2-6 社長、脱獄を決意する
五分くらいしてエルシィが目を覚ました。
俺は紳士なので、気絶している女性の体に触れたりするような真似はしない。もちろん視姦はしっかりさせてもらった。女性のボディーラインというのは最高だ。
あの丸みを帯びたがフォルムが何とも扇情的だ。なぜ男は女性の体に惹かれてしまうのか。これをテーマに論文が一つ書ける自信がある。
「あれ、私……」
「大丈夫? 急に気絶してびっくりしたよ」
「…………ケ、ケータさん!? あわわわ、男の人に寝顔を見られちゃった!?」
「寝顔も可愛かったから大丈夫だよ」
「くうう〜」
エルシィは茹でだこになっていた。いかんいかん、ちょっとは考えて発言しないと。俺という人間は、女性を見たら無意識に褒めてしまうからよくない。
褒め慣れていない娘からすれば、いきなり超巨大特盛パフェを食べさせられているようなものだ。それは胸焼けもするし、なんなら気持ち悪いとも感じるだろう。
「さっきは急にハグしたりしてごめん。嫁入り前の娘さんにすることじゃなかったね」
「いえ、その……ケータさんが嫌とかではなく! 胸がドキドキしすぎて苦しくて……もう訳がわからなくなってしまって……気がついたら意識が……」
——————ふぅ、あぶないあぶない。
もうちょっとでキスしてしまうところだった。
変態? 性獣? 性欲の権化? 何とでも言ってくれ。こんな美少女が、こんな可愛いことを口にしたら、普通の男なら我慢できないからな。もうギンギンよ。
だがまぁ、一応これでも理性がある人間なので行動には移さない(これが左右田慶太と性犯罪者の唯一の違いだと思う)。
「エルシィからそう言ってもらえるのは光栄だな。こうしてエルシィと話せるなら、いくらだって怪我してもいいって思えるよ」
「ケータさん」
俺の発言を聞いて、エルシィが少しばかり怖い表情をする。
「あはは、どうしたの怖い顔して」
「私、なるべくここに来ないようにって言ったじゃないですか! まさか、こんなすぐ、しかもボロボロで運ばれて来るとは思いませんでしたよ!」
「いやあの、それはどうしても君に会いたくて」
「ケ ー タ さん?」
ひぃ、ぶるぶる……エルシィが凄まじい形相で睨んでくる。
これは明らかにマジギレ。左右田慶太は女性のマジギレに対しては、萎縮してしまうという悲しい性があった。うん、我ながらめちゃくちゃダサい。
「す、すみませんでした! あの自分、持ち場に帰ります!」
「待ちなさい」
ガッシリと肩を掴まれる。想像以上に力が強く、逃げることができない。
「エルシィさん、命だけは!」
「……なんで助けた人の命を奪わなきゃいけないんですか。違います。その、あれですよ。あんまりすぐ動いたら体にもよくないですし……せっかくのお話しする機会ですし……べ、べつにどうしてもケータさんと喋りたいとかそんなことじゃないんですけど、もう少しここにいてもいいんじゃないかなと」
——————ふぅ、あぶないあぶない。
もうちょっとでプロポーズしてしまうところだった。
可愛すぎる! あまりの可愛さにもう頭がどうにかなってしまいそうだ。
「そうだね。少しは安静にしていた方がいいだろうし。少しお邪魔させてもらおうかな」
そう言うとエルシィの表情がぱーっと明るくなる。
本人は必死にそれを隠そうとしているみたいだが、もうバレバレだった。
この気持ちをを何と形容すれば良いのか。今まで一度も使ったことがないが、これがいわゆる「萌え」ってやつなんじゃないだろうか。
「………やった。じゃ、じゃあ私、お茶でも入れてきますね! ケータさん、ハーブテイーって苦手じゃないですか?」
「エルシィが入れてくれるなら、どんなものだって好物だよ」
「また調子の良いこと言うんですから」
エルシィは嬉しそうにしながらお茶の準備をしてくれた。
ああ、幸せだ。こんな時間がずっと続けばいいのに……なんて思ってしまう。
「エルシィの入れてくれたお茶は最高だなぁ」
「……こんなことでしか労をねぎらうことができません。ロブナードさんから聞きました。囚人の子供を守るために、あんなにボロボロになってしまったんですよね」
「いや、それだと俺が義憤のもとに行動したみたいじゃないか。違うんだ、これは完全な私憤……私的な怒りに過ぎない。俺は力を持った人間が、弱い人間に対して力を一方的に行使するのが許せないんだ」
特に大人が子供に暴力を振るうというのが一番嫌いだった。そういった事件をニュースやネット記事などで目にすると怒りのあまり体が震えた。子供というのは守られるべき存在だ。それをきちんと遂行するのが大人の役目であり義務だ。
「優しいんですね」
「違うんだよ。エルシィ……これは……」
「違わないです。ケータさんが否定しても、私が感じたことを否定はできません。だって私がそう感じることができたのは、ケータさんが行動に移したからなんです。口ではどんな立派なことだって言えます。でも、それを行動に移せる人は少ないです」
捨て猫を可哀想と思う人はたくさんいても、実際に拾う人は少ない。
エルシィが言いたいのはそういうことだろうか。
「……そんな風に言ってもらえるならボコボコにされた甲斐があったよ」
「けど、怪我をするのはやめてくださいね」
「僕は死にましぇん! あなたが好きだから!」
「………………」
「すみません」
ゴミを見る目で睨まれた。まさかエルシィからこんな目を向けられるなんて。だいぶ打ち解けてきたなと思う反面、ちょっとした恐怖心のようなものが芽生え始めた。……うん、あまり下手なことは言えないな。
「……あのケータさんのことについてもっと教えてもらえませんか? ケータさんのことをもっと知りたいんです。——あ、子供の頃の話とか聞いてみたいです!」
「どうかな。あんまり楽しい話ではないかもしれないけど」
「それでも聞きたいんです」
————女性からの頼みごとは断れない。
仕方がないな。いい機会だ、改めて自分の幼少期を振り返ってみよう。