4-8 社長、決行する
「じゃあ、ロッキー悪いな。俺らが脱出するまでそこで待っててくれ」
「ふん、骨ぐらい拾ってやるよ」
ロッキーは手足を縛られてもなお悪態をついている。
このまま彼と他愛もない会話に興じていたい気持ちはあるが、早くオイラーと合流しなければならない。……またどこかで会えたらいいな。
「ケータ、いこう」
俺たちは部屋を飛び出し、オイラーとデンバーが向かったトイレの方まで走り出した。
「ゼイン! オイラーとデンバーの位置はわかるか!?」
「このまま真っ直ぐ先だ!」
ゼインの索敵能力を頼りにオイラーの現在地まで急ぐ。俺は今、索敵能力を使うことができない。なぜなら、クレットの『透明化』の能力をコピーしたからだ。
先にクレットを倒したのはこの能力を奪うためだった。デンバーの鎖で相手を拘束する能力の恐ろしさを身をもって体感している。一度、縛られたら身動きが取れない。だから、クレットの能力を駆使して視認されずに接近する必要があった。
「後少しだ。今のうちにケータは透明化しておけ」
「了解」
俺は能力を使った。……正直、体には何の変化もない。
「どうだ、見えなくなったか?」
「あぁ、声しか聞こえないぞ」
「よし、じゃあゼインは慎重に。俺が先行するぞ」
「あぁ……といっても俺にはお前の姿は見えんが」
「そこは感覚で」
俺たちは慎重に廊下を進んでいく。
そしてようやく、二人がいると思われる談話室にたどり着いた。
「おい、ケータ……!」
「……どういうことだよ!」
そこには宙づりにされたオイラー(幸い変装したままだが)がいた。顔はパンパンに膨れ上がっていて、二、三発殴られた……では済まないことが容易に分かる。
その傍らには嗜虐的な表情を浮かべたデンバーが控えていた。
「リュー君。そろそろ話してくれよ。俺様もそろそろ殴り疲れちまったよ。お前は何者だ? 明らかに言動がおかしいだろ。記憶を操作されているのか? もしくは成りすましか?」
どうやら会話の中の違和感から尋問を始めたということらしい。だとしてもここまでやるのか。
仮にも自分の部下、仲間の顔をした人物にこんなにも残虐になれるのか。
「ケータ、俺が囮になる。その間にやつを倒してくれ」
「……いや、ここは俺に任せてくれないか、作戦があるんだ」
俺はとある作戦をゼインに伝えた。
「ケータ、それはいくらなんでも!」
「もちろん、そうなった場合の話だ。だが、その時は迷わずやってくれ。それが隙になる」
「……分かった。でも、そうならないように努力してくれ」
「そりゃ、もちろん。さて、俺の部下を痛めつけたやつにきっちりお返しをしないとな」
それはあくまで最終手段だ。俺だって出来ればやりたくはない。だが、その可能性も考慮していた。だから既に覚悟や準備はできている。
俺は透明化の能力を使ったまま、デンバーの方まで歩いていく。
「やれやれ、君も頑なだな。俺様の知ってるリューならもう音を上げてる。さて、まだ殴られ足りないようだし、第二弾いくぞ」
「……っ!」
「はい、そこまで」
これ以上、俺の大切な部下を殴らせるつもりはない。
透明化の能力で黙って近づけば、デンバーのことを撃破できただろう。でも部下を殴ったことに対して、一言文句を言ってやらないと気が済まない。
「誰だ!?」
「……ケータさん、やったんですね!」
「オイラー待たせたな。今からこいつを倒すからちょっと待ってくれ」
「なるほど、そういうことか! ケータ・ソーダ、オイラー・キリエス! これはお前らの能力なんだな!」
さすがは幹部といったところか。状況の飲み込みが早い。
しかし、気がついたところで既に手遅れだ。
「俺の部下が世話になったみたいだな。……覚悟しろよ。まぁ、死なない程度には加減してやるから安心してくれ」
「くそ!! 他の看守どもは何をしている! こんなゴキブリ一匹駆除できねーのか!」
「あんたはそのゴキブリに負けるんだよ」
デンバーの相手を鎖で拘束する能力は強力だ。しかし、今の俺は透明化している。やつが視認できない以上は能力だって使えないはずだ。
「原理はわからねーが、クレットの能力を使えるってことだな」
「クレットなら向こうでのびてるぜ」
「ったく、使えねーやつだな。……ま、でも今はあいつに感謝しねーとな」
「……どういうことだ?」
先程とは打って変わって、デンバーの表情は余裕に満ち溢れていた。
なにか光明を見出した……とでも言いたげに邪悪な笑みを浮かべている。
「大事なのはこれがお前の能力ではなく。あくまでクレットの能力であることなんだよ」
「っ!?」
そういうことか! 俺は慌ててデンバーに向かって走り出す。
デンバーとクレットは互いの能力を把握しあっている。それはつまり、弱点と呼べる何かも理解しているということだ。
能力には何かしらの弱点がある。そのことについて配慮を欠いていた。
「気がつくのが遅いんだよ! もう一度、俺様の能力を味わえ!!」
前に進んでいた体がいきなり上方向に引っ張られる。その後、左腕に激痛が走った。
全速力で走っていた人間を抑え込むような力が左腕全体にかかっている。目をやると左腕には鎖が巻きついていた。
「くそ……、やっぱビクともしないな」
「ふはははっはは! バカがよ! 黙って向かってくれば、俺様も気がつかなかったのになぁ! クレットの透明化はな。片目を瞑ることで効果がなくなるんだよ!! ふはははっはは、本当にてめーらヒューマンは脳みそが足りてねーな!」
コピーの弱点は敵からコピーした際に、その能力の全容を理解できないことだ。
昔やったロールプレイングゲームみたいに、いちいち能力に説明が出てくれれば話は早かったんだが。
「覚悟を決めるしかないってことか」
「おいおい、いつもの威勢のよさはどうしたぁ? いいんだぜ、悪態ついたってよ。何を言われても寛大な気持ちで受け止めてやる。これからお前の体を使ってやるショーの対価だと思ってくれればいい。指を一本ずつ切り落として、そこから少しずつ体を切り刻んでやろう。泣いたって喚いたって絶対にやめない。ぎゃははははっはは!」
……デンバーの言葉など少しも耳に入らない。
はっきり言おう。この状況すら想定外ではなかったのだ。俺たちの勝利は揺るがない。
ただ、これからやることを考えたら、少し尻込みしてしまうのだ。だが、そうも言ってられないか。
————俺は決めたんだから、全員をここから脱出させると。
「ゼイン!! やれ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
手筈通りゼインに合図をする。
影に潜んでいたゼインは勢いよくこちらに向かってきた。その手には例の斧が握られている。
「なに!? ——なんて言うと思ったか。これだけ離れてりゃ余裕で能力を使えるんだよ!」
デンバーがゼインに向かって能力を行使する。
二人の距離は絶望的に離れていた。手をいくら伸ばそうとも斧で致命傷を与えることはできない。ゼインの左腕に鎖が巻き付き始めるのがスローモーションに見えた。
「ちくしょおおおおおおおおおおおお」
ゼインは体勢を崩しながらも、なんとか斧を振り下ろした。
「ぐああああああああああああああああああああああああああああ!!」
————鎖で縛られた俺の左腕に向かって。
経験したことのない痛みに脳みそ全体が支配される。
「なっ!?」
デンバーは目の前の光景に唖然としている。
予定通り、ゼインは鎖で縛られその場に拘束された。だが、やつにはとって予想外だったのは、肘より先がなくなったしまったこの左腕だろう。
「ケータ……!すまない……!」
「いいんだ、よくやったゼイン」
肘より先の感覚はなくなり、血がとめどなく溢れ出ている。
気を抜いたら気絶してしまいそうだ。だが、そんなことを気にしている余裕はない。この掴み取ったチャンスをものにしなくては。
「くそがあああああ、この下等人種めえええ!!」
「おらあああああああああああああああ!!」
やはり、左腕が欠損しているとバランス感覚が難しいな。それでもやつの顔面に一撃を加える。その一心でただがむしゃらに体を動かした。右の拳がデンバーの顔面を捉えた。
「きさまぁ! 俺様になんて仕打ちをぉ!」
「あんたがここの囚人たちにしてきたこと比べたら屁みたいなもんだろ」
デンバーは倒れこみ、俺は馬乗りになる形でやつを見下ろしていた。
これがいわゆるマウントを取るってやつだな。最近では違った意味でも使われるようだが。
「お、俺が悪かった! 頼む! い、命だけは助けてくれ!!」
「安心しろ。殺しはしない。最初にも言ったように、『死なない程度』に加減したやるから安心してくれよ」
「ひえっ!」
とは言ったものの三、四発殴ったところでデンバーは気絶してしまった。
あれだけ偉そうにしていたのに情けない。こうして俺たちは幹部のクレットとデンバーを撃破したのだった。