3-4 社長、準備を始める
「…………」
「俺、この収容所から脱出するつもりなんだ」
さっきまであんなに笑顔だったのに、エルシィの表情は一瞬にして暗くなった。
この表情を見るだけで自分がしようとしていることが、どれだけ無謀だと思われているのかがよく理解できる。
「それを君に伝えたくて。ほら、ここを出てデートをするってなった時、会う手段がないと色々と困るじゃない?」
「……ここにいればいつでも会えるじゃないですか」
「いやーエルシィみたいな美女と会うなら、もっと格好をキメなきゃ。それに美味しいご飯も一緒に食べたいし、手を繋いで街を歩いてみたいな。やりたいことがたくさんあるのに、ここじゃそれが叶わないじゃないか」
「私、ケータさんに会って話せるならそれでいいです。どんな格好でもケータさんはケータさんですし、美味しいご飯がなくてもハーブティーならあります。街に出なくても手は繋げます……!」
「ははは、そう言ってもらえると嬉しいなぁ。———でも、これは俺だけの問題じゃないんだ。この収容所の囚人たち全員の命運がかかっている。俺だけの問題ならここでエルシィとの慎ましながらも満たされた日々を過ごしたんだけどね」
仕事も恋愛もどっちも取る。そう決めたからには覚悟が必要だ。
大円団を掴み取るには、それ相応のものを支払わなければならない。
「そんなの無理ですよ! ここから囚人の方を全員逃すなんて! ここに収容されている囚人は一○○人近くはいるんですよ!? それに仮にこの収容所から出ることが出来たとして、一○○人もの囚人をどこに逃すんですか!? 脱走がバレたらすぐさま治安維持隊が飛んできます。逃げ場なんてどこにもないんですよ……。捕まったら最後、どんなに目に合うか……」
「君と大手を振ってデートができるなら、それくらい問題ないさ」
改めて聞いてみると、自分がどれほど絶望的な状況に置かれているのか理解できた。
なるほど、確かに無謀だ。自分でもあまりに無謀すぎて笑えてくる。
でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。俺は生きる、生きたいんだ。こんな収容所で全てを諦めて死んだような日々を送るのはごめんだ。
「それでも……私は……ケータさんに生きていてほしいんです!!」
エルシィは涙を流し始めた。まったく、俺は何度この子を泣かせれば気がすむんだ。
俺に生きて欲しいと、俺と一緒に過ごしたいと言ってくれる女の子に、俺は…………何もしてあげることができなかった。
「俺は死なないよ」
かけられる言葉はたった一つしかなかった。
「……ケータさんと出会ってから、少しずつここでの暮らしが楽しくなり始めていたんです。こんな私でもここにいていいんだってそう思えたんです。それなのに……ケータさんがいなくなったら……私……!」
自分の好きな子がどんなに涙を流していても、一度やると決めたことを曲げることができない。それはこれまでの左右田慶太の人生を否定することになってしまう。エルシィが好いてくれている自分は、これまで何一つ曲げずに生きてきたからこそ存在しているんだ。
「なぁ、エルシィ。話をしてくれないか?」
「急に何を言うんですか……!」
「この間約束しただろ? 今度はエルシィの話を聞かせてくれるって。せっかくこうして会っているんだし、もっとエルシィのことを知りたいな」
かけられる言葉はもうないが、エルシィと話をすることはできる。
「分かりました。ケータさんの説得はひとまず後にします」
「ははは……後に……ね」
想像以上に頑固な子だな。
でも、芯が強い女の子は大好きだ。やれやれもっと好きになっちゃうな。
「決して楽しい話ではないですが聞いて欲しいです。私のこれまでの人生について。…………これを聞いたら私に同情してくれて、脱出を諦めてくれるかもしれません」
「聞かせてくれ、エルシィの生い立ちについて」
エルシィは昔を思い出すためなのか、ゆっくりと目を瞑った。
しばらくしてから、ポツリポツリと自分の過去について話し始めてくれる。