3-3 社長、準備を始める
俺とゼインはさっそく行動に移ることにした。
ゼインは信頼できる囚人たちに声をかけにいく。一方の俺はというと……完全に私的な理由で行動をしていた。
頑張ってくれているオイラーやゼインには申し訳ないと思っているが、俺は仕事も、そして恋愛もどちらも成功させたい人間なのだ。
二兎追うものは一兎をも得ず。
よく言われる言葉で、俺自身も間違っていないと思っている。だが、俺の解釈ではこのことわざは二兎追うことを否定していない。二兎追うなら覚悟を決めろ、そしてどちらも決して中途半端になるな。そういう戒めだと。
やると決めたからには全力で挑む。どちらも失敗、いや片方失敗することだって嫌だ。
——俺はエルシィに会うために収容所の中をコソコソと移動していた。
ゼインから『索敵』の能力をコピーしたのは、仲間の能力をきちんと把握しておきたいという建前こそ存在しているが、一番の目的はエルシィに会うためだった。許可なく自由時間中に医務室に立ち入ることは禁止されていた。
そのため、看守も囚人が立ち入らないように目を光らせている。しかし、常に看守たちが監視をしているかと言ったらそうでもない。タイミングさえ合えばいくらでも隙は存在する。そのための『索敵』の能力なのだ。
「(なるほど、これはなかなか便利な能力だ)」
頭の中に縮尺された円がイメージされている。この円の半径はゼイン曰く約一○メートル。その中にいる人物の属性を色分けして表示させることができる。
普通であれば一から色分け作業をしなければいけないそうだが、俺のコピー能力はゼインの色分けデータまでコピーしていた。緑が囚人、赤が看守。その他、個別で認識が必要な人物は特定の色を使っているとのこと。
おかげで看守の位置が丸わかりだ。これなら気付かれずに医務室にたどり着ける。
「(右の道から看守二名)」
物陰に隠れる。しばらくして二人の看守が右の道からやってきた。
頭の中で表示されている情報と現実の差異はない。
「(よし、いける!)」
タイムラグ等ないことが分かったので大胆に移動させてもらう。
どう転ぶにせよ、俺がこの収容所にいられるのはそう長くないはずだ。だから、その前にエルシィとしっかり話をしておきたかった。
理想を言えば、彼女と一緒にここを出たい。だが、エルフである彼女にはそんなリスクを冒すメリットはないはずだ。そればかりは仕方がない。
彼女には医者になるという夢があるのだ。それを邪魔するわけにはいかない。それでも、一度惚れた女性と生き別れになるというのはごめんだった。
————大きなトラブルもなく、医務室の入り口までたどり着くことができた。
「……エルシィ、俺だ」
医務室の扉を叩いた。エルシィは研修のためこの施設に住み込んでいる。女性用の部屋の用意がないため、医務室で寝泊まりしていると言っていた。
「ケータさん? なんで……」
「あんまりここにいると看守にバレそうなんだ。よければ入ってもいいかな?」
「あ、あのあの! いま寝巻きですし、化粧とか落としちゃってるんですが……幻滅しないでくださいね」
ゆっくりと医務室の扉が開いた。————囚人の俺を招き入れてくれた意味。彼女の信頼にはしっかりと答えないといけない。
「こんばんわ、エルシィ」
「……こんばんわです。……その、あまり見ないでください」
エルシィは顔を赤らめもじもじとしながら、こちらを上目遣いで見つめてくる。もうその仕草だけでリトル・ケータが少年から青年に成長してしまいそうになってしまうといのに、今回はそれだけではなくパジャマ姿というおまけつきだ。
普段のきっちりとした格好も好きだが、こういうひらひら可愛らしい服を着ているのは良い。
当然のように、リトル・ケータはもう大人になっていた。節操ない息子で本当にすみません……。信頼を裏切るようなことはしたくないのだが、生理現象なのでこればかりは勘弁していただきたい。
「それは無理な相談だなぁ。こんな可愛い子を見ないなんて不可能だよ」
「そ、そんなことないですよ! いつもと違ってすっぴんですし!」
「すっぴんにはとても見えないな。またエルシィの違った一面が見れて嬉しい限りだ」
「……ケータさんは女性の扱いが上手すぎます」
「それって褒めてる?」
「褒めてないです! いいようにされてるみたいで複雑です!」
怒った顔もかわいいなぁ……という言葉が出掛かったが口にはせず飲み込んだ。
エルシィの言う通り、俺はすぐ女性を誉め殺しにしてしまうので、言葉の一つ一つが軽くなってしまう傾向がある。
そのせいで、本当に思っていることが伝わらないのは悲しい。
「そんなつもりはないから安心して。ちょっと軽薄だったかな、ごめんよ」
「……でも、嬉しかったです。ありがとうございます」
「こちらこそ、招き入れてくれてありがとう」
「いえ、それで何をしに————その手!? どうしたんですか!?
「いやこれは」
俺はスッと両手の指を隠そうとするが、すでにもう手遅れだった。ゴブレットの拷問によって、醜くなってしまった爪を見られてしまう。エルシィだけには見せまいとしていたのに……なんたる不覚。明らかに注意不足だった。
「……ゴブレット所長ですか?」
「あぁ」
「こんなのひど過ぎます! さぞ、痛かったでしょう」
「いいや、まぁ蚊に刺された程度かな?」
女性の前で妙に格好つけてしまうのは男の性というもの。
まぁ、こうして傷を見られてしまったら何の意味もないのだけど……。
「そんなわけないじゃないですか! とにかく治療します!」
エルシィは俺の手をぎゅっと握ってきた。暖かい。男と違って小さく柔らかい手。スベスベしていて、いつまでも触れていたくなる。
「ははは、男の手を握って恥ずかしくないのかなぁー?」
「ふざけないでください! 私これでも怒ってるんですよ!」
「はい……(しょんぼり)」
この重い空気を何とかしようとしたが、余計なお節介だった。たしかにエルシィの表情は真剣だ。とても茶化していい雰囲気ではない。
「今度はなにをやらかしたんですか?」
「いや、まぁ……ちょっとゴブレットの提案を一蹴しちゃってさ」
「まったく、ケータさんは本当に『迎合』って言葉を知りませんよね」
「あ、それ嫌いな言葉の上位に入るな」
「——まぁ、それがケータさんらしいとも言えますけどね」
エルシィは笑っていた。よかった、あまり怒っていないようだ。
彼女と会うときはいつも何かしらの怪我を負っているので申し訳ない。
「相変わらず……すごい能力だ。今朝から感じていた鈍痛がどんどん消えていく」
「ふぅ、だいたいこんなところですかね」
先程まで血の色で真っ赤だった爪は、普段通りの薄ピンク色に戻っていた。
「ありがとう」
「これくらいしかできません……それじゃあ手を……って!」
「しばらく繋いでいたいな」
エルシィが手を離そうとしたので、その手を強く掴んでそれを拒んだ。
せっかく美少女と手を繋げるチャンス。それを逃すのは男ではない。
「は、恥ずかしいからだめです!」
しかし、その手は強引に引き離されてしまう。
さすがにやりすぎだった。エルシィは顔を真っ赤にして息を荒くしていた。
「ごめんごめん。悪気はないんだ」
「もぉ、ルール違反ですよ。……今でも心臓がドキドキしてます」
「じゃあ、手を繋ぐのはまたの機会かな」
「……検討します。それでケータさんはどうしてここに? 怪我を治すために来たって感じではありませんし。許可なく医務室に来るのは禁じられているのは分かっていますよね?」
このままエルシィと他愛もない会話に興じていたかった。
しかし、俺たちにはあまり時間が残されていない。仕方がない、本題に移ろう。
「エルシィにどうしても伝えたいことがあってね」