2-3 社長、脱獄を決意する
翌日。
現場監督と対立する恐ろしさを理解し始めることになる。
「お前はあそこを担当しろ、今日一日」
「…………承知した」
囚人の持ち場はロブナードが完全に管理している。言い渡されたのは、囚人の間でも過酷ということで通っている作業場だった。普通は二時間おきに交代で担当するのだが、そんな場所で一日働くように命じられる。
その宣告を受け、周りの囚人たちがヒソヒソと会話を始めた。
「あれ、懲罰的な配置だろ?」
「あいつ、なにかやらかしたのか」
「監督に目をつけられたくねーし、あいつには関わらないでおこう」
囚人たちは腫れ物をみるような目をこちらに向けている。最悪だ。これで脱出のための仲間集めは難航するだろう。……ここまで計算尽くか。
「さっさといけ」
ロブナードに促され、俺は過酷な作業場へと繰り出される。
文句は腐るほどあるがやるしかない。
ここを出ると決めたんだ。挫けるわけにはいかない。
噂通り、作業は過酷だった。身体中が悲鳴を上げているのがわかる。それでも無理にでも体を動かさないと自分の身が危険に晒される。
肉体、精神を共にすり減らされるような作業がずっと続いた。休憩の時間も最低限しか認められない。これがロブナードと対立する恐ろしさか。
作業が終わり、水浴びと食事を済ませ、監房の寝床につくと体の力が一気に抜けた。
「ケータさん!? 大丈夫ですか!?」
オイラーとは今日一日別行動だった。
心配そうな顔でこちらの様子を伺っているのを何度も確認できたが、ロブナードの矛先がオイラーにも向かないように無視を決め込む他なかった。
「……だらしないぜ。気を抜いたら寝ちまいそうだ」
「無理もないですって! 今日くらい休んだらどうですか? おそらく明日も同じような作業をさせられますよ」
「だめだ。一日も無駄にできない。今からロブナードのところに行く」
「ケータさん……」
オイラーは悔しそうに歯をくいしばっていた。
きっと、自分には何もできなくて申し訳ない、そんなことを考えているのだろう。
「おいおいオイラー、なんで申し訳なさそうな顔してるんだよ。お前にはやってほしいことがあるんだ。そっちを対応してもらえないか」
「ほんとですか!? なんでも言ってください! 自分ケータさんの力になりたいです!」
「……ありがとうな。お前の能力を使って、看守と囚人の能力を探ってほしい」
「分かりました! 任せてください!」
オイラーは嬉しそうな声で返事をすると、勢いよく監房の外に駆け出して行った。
————人というのは期待されないと自信を喪失してしまうことがある。小さなことでもなんでもいい、相手に頼み事をするというのは相手を認めることだ。
それだけで自分はここにいても良いんだと思える。自信を保つことができる。何をするにも自信は重要だ。勉学、仕事、恋愛。この世の中は自信家に有利にできている。
だから、俺は部下に頼み事をするし、積極的に仕事を振るようにしていた。
もちろん、ただの指示待ち人間にはなってほしくないので、相手の性格、年齢、経験を考慮した上での対応にはなるが。
「さて、俺もしっかりと上司の務めを果たさないとな」
上司の仕事はただ一つ。部下に格好の良い背中を見せることだ。
ロブナードのいる独房まで向かう。
自由時間の収容所は活気もなく静まり返っている。強制労働でくたくたになっているので騒いでいる余裕もない。そして何よりも娯楽らしいものが一つもなかった。
クタクタになるまで働き、あとは寝るだけ、もちろん休日すらない。……そんなの人間の暮らしじゃない。
だから何としてでも、俺はあの男を説得しなければならない。
「……なんだ。昼間の文句でも言いにきたのか?」
「!?」
ロブナードの独房に近づくと、中からいきなり声をかけられた。突然のことに驚きを隠すことができない。……ロブナードはどうやって俺の姿を確認した?
「それとも謝罪に来たのか? ……まぁ、初回だしな。謝るって言うなら許してやるが」
——今はそんなことどうでもいいか。
ロブナードのバカみたいな勘違いを正すのが先だ。
「最初会った時にも言ったろ? 俺は無闇に頭を下げない。俺は何一つ間違ったことをしていないからな」
「なら、何の用だ。お前と話すことなど一つもないが」
壁越しに会話をしていたが、ようやくロブナードが姿を現した。相変わらず凄まじいガタイの良さ。絶対に喧嘩をしてはいけない相手だ。
こんなやつを殴り合いをしていたなんて我ながら恐ろしい。
「そうか? まず女の話とかさ」
男と仲良くなるのは簡単だ。下ネタを話せば三十分で親友になれる。
まずはロブナードと仲良くなってみよう。やはり交渉ごとには信頼関係が必須。まずは関係を築こうではないか。
「女に興味はない」
「いやいや、まさかゲイってわけじゃないだろ?」
「……………………………」
「マジで!? だから俺のことをいやらしい目で見てたのか!」
「…………………うるさい」
「冗談で言ったのに!?」
まったく、俺も罪な男だぜ。女性だけではなく野郎の心も射抜いちまうんだから。
「……そんなことが聞きたかったのか」
「ちょっと面食らったがべつにそれについては構わない。……なら、惚れた男の頼みってことで、ここから脱出するのに協力してくれ!」
「断る。それとこれとでは話が別だ」
「さすがにダメか!」
「それが話なら帰ってくれ。懲りないようだから、明日はもっと仕事量を増やす」
そう言って無理やり追い返されてしまう。だが、これで諦めるわけにはいかない。
これは勝負だ、ロブナード。俺が先に折れるか、お前が先に折れるかだ。
言っておくが、俺はそう簡単には諦めないぞ。しつこさ日本一だ(ここは日本じゃないが)。