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1-8 社長、異世界に行く

 終わりのない暴力。

 余程アウトローな道に進まなければ、日本という国で終わらない暴行を受けるということはないだろう。そう考えると、ある意味貴重な経験をさせてもらったとポジティブに捉えることができる。……いや、さすがに嘘だ。ようやく終わったのかって感じ。

 ただ相手を痛めつけることを目的とした暴力がこんなに恐ろしいとは。本当によく生きてるなって思う。思った以上に人間って強いのかもしれない。

 所長のゴブレットに逆らった結果、別室で死にたくなるほど徹底的な暴力を受ける事になった。首より上は意図的に狙われなかったがそれ以外はボロボロだ。


「くそ、立てねー」

「そ、それはそうですよ。あんな暴行を受けたんですから」

「ほ?」


 それは数週間ぶりに聞く声。

 知り合いの声とかそういうのじゃない。この男まみれの収容所では絶対に聞けないもの。

 高く、優しく、可愛い……女性の声だ。


「……お節介ですが、生きていたいのなら所長を挑発するのは————」

「初めまして! ケータ・ソーダと申します! ぜひ、お見知り置きを!」

「そ、そんな状態なのに……よく立ち上がれましたね」


 さっきまでの痛みが嘘みたいだ。まるで背中から羽が生えてきたような感覚がある。今なら空を飛べる気もする。

 男というのは女性に良いところを見せるために生まれてきたのだ。目の前に女性がいるというのにいつまでも醜態を晒すわけにはいかない。

 それにしても————


「いえ、あなたみたいな美女を前にして横になってるなんて許されません! ロマンスの神様から怒られてしまいます!」


 目の前の女性は最高に美しかった。

 女ひでりの環境にいたせいで、審美眼が曇ったとかそういうことではない。

 地球で見たどの女性よりも美しい(カエデ、マリさんごめん。もし二人がこの場にいたら二人は地球で一番だよとフォローしているところだ)。

 

 美しい緑色の髪。地球では派手髪として見られるが、目の前の女性の髪色は自然だった。冗談みたいに透き通って、この世のものとは思えない輝きを放っている。

 そして何よりもその顔立ち。真っ白な肌に、大きな瞳、小さいがくっきりした鼻、蠱惑的なくちびる。……ちょっとばかしおっぱいが小さいのが玉に瑕だが、そんなことが気にならないくらいの絶世の美女。


「び、美女なんてそんな! 初めて言われました…………そんなこと」

「あなたの美しさに気づかないなんて、この国の男たちは見る目がないですね。だけど、私は違います。もうあなたの美貌の虜になっています」

「か、揶揄わないでください!」


 エルフの女性は顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにしている。

 本当にこういったことに慣れていないのだろうか? 大抵、美人というのは「かわいい、きれい、うつくしい」という言葉を聞き飽きているのだ。

 なので、こういった外見を褒めるアプローチは最小限にして、周りはこう言うかも知れませんが、私はあなたをこんな風に見ています————と言われ慣れていない言葉で褒めるように心掛けている。


 まさか、外見を褒めるアプローチでここまでの反応を引き出せるとは。……この国の男たちは何をしているんだ。こんな美しい人を口説かないのか。

 チンコついてないだろ、絶対。


「すみません。揶揄ってなどいないのですが、美しい人を前に取り乱してしまいました。まだお名前を聞いてなかったですね。差し支えなければ教えていただけませんか?」

「……エルシット・フレイヤです」

「綺麗なお名前ですね。エルシットと呼んでもよいですか?」

「……親しい人からはエルシィと」

「ぜひエルシィと呼ばせてください! 自分のことはケータと呼んでくれれば!」

「…………け、ケータさん」


 か わ い す ぎ る !

 み な ぎ っ て き た !

 この男性慣れしていない感がたまらない。高校時代に付き合っていた彼女を思い出す。やれやれ、最初に知る男が俺というのは非常に可哀想だ。俺という男を知ってしまったら……もう他の男では満足できないだろう。

 とまぁ、冗談はさておき(あながち冗談ではないが)。


「それでエルシィはなんでこんなところに?」

「す、すっかり本題を忘れてました。私、研修の一環でここで働いているんです」

「研修って……まさか看守の?」

「違います! その私、医学部の学生でして……」

「お医者さんってことか! その美貌に飽き足らず勉強もできるんだ……すごいな」


 こちらの世界の基準で推し量っていいのかは分からないが、やはり医者になるためにはかなりの学力が必要だろう。

 ……俺は勉強を極めるのが苦手だった。どんなに頑張ってもトップクラスの人間には勝てない。勉強に対するモチベーションが湧いてこないのだ。

 だから、こうして勉強を一心に頑張れる人のことを非常に尊敬している。


「そ、そんなことないです……。ほんと全然……」

「俺、頑張ってる人が好きなんだ。大した力にはならないけど応援させて。それでエルシィが少しでも自分に自信を持ってくれると嬉しいな」

「…………………………」


 エルシィが顔を真っ赤にしていた。

 その様子を見てだんだん自分の顔が熱を持っていくのを感じた。

 うおおおおおおおお、くさすぎるうううううううううう。こんなくさい台詞を吐くなんてどうかしてる。今年でニ四歳だぞ!? 俺!

 どうしてこんな歯の浮くようなことを堂々と言えるんだ。めっちゃはずかしい。

 あれなんだよ。頑張っている子を見るとついピュアな気持ちが出てきちゃうんだよ。くそ、これじゃあキャラ崩壊もいいところだ。俺は汚い大人、俺は汚い大人なんだ。

 おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい————よし、これで大丈夫。


「あははは、いきなりキモいこと言ってごめん。……んじゃ!」


 恥ずかしいことを言った事実は変えられないので、ここはひとまず逃げることとする。

 エルシィが顔を真っ赤にしているのは、「うわ、この人くっさ……こっちまで恥ずかしくなってきたわ」的な感じのはず。

 そんなこと思われて、さすがの俺も堂々とできない。生まれてこのかた敵前逃亡(エルシィは敵ではないが)なんてしたことがなかったが、今日ばかりは逃げさせてくれ。恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうだ。


「待ってください!」


 逃げようとしたところ、エルシィが思いっきり腕を掴んでくる。

 なになになに!? まさかきちんとトドメを刺すつもりか!?


「えーと、どうしたのかな?」

「……………ないです」

「ごめん、何て?」

「キモくないです!」


 大人しそうな子だと思っていたから、こんな大きい声を出せるなんて思わなかった。


「えーと、つまり?」

「嬉しかったんです! そんなこと言われたのは初めてでしたから」

「そっか、ならよかった————————イタタタタタタタ!!」


 ドン引きされてなかったことに安心したのだが、その反動か体が悲鳴を上げだした。完全に忘れていたけど、面白いくらいにボコボコにされたのだ。美女の登場によって生じたアドレナリンも、さすがに切れてしまったのだろう。


「だ、大丈夫ですか! 今手当てしますから!」

「そっか、エルシィはお医者さんなんだっけ……申し訳ないけど手当てしてくれると助かる」

「それで……その……」


 エルシィは顔を赤くしてもじもじとしている。


「何か問題が……?」

「その、治療のために、服を……」


 なるほど。そういうことか。

 エルシィの言葉を聞いてから動き出すまで一瞬だった。


「これでいいかな?」

「そ、そうなんですけど! もうちょっと躊躇ってもいいじゃないですか!」


 俺は二秒でパンイチになった。これ、最高なシチュエーションだわ。美女に自分の裸体を見せるなんて。しかも相手がここまで恥ずかしがってくれるとなお良い。

 ……セクハラで訴えられたら、二○○%勝てないと思うけど。


「ごめんごめん。少しでも早く治療して欲しくて」

「そ、そうですね。じゃあちょっと触れますね」


 恥ずかしそうに両手で必死に顔を覆っていたエルシィだったが、俺の言葉を聞くとすぐさま真剣な表情になった。……さすがはお医者さんの卵というところか。


「ここ痛いですか?」

「っく!」

「あとここも」

「うっ!」

「ここも……」

「あんっ」


 やばい、気力を保たないとリトル・ソーダが大変なことになりそうだ。怪我の箇所を触れる痛みより、女性に触られる快感の方が完全に勝ってしまっている。長い禁欲生活が俺の体をおかしくしてしまっているのだ。

 とりあえず自重しろ。一生懸命手当てしてくれている子に対して極めて失礼だ。


「どうですか、よくなりました?」

「え、これで終わり…………ってあれ? 全然痛くない!?」


 さっきまでの痛みが嘘みたいになくなっている。

 少し触れられたくらいなのに————これってまさか。


「見せたのはケータさんが初めてです……内緒にしてくださいね?」

「これがエルシィの能力ってことか」

「そうです。『肉体強化』……私が触れることで人体の力を何倍にも活性化させます。それで今回はケータさんの治癒力を数倍に強化しました」

「医者を目指すエルシィにはぴったりな能力じゃないか」

「…………そんなこともないんですよね」


 エルシィはふと悲しそうな顔をしたように見えた。

 何か気に触るようなことを言ってしまったのだろうか。


「それじゃあ、ケータさん。そろそろ私は持ち場に戻りますね」


 しかし、そんな表情をしたのは一瞬のことだった。

 すぐさまエルシィは優しい表情に戻って、少し寂しそうに笑った。


「あぁ、色々とありがとう」

「私こそケータさんとお話しできて嬉しかったです」


 エルシィはそう言って背を向ける。だんだんと俺との距離が離れていく。

 ————もう彼女に会えないのか。そう思うと、たまらなく嫌だった。


「エルシィ!」

「……ケータさん?」

「また君に会いたい! もっと君と話していたい!」


 くそ、また俺は恥ずかしいことを言っている。でもそんな小さなプライドなんてどうでもいい。俺はまた彼女と話をしたいのだ。

 ここで黙ってエルシィを見送るなんて選択は左右田慶太にとってあり得ない。


「………………私も。…………もし、もしもですよ! もしケータさんが怪我をするようなことがあったら医務室にきてください!」

「分かった! これから毎日のように怪我するよ!」

「それはダメですからね! ケータさんには元気でいて欲しいんです。だから、本当に怪我をした時にきてください。じゃないと私、口聞きませんからね!」


 最後、彼女は心から楽しそうに笑ってくれた。

 ……まったく、俺って男は本当に惚れっぽいんだから。

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