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1-4 社長、異世界に行く


 オイラーについていき、俺が向かったのは土木現場のような場所だった。すでに他の囚人たちが集まっている。

 ……やはり耳長人間以外の種族が囚人に該当するようだ。

 囚人たちは死んだ魚のような目をしながら、それぞれがスコップやつるはしのようなものを手にする。オイラーも道具を手に取り、スコップをこちらに手渡してきた。

 

 ま、何をするかは察しがつく。囚人たちをただ遊ばせておくのなら生かしておく意味はない。耳長族がやらない過酷な労働を囚人たちがおこなうのだろう。

 合図のベルとともに囚人たちが一斉に動き出した。勝手がわからないのでひとまずオイラーについていくことにする。


「(こんなの仕事じゃねぇ)」


 肉体労働を否定しているのではない。肉体労働だって誰かの役に立つ立派な仕事だ。

 それが作業化しているのが問題なのだ。それじゃあ労働者はロボットと相違がないじゃないか。仕事に必要なのは目的意識だ。

 俺は部下によく「三人のレンガ職人」の話をしていた。

 旅人が三人のレンガ職人に「何をしているのですか?」問いかける。


 一人目の職人は「レンガを積んでいる」と答える。

 二人目の職人は「金のために壁を作っている」と答える。

 三人目の職人は「歴史に残る建造物を作っている」と答える。


 この中で一番モチベーションが高いのは誰か。いうまでもなく三人目の職人だ。

 明確な目的が、仕事に対する姿勢を大きく変える。

 

 しかし、この強制労働施設にはそれがない。囚人にモチベーションは必要ない? だとしたらここのマネージャーはド三流だ。作業効率や作業への意識を高めるために、できる限りのことをするのがマネージャーの仕事だ。それができないならそいつは組織にとってそいつは必要ない。————なんてことをずっと考えていた。

 目的もなくただ作業をするというのは、俺にとって一番の苦痛だった。

 体への負担以上に、精神的な負荷の方がはるかに大きい。


「】【¶§∞!」


 看守の怒号と再び鳴ったベルの音が作業の終わりを告げた。囚人たちは作業道具を所定の場所にしまって、くたびれた足取りでトボトボと歩き出す。

 きっちり十二時間休みなく働かされた。オイラーの手引きでうまく抜け出し水を飲んだりトイレ休憩をしていたが、それがなかったらぶっ倒れていただろう。

 こんなの労基(労働基準監督署)が黙ってないぞ。マジで日本って恵まれてるわ。

 

 それから水浴び、貧相な食事を済ますと監房の中へと引き戻される。

 普段から一日一食なのでそこに不満はないのだが、だとしても一食の量が少なすぎだ。これじゃあすぐにやせ細ってしまう。細マッチョで定評のあるボディが台無しだ。


「はぁああああ、つかれたぁー」


 監房に戻るとすぐさま自分の寝床へとダイブする。うん、かたい。

 仕事をして疲れているのは久しぶりだ。学生時代のアルバイト以来だろうか。

 他人が生み出した仕事をするのは非常に疲れる。だから、俺は起業をしたのだ。


「ケータº(ケータさん)」


 横になっていると、オイラーがこちらを覗き込んできた。


「ん、なんだオイラー?」

「】∞£¶】(上物をくすねてきたんです。一杯やりましょう)」


 相変わらず何を言っているのかは分からないが、その表情や手に持っているものから察するにささやかな酒宴へのお誘いだろうか。

 オイラーの手には酒瓶が握られていた。この世界にきて初めての酒、興奮を押さえろというのは無理な話だった。


「オイラーもらってもいいか?」

「【∞§¶!(喜んで!)」


 酒瓶をこちらにもらえるようにオイラーに身振り手振りで伝える。意図が伝わったことが嬉しかったみたいで、オイラーのテンションも高くなっていた。


「乾杯」


 酒瓶を掲げる。この国に乾杯という文化があるのかは定かではないが、ひとまず地球式の乾杯をさせてもらう。ゆくゆく酒の席の作法についてはオイラーから聞いてみよう。

 ラッパ飲みとは豪勢だが、こういうのも別世界に来た感じがあっていいな。

 酒瓶を傾け、この世界の酒を体の中に流し込む。


「うまい!」


 なんだこれ! うますぎるだろ! 

 味は日本のビールをさらに薄くしたようなものだろうか。これを現代日本で出されたらお世辞にも美味いとはいえない。

 しかし、この劣悪な環境で、クタクタになったあとに飲むこいつは格別だった。

 犯罪的だっ…………! うますぎるっ…………!

 こんな美味い酒が飲めるから人生はやめられない。人生ってやつは最高だ。


「【¶§¢¢!(いい飲みっぷりですね!)」


 明日の朝も早い。早く寝なければ明日の労働に支障をきたす。

 それでも俺とオイラーは一本の酒を飲みまわしながら、夜通し語り合った。

 言葉はわからない。生まれ育った文化も違う。けど、酒一つで分かり合えることは多くある。飲みニケーションとはよく言ったものだ。

 たった一晩で、俺たちは十年来の友人のような信頼関係を築き上げることが出来た。

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