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1-3 社長、異世界に行く

 それから馬車(?)かなにかに積まれ、一日ほどかけて移動させられた。

 当然のように食事や水は一切与えられない。食事はともかく、一日中水を飲まないというのはかなり堪えた。

 日本で暮らしていて、水を飲めなかったなんていうことは一度もない。


 こういう考え方は嫌いだったが、あらためて自分が恵まれていたことを知った。

 人は現在の立ち位置を「幸せ」とは感じにくい。そこから下に落ちることで「幸せ」を感じることができる。言うまでもなく幸せというのは相対的なものだ。

 ようやく、馬車(?)が動きを止める。


「™£¢∞§¶」

「いってぇ!」


 耳長人間の二人組に地面に突き落とされた。そして、また為すすべもなく引きづられていく。まるでゴミを運んでいるように。

 二人組は何の感情もなく、ただ自分のするべきことをしているようだった。

 それからしばらく引きずられていると、二人組がようやく動きを止めた。相変わらず何を言っているのかは皆目検討つかないが、そこにいる誰かと会話をしていた。

 俺の処遇について話し合っているのだろう。さて、このあと俺はどうなる。

 ……このまま死刑台といった事態は回避しないといけない。


「おーい! 俺は殺さない方が世のためだぜ? こう見えてもチンポの大きさに定評が——————ぐげっ!」


 二人組の片割れが怒声とともに、俺の顔面を思いっきり蹴り上げた。自分の有用さを必死にアピールしてみたが逆効果だったのだろう。

 だが、今のやりとりで「黙れ、うるさい」に該当するような言葉については学ぶことができたぞ。あとは実際に使ってみて相手に通じるか確認する必要があるな。


「∞§¶【」


 どうやら話し合いは終わったみたいだ。二人組は来た道を引き返していく。つまり、俺の引き渡しが完了したということだろう。

 ——ガチャ。手足の拘束が外される。これはまさか釈放される流れなのか? 

 顔を上げると強面な耳長男の姿がある。男は犬に命令するかのような口調でしきりに言葉を発している。なんて言っているんだ、考えろ……。状況を整理しよう。

 俺は軍属のものに拘束された。そして殺されずにここまで運ばれてきた。つまり、殺さずに生かされたということ。なぜ、俺は殺されなかった?

 それはつまり俺に価値があったから。さっきの二人組は俺をこの男に売ったのだ。

 

 ……分かったぞ。この男はゲイなんだ。俺は売られてしまったのだろう。

 くそ、まさか男のちんこを受け入れることになろうとは……だが、生きるためだ。

 おそらく、こいつは「ケツを差し出せ」みたいなことを言っているに違いない。なら、ここでとるべき行動は一つだ。俺はベルトを外してズボンとパンツを一気に下ろした。


「さ、さぁ! 煮るなり焼くなり好きにしろ!」

「【】ºº-!」


 思いっきり殴られた。超痛い。どうやらこの男はゲイではないようだ。

 しぶしぶとズボンとパンツを履き直す。自慢の巨根をアピールできなくて残念だ。

 落ち着いて耳長男の様子を観察すると、しきりと奥の扉の方を指差していることに気がついた。……つまりあそこに入れということだろうか?

 恐る恐る男の様子を伺いながら、扉の方に向かって歩いていく。


「…………」


 何も言われない。このまま扉の奥に進めということなのだろう。

 しかし、俺はどこに連れてこられたんだ。周囲の様子を伺ってみる。

 ……ここはどうやらエントランスかに何かなのだろう。無機質な空間。コンクリートのような素材でできた壁と床。少なくとも娯楽施設の類ではない。あながち処刑場というのも間違ってないかもしれない。

 逃げるか? 敵は耳長男一人。

 この先に進んでしまったら……逃げ出すことも難しくなる予感がある。


「ちくしょおおおおおお! やるならここっきゃねぇ!」


 強面の耳長男に向かって殴りかかる。相手の方が体格は上。だが、やるしかない。

 瞬間、男がニヤリと笑ったような気がした。

 だが関係ない。男に向かって思い切り殴りかかる————ことができなかった。


「なんじゃこりゃあああ!」


 拳が男に届くことはなかった。なぜなら、俺の体がなぜか宙に浮いていたから。学生時代からよく浮いているなんて言われてきたが、まさか物理的に浮くことになるとは。 

 空宙でどんなにもがいても進むことも引くこともできない。

 強面の耳長男はそんな俺を見て笑っていた。そして、右手でなぎ払うような動作を見せる。————気がつくと俺は壁に叩きつけられていた。


「ぐっは!」


 痛い。女の子に平手打ちされた時の比じゃない。これ絶対に血が出てるやつや。

 早く立たないと……こんな場所から早く出ないと————俺は意識を失った。




『慶太さん(くん)?』


 カエデとマリさんの声が聞こえる。

 なんだか悪い夢を見ていたような気がするが……。

 夢? ……いや、違うだろ。飢え、痛み、あの全てが夢のわけがない。

 俺は地球ではないどこかの世界に飛ばされた。あちらこそが現実なのだ。だったら、一秒でも早く目を覚ます必要がある。


「……とりあえず生きてるな」


 見覚えのない天井。いや、この材質はあのエントランスで見たものと近しいな。やはりまだあの建物の中にいるのだろう。冗談みたいに重い体をなんとか起き上がらせる。

「牢屋みたいだな」


 あたりを見渡してすぐに察することができた。

 正面には鉄格子。それ以外は天井と同じ素材で囲われている。あとは汚いトイレと二段ベッドがあるだけだ。


「§¶【】!(やっと目を覚ました!)」

「!?」


 突然の声に驚きを隠すことができない。二段ベッドの上段から、見覚えのない青年が俺のことを見下ろしていた。

 ……こいつは耳長ではないな。見た目は普通の人間となんら変わりがない。

 だが、相変わらずその言葉を理解することはできなかった。


「§¶¶¶【……(ボロボロで運ばれてきたから死んでるかと……)」


 何を言っているかはわからないが、友好的な姿勢は感じ取ることができる。

 推測するに、ここは耳長以外の種族が閉じ込められる収容所のようなものだろうか。

 それなら同室の彼とは仲良くしておくに越したことはない。


「ハロー! アイムケータ・ソーダ! ワッチュアネーム?」


 とりあえず、身振り手振りを交えながらコミュニケーションをとってみる。

 英語も日本語もどうせ通じないのだが、なんとなく英語を使ってしまう。日本人って外国人と話すとき、こうやってカタカナ英語使いがちだよな。


「【】ºケータ・ソーダº?(えーと、名前がケータ・ソウダさん?)」


 同室の青年はこちらを指差しながらその名を繰り返す。

 お、左右田慶太が名前であることがきちんと伝わったみたいだ。


「イエスイエス! ケータ・ソーダ!」

「∞§¶!【(どうやら合ってるみたいっす!)」

「ワッチュアネーム?」


 こちらの名前は伝わったようなので、俺は青年を指差しながら名前を聞いてみる。


「】【¶?§ オイラー・キリエス(あ、自分の名前かな? 自分はオイラー・キリエスです)」

「オイラー・キリエス?」 


 青年が協調していた箇所をもう一度繰り返す。

 そうすると、青年は仕切りに頷いて嬉しそうな顔を浮かべている。

 よし、ひとまず名前は把握した。ここからコミュニケーションを繰り返すことで、この世界の言語を徐々に覚えていこう。同室が彼、オイラーだったのは僥倖だ。


「\≠-º】!!」


 オイラーとのコミュニケーションに勤しんでいると、鉄格子の向こうから野太い声が聞こえてきた。


「§∞¢™¢…(もうこんな時間か…)」


 その声を聞いて、明らかにオイラーの顔が陰りを見せた。

 内容までは推測できないが、このあとロクでもないことが待っているのは間違いない。


「ケータº§¢¢(ケータさん、強制労働の時間ですよ)」


 オイラーが手招きをしていることから、これは監房から出る必要がある時間ということか。あ、でもその前に……。


「オイラー。水をくれないか?」


 必死にジェスチャーをして喉が渇いていることを訴える。

 オイラーはしばらくごそごそしていると、小汚い巾着袋のようなものを取り出した。

 俺はお礼を言ってその巾着袋を受け取った。そして栓を抜いてその中身を流し込む。


「生き返る……!」


 これまで一日以上も水を飲まなかったことなんてなかった。中に入っていた水はぬるいし、なんだが土っぽい味がする。だが、今まで飲んだどの水よりも美味しかった。

 捨てる神あれば拾う神あり。俺はやはり恵まれている。

 生まれてこのかた自分が不幸だと思ったことは一度もない。このポジティブシンキングが常に未来を切り開いてきた。

 よし、なんだかこの異世界でも上手くやっていけるような気がしたぞ……!


「§§¢§!」


 鉄格子の扉が開け放たれる。そして、ここから地獄の時間が始まる。

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