4-9 社長、決行する
『ケータさん(ケータ)!』
デンバーが気絶したおかげで、二人を縛っていた鎖が解かれた。
「二人とも大丈夫か? 特にオイラー、ボロボロじゃないか」
執拗に殴られたせいで、オイラーの顔はシフォンケーキみたいに膨らんでいる。
「自分のことはどうでもいいっすよ! それよりケータさん腕が!」
「腕って…………いてええええええええええええええ!」
アドレナリン全開で忘れていた。そういえば前腕がなくなっていたんだ。それを思い出した途端、尋常じゃない痛みが波のように押し寄せてきた。
「ほんとお前はバカ野郎だ。早く止血しないと! オイラー! 急いで、フレイヤさんを呼んできてくれ!」
「まってくれ! エルシィは呼ばないでくれ!」
痛みのあまり思考が鈍る。できれば何も考えたくはない。
それでも、これだけは絶対に譲れない。左右田慶太のポリシーに反する。
「どうしてだ! ほっとけば失血で死んじまうんだぞ!」
「ケータさん! お願いですから! あなたをここで失うわけにはいかない!」
「それでもだ……! 男に生まれた以上は女の子に格好悪いところは見せられないだろ」
譲れない、俺のポリシー。自分でも分かっている、しょうもないプライドだって。命をかけることでもないのも。本当に俺ってやつは————
「バカなんですから」
自分が思っていたことを先に誰かに言われてしまう。
いや、誰か……なんてのは嘘だ。本当はもう分かっていた。声の主は明らかに女性。そして、この収容所にいる女性なんて一人しかいない。ただ認めたくなかっただけなんだ。
「エルシィ……」
「来ちゃいました。ケータさん」
「なんでここに……」
「昨日、キリエスさんが急にワンピースを貸してくれなんて言うから、ちょっと追求してみたんです。直接は明言してはいなかったですが、話を聞く限りケータさん達の脱出のXデーは今日なんだろうと推察しました。実際、監房はもぬけの殻でしたし」
なるほど、そういうことか。
そりゃ、いきなりそんなこと言われたら勘ぐりたくもなるよな。
「す、すみません! ケータさん!」
「いや、いいんだ。そんなことより、ワンピースの惨状についてエルシィに謝らないと」
「わ、私のワンピースはどうなっちゃったんですか!?」
『…………』
非常に答えづらい質問だ。
二着ともビリビリに破れてしまった……とは言いづらい。
「なんで黙ってるんですか!?」
「と、とにかくごめん! 今度弁償するから………………っ」
やばい、強がっていたがそろそろ痛みに耐えるのがきつくなってきた。
それでもエルシィの前で醜態を晒すわけにはいかない。
「ひとまずそれは置いときます。——それでその腕はどうしたんですか?」
「まぁ、いろいろあってね」
「痛いですよね?」
「ちっとも痛くないさ」
「脂汗かいて言われても説得力ないです」
残念なことに体は正直だった。
「……すまない。悪いが止血だけしてもらってもいいかな?」
「ケータさん。私の能力覚えてますか?」
「たしか……対象に触れることで人体の力を活性化する……だっけ?」
この能力には何度もお世話になってきた。
ただあまりエルシィの能力にはあまり頼りたくなかった。
俺は能力があるから彼女と親しくしているわけではない。エルシット・フレイヤというただ個人が好きなんだ。エルシィを呼びたくなかったのにはそういう理由もある。彼女はゲームで言うところの回復アイテムや白魔道士ではないからだ。
「正解です。そして……この能力にはある特性があります」
「へぇ、知らなかったな。どんな?」
「触れ合い方によって効果が違うんです。特に、粘膜接触だと効果は絶大です」
「……そうなんだ」
いまいち話が読めないな。エルシィは一体何が言いたい?
これでも国語の読解は得意なのだが。
「さて問題です。私とケータさんが最後の約束はなんだったでしょう」
「それって……あ————」
気が付いた時には遅かった。俺の唇はエルシィの柔らかな唇と重なっていた。
視界の端では、オイラーとゼインがなにやら大騒ぎしている。でも今はそんなことは気に留めている暇もなかった。
甘い匂い、心臓の鼓動、何よりも唇の暖かさ。五感すべてでエルシィのことを感じている。
「……怪我、治りましたよ」
「え?」
目をやると左腕が元どおりになっていた。指先の感覚がある。
痛みもいつの間にか消えていた。自分の腕がトカゲの尻尾みたいに再生したので若干引いてしまう。
「粘膜接触ならこれくらいできちゃうんです。私の能力」
どうして、エルシィが回りくどい説明をしたのか。これが全ての答えだった。うん、キスって確かに粘膜接触だもんな。ただ、一つだけどうしても気になることがあった。
「これってさ、医療行為以外の他意ってある?」
「……バカ」
エルシィは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。どうやら他意はあったみたいで、その事実に俺はいまにも踊り出しそうだった。——しかし、そうふざけてもられないのが現状だ。
「聞いてくれ、エルシィ。治療してもらったところ悪いんだが、早いところ医務室に戻ったほうがいい。そこにいるデンバーがいつ目を覚ますのかも分からない。こんなところを見られたら、君も協力者だと思われてしまう」
エルシィは脱出というリスクを冒さなくとも、このエルフ社会で生きていくことができる。脱出後に合流するという手段も取ることができるのだ。
「ケータさん。私はもう大学に通うことにこだわりはないんです。前に行ってくれたじゃないですか、医者になることと母を救うことはイコールじゃないって」
それは俺が口にしたことだ。しかし、別にエルシィがリスクを冒す理由にはならない。
彼女の最大の問題は大学に通うお金がないこと。それについては、ここを脱出した後に俺が用意をするつもりだった。
だから、俺たちと彼女が心中する必要性は皆無なのだ。
「それはつまり大学を辞めるってことだよな? 辞めてどうするつもりなんだ?」
会社を辞めたいというサラリーマンは多い。会社を辞める、それ自体は悪いことではない。
しかし、多くの人は現状から逃げたいだけで「辞めた後に何をするのか」ということは一切決まっていない。だからこそ、俺はエルシィに問いたいのだ。
「もちろん母を救うための努力は続けます。……ただちょっと寄り道をして、ケータさんが作り出す未来に携わりたいと思ったんです」
「……それは俺が好きだから?」
だとしたら安直ではないだろうか。
彼女の気持ちは嬉しいが、一大決心の理由としては弱すぎるように思える。
「も、もちろん……それもあります!」
「お、おぅ」
そんな恥ずかしそうに言われると、こちらもつい照れてしまう。
「けど、決め手はやっぱり……悔しかったから……です。この社会は私を認めてくれません。だから、エルシット・フレイヤの存在をどんな形であれ認めさせたいんです。そして私と同じような境遇にある人を一人でも多く救いたいと思っています」
決意の宿ったまっすぐな瞳。正直、納得のいくような理由ではない。俺たちがこれからやろうとすることは反逆行為だ。命だっていくつあっても足りない。女子大生が将来を棒に振ってまですることではない。
「分かった……。やめたくなったらいつでも言ってくれ」
それでも、俺は彼女の想いを受け入れることにした。
決め手は彼女の目。目は口ほどに物を言うなんて言葉があるが本当にそう思う。
俺は会社の採用面接の時も相手の目を見るようにしている。一緒に働きたいと思う人物は目の奥に光が見えるんだ。……そういう意味でエルシィは合格だった。
「ありがとうございます! 私がんばります!」
「さて、心強い仲間が加わったところで……いよいよ、最後の段階まできたぞ」
俺はオイラー、ゼイン、エルシィの三人に目をやる。
全員の力があったからここまで来れた。残すは……所長のゴブレットのみ。
「自分はケータさんについていきます!」
「ふん、ケータがいれば何も問題ないだろ」
「ケータさんを信じます」
三人の疑いのない眼差し。やれやれ、そんな目を向けられたら……なんとしてでもやり遂げないと申し訳が立たない。俺にはこの信頼に応える義務があるんだ。
「任せろ」
余計なことは言わない。ただ一言でいいんだ。トップがやることはペラペラと高説を垂れることではない。行動し、示すことだ。
ゴブレット……あんたには散々世話になったからな。
別れの前にきっちりと挨拶をさせてもらうぜ。




