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0/? あるRTA走者の死

 『デザーの塔は甘くない。』、略して『デザー塔』と呼ばれる名作フリーゲームがある。いわゆるローグライク系のダンジョン攻略RPGで、入る度にマップや敵の出現パターンがランダムに変化する砂漠の塔を探索しながら10階まで登って、最上階にいる魔王を倒せばクリアとなる。


 たったの10階? と思うかもしれないが、ネットに転がってるフリーゲームだからしょうがない。誰かが趣味で作って無料で配布した作品に、ボリューム面でケチをつけるのは野暮ってもんだ。俺は3Dよりドット絵が好きなので、令和の時代に完全ドット絵の新作ゲームが遊べるだけ感謝せねば。


 それに。全42種類のマップチップの中から毎回ランダムな組み合わせで生成されるマップとその階層特有のギミック、一筋縄ではいかない厄介なフロアボスが各階層のラストに配置されていたり、魅力的な仲間キャラクターが登場して豊富な会話を楽しめたりするのに加え、一度ゲームをクリアした後には地下10階の裏ダンジョンも出現するため、それなりに長く遊ぶことができる。


 俺はそんなデザー塔の10階攻略RTA、別名『表エンド到達RTA』の世界3位の記録保持者だ。自己ベストは1時間9分45秒。ちなみに世界記録でも未だ1時間切りはなされていない。俺は夢の1時間切りを目指して、日々RTAに勤しんでいる。


 貴重な大学生活をRTAに費やしていいのだろうか、と疑問に思う時もあるが、どうせ友達もいないぼっち大生なら打ち込める趣味があるだけ少なからずマシだろう。大学生活で一番打ち込んだものはなんですか? はい、RTAです。うん、どっちにしろ灰色の大学生活。のめり込める楽しみがあるのはいいことだ。


 そんな俺は今朝唐突に死んでしまった。土曜なのをいいことに徹夜でRTAをして、明け方4時頃近所のコンビニまで朝飯を買いに出かけたところ、寝不足でフラフラしていたせいで歩道橋の階段から足を踏み外してしまい、かなりの距離を盛大に転げ落ちてしまったのだ。ガツン! ゴチン! と何度も頭を打って、急速に意識が遠退いていく。あ、死んだ、と確信した。


「もっと……タイムを……縮めたかった……できれば夢の1時間切り……ガフッ!」


 そのまま意識を失い、次に目が覚めた時。俺は病院ではなく、砂漠の街の入り口に立っていた。そう、デザー塔の主人公、勇者ショウト(デフォルトネーム。変更可)に転生していたのだ。まんまゲームのオープニングと同じ状況に。夢かと思いしばらくその場に呆然と佇んでいたが、どうやら夢じゃなかったらしく、一向に目が覚める気配はない。


「おい兄ちゃん! ボサっと突っ立てられると邪魔だよ!」


「あ、すみません」


 神様ありがとう! これはきっとRTAの神様が、俺に夢の1時間切りを達成せよと最後に与えてくれたチャンスに違いない。よーし頑張るぞ! と意気揚々と砂漠の街デザトリオンに足を踏み入れた俺は、仲間集めの段階で盛大に躓いた。


「は? 売って金策にあてたいから着てる装備を全部脱げ? 今ここで? 嫌よ変態じゃないの!?」


「誰かひとりでも目的地に辿り着けば他は全員死んでも構わない死の強行軍!? 最低ですね!」


「悪いけど、あなたのような非常識極まりない人とはこの先やっていけません! 永遠にサヨナラ!」


「なんと!?」


 軽蔑した顔の美少女たちに睨まれ、罵倒され、ビンタされ。折角街中で声を駆け回って集めた仲間キャラ3人が、憤慨しながら去っていく。何故だ! 俺はただ普段愛用しているチャート通りに序盤の最適行動を取っただけなのに!


 どうやらこの世界では、主人公(プレイヤー)指示(そうさ)は絶対じゃないらしい。なんだか猛烈に嫌な予感がしてきたのでもしやと思い、ロスを承知で死んだ仲間を蘇らせるための施設、大聖堂に向かい『あの、すみません。死んだ仲間を生き返らせるにはどうしたらいいですか?』と尋ねたところ、『死んだ人間が生き返ることはありません』とバッサリ言われてしまった。


 道具屋で売っている、死んだ仲間を生き返らせるためのアイテムもただの気絶した人間を叩き起こすための気つけ薬みたいな扱いで、死者蘇生の魔法も同様らしい。つまりこの世界はゲームそのものではなく、ゲームを下敷きにしたアニメ、或いはコミカライズ漫画のような世界観なのだと思う。古のメディアミックスなどでよくある奴だ。『仲間が死んだ? なんで死者蘇生のアイテム使わんの?』とファンから突っ込まれる類いの。


 それは困る。非常に困る。死んだ人間は生き返らないし仲間もプレイヤーの言いなりになる操り人形じゃない、自我を持ったひとりの人間。怒らせれば仲間から外れるし、この調子じゃセーブ&ロード機能もないだろう。そんなんじゃRTAにならない。


 RPGにおけるRTAの基本は極力死なないことがまず第一だがそれでもタイムを短縮するために低レベルで進行するため、ボス戦などで事故って死ぬことはままあり得る。ある程度の回数迄なら死んでもいいから突破できるまでやり直すことが前提で、もしダメそうなら諦めてまた最初からやり直すのが普通なのに、肝心のリセット機能がないんじゃどうしようもなくない?


 本当にないのか確認するために、試しに1回死んで死に戻りが発動するかどうか試してみるのはかなりリスキー過ぎる。折角転生させてもらったのに、それで死んでおしまいじゃまるで意味がない。RTAでは鉄板となる有用な初期仲間にも見捨てられてしまった。そもそも仲間がいたところで、俺の無理・無茶・無謀な命知らずのRTAに付き合ってはくれないだろう。だって、一度でも死んだらそこでおしまいなんだから。


「詰んだ」


 いや、諦めるな俺! デザー塔はそこそこ人気のあるフリーゲームだ。仲間集め禁止、勇者ソロ縛りの実況プレイ動画だってネットにはあった。それなら俺にだって、やってやれないことはない筈だ。やってやる! 俺の持てるゲームの知識を総動員して勇者ソロ、セーブ禁止の死んだらそこで終わりなノーデスノーコン縛りでこの超絶難易度RTAを成し遂げてやろうじゃないか!


「俺は! 俺を! 諦めない!」


 なおここまでで転生してから既に半日(12時間以上)が経過している模様。タイムは現在お通夜一直線だが、RTAは最後まで完走することに意味があるのだ。頑張れ俺! 負けるな俺! 

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