1-5 社長、異世界に行く
この異国の地で、オイラーという友人が出来たことは大きかった。俺はこの国の言語、文化、歴史について、多くを教わることができた。
これは、オイラーが収容所に送られる前に大学生だったことが幸いしている。教え方も非常に上手いし、なによりも知識量がかなりあったのも有難い。
まずこの友人オイラーの生い立ちについて。
エルフ(耳長人間)の国シュームに生まれたヒューマン(人間の総称らしい)。
二二歳で俺の二つ下。卒業直前にエルフではないことがバレてしまい(種族を隠して大学に入学したらしい)、この強制収容所に送られてきたとのことだ。
大方予想通りではあったが、このシュームでは他民族の排斥運動が行われている。
以前はエルフ以外の種族、ヒューマン、ドワーフ、獣人なども暮らしていたとのことだったが、移民の流入による雇用の激減、治安の悪化などから数年前に極右政権が誕生した。
その政権によって、徹底的な移民排除の活動が推し進められる。エルフ以外の民族は問答無用で強制収容所行き。俺がここに連れてこられたのもそれが原因だ。
今のシュームではエルフ以外の民族に人権はない。現政権が続く限り、ここにいる囚人たちは一生この施設から出ることはできない。
しかし、どうやらエルフの人々は熱烈に現政権を支持しているとのことなので、政権が変わるというのも考えにくいそうだ。
状況は最悪だった。ここから出ない限り、死ぬまで過酷な労働をするしかない。
シューム各地にはこういった収容所がいくつかあり、それぞれで移民たちが過酷な労働を強いられている。
エルフたちの移民への反発は理解することはできる。自分が暮らしている国家が他民族によって汚されていくのは確かに許せない。そこに関しては否定するつもりはない。
だが、捉えた移民たちをこうして閉じ込めていくことには納得がいかなかった。国外退去でもなんでもすればよいのに、なぜ自由を奪って働かせる必要がある?
「ケータさん。そろそろ休憩しましょうよ」
作業中はこうして考えごとに集中してしまうので、いつの間にか時間が経っていることが非常に多い。その度にオイラーから声をかけてもらって我に帰る。
「もう、そんな時間か」
「適度に休まないと、マジで死にますって」
「そうだな。たしかに喉が渇いた。ちょっと抜けるか」
強制労働といっても四六時中、監視されているわけではない。というかほとんど放置状態といっても過言ではなかった。
基本的には、囚人から選出された現場監督が労働状況を管理する。
監督といえど同じ囚人、余程のことがない限り適度な休憩は認めてくれるのだ。
俺とオイラーは水浴び場まで歩いていく。
「ケータさんもここでの暮らしになれてきましたね」
「全部、オイラーのおかげだよ」
「いやいや! ケータさんの覚えが良すぎるんですよ! この国の言葉だって一週間くらいでマスターしてたじゃないですか」
「聞き取りはな〜。でも発音と読み書きはまだ怪しいだろ?」
「……ストイック過ぎですよ。もう十分この国でもやっていけるレベルなのに」
ここでの暮らしはオイラーの方が長いのだが、今では俺の方が兄貴分のようになっている。オイラーが生粋の弟分気質を備えていることもあるが、オイラーの俺に対する従順っぷりは少し異常なくらいだった。
「そんなことよりオイラー。一つ悩みがあるんだ」
「ケータさんに悩み? それってかなり一大事じゃ……」
「あぁ、一大事だ」
さすがにもう限界だった。いつ爆発してもおかしくない。
「自分でよければ協力しますよ」
「性欲がやばい」
「へ?」
オイラーはきょとんとした顔をしている。
もしや、しっかりと聞こえていなかったのだろうか。
「性欲がやばい」
「いや聞こえてますけど! その真意を測りかねていたんです!」
「難しく考えるな。要はHがしたい」
「本能に忠実過ぎませんか!?」
かれこれ二週間はちんちんを使っていない。
これ以上はさすがに人体に影響が出てしまう。マグロが泳がなければ死ぬように、左右田慶太はセックスしないと死んでしまうのだ。
「ちなみにオイラーってエルフとHしたことある?」
「……いやそれはありますけど」
「まじか! え、どうやったらエルフって口説けるんだ?」
「そんなこと知ったところで、ここから出れなきゃ意味ないっすよー」
「うむ、それはたしかにな」
それが問題なのだ。ここにいる限りエルフの子とHすることもできない。
せっかく別世界に来たというのにあんまりだ。
「だから、ケータさん。女性との……その……行為というのは諦めた方がいいかと。ほら、酒とかは自分がまた盗んで来ますから!」
方法は分からないが、この間の酒は看守の部屋からオイラーがくすねてきたものらしい。酒という憂さ晴らしがなかったら、今以上に精神的な負荷は大きかっただろう。そこはオイラーに感謝している。だが、一つだけいただけない言葉があった。
「オイラー。俺は諦めるって言葉が嫌いだ。諦めた瞬間に0%だぞ? 人間、死ぬ気で頑張れば大抵のことはできるんだよ」
「それは綺麗事ですよ! 自分だって死ぬ気で頑張ったんです。大学にも入り、彼女も作った、でもダメだった。どんなに頑張っても……周囲、環境、世界は変えられないんです!」
温厚なオイラーが声を荒げた。きっと、俺には計り知れないような苦悩があったに違いない。——でも、それでも、俺は意見を変えるつもりはない。
「世界だって変えられるさ。俺たちにはその力がある。変えられないとしたらそれは努力不足。結果がでるまでは泥水をすすってでも挑戦し続けろ。綺麗事なんかじゃない。それが真実だ。周囲、環境、世界が変えられないんじゃない。自分が変わろうしていないだけだ」
「じゃあ……ケータさん。自分にまたHさせてくださいよ……」
「あぁいいぜ! ここから出たらいくらでも出来るさ! うし、そうと決まったらここから出る方法でも考えようぜ」
「あんな大口叩いたのにノープランなんですか」
オイラーはからからと笑った。
「今はな。でも、俺が脱出する決めた時点でもう決まりだ。俺たちは確実に脱出する。動き出した時点ですでに勝ち組だ」
「ははは。やっぱケータさんはすごいや。一目見たときから『なんか持ってそうだな』って思ったんですけど、意外と自分の直感ってあたるんですね。——じゃあ、役に立てるかは分かりませんが、自分の能力をお見せします」
「能力?」
「百聞は一見にしかずです」
オイラーはそう言って静かに目をつぶった。
そして、何かを念じるように身体全体に力を込め始める。
「…………は?」
「どうですか、これが自分の能力です」
目の前には俺がいた。鏡で何度も何度も見たことがある自分の姿。
うむ、相変わらずイケメンだ。……いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
「なるほど、これが能力か。察するに『他人に変装する能力』といったところか?」
「ご名答。自分は対象と姿形を同じにすることができます。シュームの大学に通うことができたのも、看守の部屋から酒を盗み出せるのもこれが要因です」
能力。地球にはなかったことわり。まるで昔やったゲームのような世界だ。
なるほど。ここに連れられてきた時、宙に浮かされ身動きが取れなくなったのもこの能力とやらが関わっているということか。
これはやりがいがある。地球のルールで金を稼ぐことは容易だった。果たして、この世界でも成功者の地位を手にすることが出来るだろうか。いや、手にしてやろうじゃないか。
「しかし、オイラー。その能力があれば一人でもここから脱走できそうだが?」
「この強制収容所は入るのは容易ですが、出ることは看守でさえ難しいんです。基本は住み込みで、外出できる日は当日に決まるそうです」
「……徹底してるな」
しかし、オイラーの能力は使える。脱走後のことも考えると、対象に変装できるというのは非常に便利だ。あともう何ピースか揃えば……光明はある。やはり仲間が必要だ。
「けど、自分も腹をくくりました。絶対にここから出ましょう!」
「任せておけ。ちなみになんだが、その能力ってのは俺も使えるのか?」
「普通は生きていく中で自覚していくものなんですが……ケータさんはここまで一度も能力を使ったことがないということですよね。試しに自分の言う通りにしてもらっても?」
そこからオイラーの指示に従ってみることにする。
まずは目をつぶり、頭の中心を意識、自分の深部へとアクセスしていく。
オイラー曰く、うまくいけばなにか取っ掛かりのようなものを感じるらしい。
「…………これか」
頭の中心に何かがある。それは言葉にできない。ただそこにあるとしか言えない。
だが、俺には分かる。これが自分に備わっている力であると。
「力の存在を掴むことができれば後は簡単に使えると思います。試しに使ってみてください」
オイラーに言われるがまま、奥底にあるなにかを解き放ってみた。
「何も起きないが」
「……まさか、そんなことが」
「ん、なにかおかしいか?」
オイラーは目を丸くして驚いている。何か変化が生じているのだろうか?
「そこの水面を見てみてください」
オイラーに促され、水浴び場の水面を覗き込んでみる。
そういうことか。どうやら俺の能力は————
「なるほどな。俺も『他人に変装する能力』ということか」
「そ、そういうことになりますね。けどこんな偶然ってあるんですかね……?」
水面に映っていたのは、自分の顔ではなくオイラーの顔だった。
「分からない。だか、事実として表出した能力は『他人に変装する能力』だ」
ここから脱出するにあたって、オイラーとは別の能力があった方が便利だったのは確かだ。
しかし、それならばその上でどうするかを考える方が建設的だ。
目の前の現実を拒否したところで何も変わらない。今生きている人生こそが全てなのだから。俺たちは与えられたものを駆使して現実と戦っていくしかない。
「おい、お前たち!!」
「やばいっす、看守に気付かれました」
「だいぶ、話し込んでいたもんな…」
少し休憩をしすぎたようだ。看守も常にサボっているというわけではない。
こうして姿を現すこともある。しかし、こういうときはきまって機嫌が悪いのだ。
「何サボってやがるんだ? ぶち殺されてーか!」
「すみません。俺の大便にこいつを付き合わせてしまって。罰なら俺一人が受けます」
「ケータさん!?」
オイラーは俺を兄貴分として慕ってくれている。そんな部下や後輩に報いるのが上司や先輩の仕事だ。格好悪い姿は見せられない。
「うぜーなぁ。格好つけてんじゃねーよ! いいぜ、お望みの通りてめーを痛めつけてやる」
「オイラー下がってろ」
ピンチだからこそ格好つける。弱っている時ほど吠える。
部下というのは上司の常に背中を見ているのだ。ここで踏ん張らずにどうする。
「くらえ! 俺の電撃を!」
「ぐあああああああああああああああ」
なんだ、これ。想像の百倍くらい痛いぞ。
ちくしょう。他人を羨むなんて性分ではないが、こういった攻撃的な能力があれば……なんて風に思ってしまう。
あれ? ——気のせいだろうか。俺の頭の中で何かが書き変わったような感覚があった。