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1-6 社長、異世界に行く

「早く現場に戻れ! タコが!」


意識を失っていたみたいだ。やれやれ、格好悪いところを見せてしまったぜ。


「ケータさん! 大丈夫っすか!?」

「んあ? へーきへーき。ちょっとしたマッサージみたいなもんだよ」

「マッサージであんな声出ませんよ!」


いやはや、まさか手から電撃を放出できるとはな。看守を任せれているだけあって、攻撃的な能力を保有しているのかもしれない。ここの看守が皆、あれほどの能力を持っていると思うと先が思いやられるな。

だか、そんなことはどうでもいい。俺が脱走すると決めたら絶対に脱走するのだ。


「よし、あいつの能力が『電撃を放出する』ということが分かっただけでも大きな収穫だ。絶縁体でバッチリ対策できるだろ?」

「……ケータさん。自分頑張ります」

「ま、時間は腐るほどあるんだ。焦らずに計画を練って行こうぜ」

「はい!」


 電撃はかなり痛かったが、それ以上に大事なものを得ることができた。それはオイラーとの信頼関係。大きな仕事は一人では達成できない。信頼できる仲間の存在が不可欠だ。


「また絡まれるのも面倒だ。現場に戻ろうぜ」

「そうっすね」


 厳しい肉体労働。これが一生続くと思うとめまいがする。なんとしてもここから出てやる。人生は有限なのだ。一秒も無駄にできない。俺は金を手にして実感した。どんなに金があっても人間はいずれ死ぬのだと。

 金持ちも、そうじゃない人にも死は平等に訪れる。死の前で人は無力だ。だから、人生は全力で生きなければならない。綺麗事でも何でもなく、シンプルにもったいないじゃないか。

頑張っても一○○年程度しか生きれない。日数にして約三六五○○日。俺はすでに二五%近くを消費している。まだやらねばならないことが無限にある。時間は常に足りない。


「お前ら、規律を乱すな」

「すんませんでした!(ほら、ケータさんも頭下げて)」

持ち場に戻ると、巨漢に呼び止められお咎めを受けた。オイラーは男の姿を見てあたふたと慌てふためいている。

「悪いな、オイラー。俺は無闇に頭は下げないんだ。なぁ、アンタ。俺たちのどこに問題があったんだ?」

「……新入りのお前には分からんかもしれんが、小休憩を取ることができるようになったのは、看守の反感を買ってないからだ。関係を取り持たないと囚人全員が休めなくなる」

「なるほどな。アンタの言い分はわかる。けど、それは俺が頭を下げることなのか? 悪いのは俺たちをここに追いやった制度なんじゃないか?」

「け、ケータさん……」


 空気が凍りつくのを感じた。昔から不用意に敵を作ってしまう。

 協調性、共感性がなく、致命的に空気が読めないからだ。


「……威勢のいい奴だな。別に頭を下げろとは言ってない。ここで過ごす以上はルールを守れ、それだけだ」

「そういうことなら承知した。同じ囚人のアンタらに迷惑をかけるのは本意じゃない」

「持ち場に戻れ」


巨漢の男はゆっくりと遠ざかっていく。その姿が見えなくなったところで、顔を真っ青にしたオイラーが話しかけてくる。


「ケータさんなにやってるんですか!」

「何って別に。自分が悪くないのに頭を下げるのはおかしいだろ?」

「で、でもそれで解決するならいいと思いますけど……」

「そんな体裁だけの謝罪なら必要ないだろ。無意味なことは嫌いだ。でも勘違いするなよ? 別に謝らないって言ってるわけじゃない。俺が悪い時はちゃんと謝るさ」


言動は一致させたい。それが俺のポリシーだ。

謝るからには心から謝る。形だけの謝罪はしない。


「言ってること分かるっすよ。ただ、この収容所で生きていく上で敵にしてはいけない人物が四人います。この人たちだけには気をつけて欲しいです。まず、今の現場監督ロブナードさん。囚人たちを取りまとめているここの最古参です。彼の指示によって、激務休みなしといった労働環境にいつでもなり得ます」

「今のが現場監督か……」

「そしてデンバーとクレットという二人の看守です。あいつらは所長の側近でどんなことをしても許されます。目をつけられたら最後、死ぬまで痛ぶられます。実際に徹底的な暴行を受ける囚人を何度も見たことがあります」

「デンバーとクレットねぇ」


 今のところその看守と鉢合わせたことがなかった。


「……そして所長のゴブレット。この四人に目をつけられないように注意してください」

「なるほどな。俺もバカじゃない。その四人には気をつけよう」


 オイラーの助言を無碍にするつもりはない。会社を経営していた時も幾度となく部下に助けられた。行動力や決断力は誰にも負けない自信があるが、その代わり脇が甘い。俺一人だとしたらあの会社は潰れていただろう。

 本当、仲間にはいつも恵まれている。このオイラーとの出会いにも感謝しかない。


「よかった……それじゃあ仕事に戻りますか」

「あぁ」


 それからいつものようにクタクタになるまで働かされた。

 過酷な労働の後は、日に一度の食事の時間だ。


「相変わらず、飯がまずいなぁ」

「ほんとっすね」


 早くも日本の食事が恋しい。刺身、カレー、ラーメン……。


「ここの外なら美味い飯食えるのか?」

「そうですね。シュームは美食大国で有名ですから。俺も学生時代は美味しいレストランを何件か知っていたんですけど……」

「食ってみたいなぁ。ここから出たら連れてってくれよ」

「ここを出れても、すぐに国外出ないとじゃないですか?」

「いやいや。観光もしないで出られるか! 大丈夫大丈夫。俺もオイラーも変装の能力があるんだからさ。エルフの姿をしてればバレないだろ」


 オイラーは苦笑いをしている。現状を鑑みれば、楽観的になれないのも理解できた。

 しかし、俺まで悲観的になってしまうわけにはいかない。リーダーは常に夢を見せる必要がある。それがリーダーの一番重要な仕事だ。


「そういえばこの変装能力だけど、ルールや制約みたいなものは存在しているのか?」

「自分とケータさんの能力が、まったく一緒ということであればルールはシンプルです。一度でも会話をしたことがある対象に変装できます。ただし、服や持ち物までは真似られないので注意が必要です」

「なるほどな」


 このデメリットは留意する必要がある。これを踏まえた上で作戦を考えなければ。


「ざっとこんな感じですが、まだ自分が把握していないルールや制約も存在しているかもしれません」

「脱出の上で能力理解は必須だろう。このあと、互いの能力について確認しよう」

「了解っす」


 食事を早々に済ませ、自分たちの監房に向かって歩き出す。

 労働終了時間の一八時から消灯時間の二十一時までが自由時間となっている。この時間は収容所内であれば移動は自由だ。大抵の囚人は日中の疲れから眠ってしまうのだが、ここから脱出すると決めた以上はこの時間を無駄にすることはできない。


「うし、じゃあ改めて能力の確認をするか」


 俺は目を瞑り、頭の中心に意識を向ける。

 そしてそのまま最深部に向かって意識をダイブさせた。


「やっぱりあるな。頭の中に何かがある」

「さすがケータさん。もう能力へのアクセスは余裕ですね」

「後は使うだけか。ひとまず一度会話した人間に変身できるか確認しよう。……さっきの現場監督ロブナードに変装できるかだな」

「そうっすね。自分とケータさんの制約が全く同じであれば、ロブナードさんに変装できるはずです」


 まずはそこから確認だ。一見同じ能力でもどこか異なっている可能性がある。能力を使える人間が跋扈する世界において、自身の能力を使いこなせないというのは致命的だろう。

 俺はロブナードの姿をイメージする。————あとは能力を解き放つだけだ。

 バチバチバチバチバチ……! 


「!?」

「これはどういうことだ!」


 結果として、ロブナードに変装することができなかった。……俺がしたことはただ一つ。自分の手から雷撃を生じさせた。そう、昼間の看守がやったように。


「な、なんでケータさんが雷撃を使えるんですか!?」

「オイラー……能力ってのは一人につき一つって認識でいいんだよな?」

「え、ええ、そのはずです」


 なら、これはどういうことなんだ。昼間は確かに『他人に変装する能力』を使った。


「ケータさんは能力を二つ使えるということなんでしょうか?」

「そういうことなのか……? なら、今だって変装の能力が使えるはず」


 再度、自身の能力へとアクセスし、今度はオイラーの姿をイメージする。そして先程のように能力を解き放った。

 ————バチバチバチバチバチ……! 

 しかし姿が変わることがなく、同じように雷撃を生じさせるだけだった。


「変装能力が使えなくなっているだと?」

「つまり、ケータさんの能力は『電撃を解き放つ能力』ということなんでしょうか?」

「おかしい。そんな安直な話なのかこれは」


 なんだ、俺の能力とは一体なんなんだ。

 昼間は他人に変装する能力、今は雷撃を放出する能力。

 どれも一度目撃した他人の能力——————もしかしてそういうことなのか?

 最初にオイラーの能力を見た時、自分も能力を使ってみたいと思った。次に看守の電撃を食らった時、もっと攻撃的な能力の方が使いやすかったと思った。


「ケータさん?」


 オイラーが不安そうな声で話しかけてくる。

 急に黙ってしまったので、余計な心配をかけてしまった。


「オイラー。俺の能力について一つ心当たりがある。今からそれを試す」

「わ、わかったんですか!?」

「あぁ。それでまずはオイラー、もう一度「変装の能力」を使ってくれないか?」

「了解です」


 オイラーは姿形を変え、鏡に映る俺と瓜二つの姿になった。


「ふぅ、いつ見ても美しいな」

「ちょ! 自分の顔に酔いしれないでください!」

「すまんすまん。美しいものに目がなくてな」

「自分の顔に対してそんなこと言う人初めて見ましたよ!」


 俺は金持ちで、イケメンで、人格者ではあるが、ナルシストなのが玉に瑕だ。

 日本では過度な自信家というのはなかなか生きづらい。なぜいちいち謙遜しなければいけないのか意味がわからない。日本という国が大好きではあるが、日本人の卑屈な側面が大嫌いだ。もっと自分たちの国、歴史、文化に自信を持つべきだと考える。良いものは誇るべきだし、いたずらに自分を貶めるのはただの自傷行為だ。

 ……まぁ、これは俺がナルシストであることとは関係がないが(笑)


「さて、本題はここからだ」


 推測が正しければここで望む必要がある。この能力が欲しいと。

 ……やはり頭の中で何かが書き換わったような感覚を覚える。看守の電撃を浴びた際も同じような感覚があった。

 もう一度、自分の能力へのアクセスを試みる。

 今度こそいけるという確信があった。俺は”自分の能力”を解き放つ。


「な、どうして……!」


 電撃が出なかったこと、オイラーの驚きようから見て、どうやら成功したみたいだ。


「分かったぞ。オイラー」

「こ、今度は自分の姿に……! ケータさんの能力って一体……!」

「俺の能力は『他人の能力をコピーする能力』ってことみたいだ」


 それが俺の能力。パソコンのショットカットキーで言うところの「Ctrl+C」だ。俺は対象の能力をコピーして使役することができるようだ。

 最初に「他人に変装する能力」を発現したのは、オイラーの能力を見た後だから。次に「電撃を放出する能力」を発現したのは、看守の能力を羨んだ後だったから。

 我ながら最強な能力。俺は望んだ対象の能力を自由に使うことができるのだ。


「こ、コピー!? ケータさんって能力も型破りなんですね……」

「なぁ、オイラー。二週間だ」

「二週間?」

「二週間でここから脱出するぞ」


 ピースは徐々に揃いつつある。

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