかどれぐらい必要ですかね?」
「ククク! クハハハハ!」
大声を上げて笑う虎王に、キョトンした顔になる噂の男。国王軍も警戒する『味方殺し』が来やがった! と息巻いていた虎王の部下の獣人たちも、呆気に取られてしまったようだ。当人だけが、何が何だか分からないという顔をして立ち尽くしている。
「小僧。お前、騙されたのさ」
「へ?」
なんともまあ、随分と間の抜けた若造だ。20代前半、いや10代半ばだろう。殺気立っていた部下たちが困惑して顔を見合わせてしまうほどに、世間知らずのガキ丸出しでおのぼりさん全開だったのだから、警戒していた虎王も笑うよりない。
「別に、闇市で誰が何を買おうが俺らが睨む理由はねえよ。アンタ、騙されたんだろ」
「えええええ!? 酷くない!? 闇市でまで差別されるの!?」
「ま、この街で仲間殺しなんかやってりゃ当然さ」
「俺まだ誰も殺してないし、これから殺す予定もないんですけど!?」
「ほう? そりゃ実に興味深いね。俺だってバカじゃない。たったの1週間前にこの街にフラっと現れたC級冒険者が、たった独りで2階を突破できるわけがねえ。ってことは、お前には何か秘密があるってこった」
「誰にでもありますよ秘密のひとつやふたつぐらい! アナタ方にもあるでしょ!?」
デザーの塔攻略には虎王も一枚噛んでいる。いや、デザーの塔攻略を志した冒険者たちが集まってできたこの街で、あの塔に無関係な住民なんてひとりもいない。だからこそ、彼は悪目立ちしてしまったのだ。誰もが『C級冒険者がたった独りで2階のボスを倒したなんて信じられない。もし本当なら、どんな手を使ったんだ』と。
「ああ、そうだな。お前の言う通りだ、小僧。誰にでも秘密がある。そして、秘密ってのは往々にして高値で売れるもんだ。誰もがそれを知りたがってるなら、余計に」
虎王もまた、デストレ野郎の情報を探れと部下を走らせた。だがまさか当人の方が虎王のカジノに乗り込んで来るとは夢にも思わなかった。恐らく、虎王に反感を抱いている龍王派のシンパが嫌がらせ目的で送り込んできたのだろう。だとしたら、ソイツは相当のバカ野郎。何故なら、居所を掴む手間をわざわざ省いてくれたのだから。
「はあ、どうしよ。闇市でも買い物できないとなると、本格的に詰んでるじゃん! 俺はただ、デザーの塔を誰より早く攻略したいだけなのにい!」
「おい小僧。お前まさか、本気であの塔を独りで登りきれるとでも思ってんのか?」
「はい。そのために来ましたから」
本気で。本気で言っているようだった。まるで『卵の殻を上手に割れますか?』と訊かれた子供のように。この数十年間誰も攻略できなかったあの塔を、たった独りで登りきるつもりでいる。登りきれると確信している。自分を信じて疑いすらしない、狂気の塊だ。
「ククク! クハハハハハ! そのために来た、か! まるで天の御使いみてえな口ぶりじゃねえか! コイツは傑作だ! クハハハハ! クハハハハハハハ!」
コイツは根っからの狂人か。それとも本物か。或いはただの夢見るバカか。ああ、そのそれでもいい。どれだっていい。何故なら虎王は。久しぶりに腹と頬の肉が攣って痛くなってしまいそうなほど、心の底から大笑いさせられたのだから。