2-2 社長、脱獄を決意する
「少し話がある」
過酷な労働が終わり自由時間がやってきた。さっそく、俺はロブナードに声をかける。ここを全員で脱出するために力を貸してほしいと————協力を求めるために。
「……お前か。ちょうどいい。俺からもお前に話があったんだ」
「まさか愛の告白なんて勘弁してくれよ?」
「ついてこい」
「冗談が通じないなー」
念のためオイラーは置いてきた。これからはなるべく、オイラーとは別行動をするようにと決めている。共倒れだけは防がなければならない。
「…………」
「なぁ、どこいくんだよ」
ロブナードはただ一言も発さずに黙々と歩いていく。
向かっているのはどうやら水浴び場の方みたいだ。この時間には人気がなく内緒話をするにはもってこいの場所だ。さて、狙いは何か。
「それで、お前の話ってのはなんだ?」
水浴び場に着くと、ロブナードは間髪入れずに問いかけてきた。
「単刀直入に言う。ここから全員で脱出するのに協力してほし————」
一瞬。ロブナードはこちらまで距離を詰め、巨大な腕で殴りかかってきた。なんとか躱すことができたが、まともに食らっていたらどうなっていたか。
「何をする!」
「……お前の存在は目に余るんだよ」
「ふざけるな! 何が問題だって言うんだ!」
俺の言葉を無視して、ロブナードは再び殴りかかってくる。
くそ、避けているだけじゃ勝てない。こうなったらやるしかないのか。まともに殴り合った経験などないが、見よう見まねでファイティングポーズをとる。
相手との間合いを意識。とにかくカウンター狙いだ。こっちは素人なので、悪いが遠慮なく顔面を狙わせてもらう。
「前にも言ったはずだ。ここにいる以上はルールを守れと」
巨漢のわりにロブナードは身軽だ。間合いを意識して離れるとすかさず距離を詰めてくる。このまま逃げ続けるだけでは埒があかない。
「そのルールがおかしいんだろ!」
「お前の勝手で他のやつが不幸になる」
「ここに囚われてることが一番の不幸だろ!」
ロブナードとの終わりのない鬼ごっこ。
カウンターを狙おうにも隙はない。逃げているだけで精一杯だった。
「ああそうだ。だが、数秒、数分、数時間、数日、数ヶ月は長く生きれる」
————カチンときた。逃げるように距離を保つのはやめた。
正面から受けてたってやろうじゃないか。
「そんなのは生きているって言わないんだよ! 生かされているだけだ!」
拳を堅く握り、ロブナードの顔面めがけて突っ走る。
俺たちはいつか死ぬ。それは避けようのない運命。なら全力で生きなきゃダメだろ。人生の主役は自分だ。自分しかいないのだ。誰かにそれを委ねるなんて御免だ。一回きりの人生。やり直しはない。過去にも戻れない。
今。今しかない。過去も未来もない。俺たちがやることは「今」を生きることだ。それが輝かしい未来を創っていく。
だから、ロブナードの命を浪費する姿勢は断じて受け入れられない。
「お前は『死』を知らないだけだ……!」
「ぐっは!」
腕の長さ、リーチが全く違った。やつの懐に入ることもなく殴り飛ばされる。
一対一の喧嘩はやはり体格がモノを言う。
「テメェが死ぬだけならいい。そんなのは勝手さ。意地、信念、矜持、なんでもいい好きな理由で死ねよ。だがな、お前のエゴで大勢が死んでいい理由なんて一つもねぇ!」
最悪だ。口の中が切れて血の味が広がる。アドレナリンのおかげで痛みはあまり感じないが、視界がひどく狭くなっているのが分かった。
「お前の視点はズレてる! 怒りの矛先がおかしいだろ!」
「お前が暴走したところでこの状況は変わらない……むしろ悪くなる」
ゆっくりとロブナードが近づいてくる。
やはり、一発殴っておしまい。そうは問屋が卸さないようだ。
仕方がない。こうなったら捨て身だ。窮鼠猫を噛む。
「そこでなにをやっている!」
——そんな俺の覚悟を無下にするように、幕引きはあっけないものだった。
一人の看守が威嚇するような声でこちらまでやってきた。
「……すみません。ちょっと個人的なことで」
「てめぇーらが何しようが構わんが、俺らの目の届く範囲から出るんじゃねー!」
「申し訳ありません」
さっきまでのあれは夢だったのか。そう錯覚してしまう程、ロブナードは畏まっていた。なるほど。これがこいつの信念というわけか。……納得はできない。しかし、こいつにはこいつなりの意地があるということは理解はできた。
やはり、ロブナードの存在は作戦を進めていく上では必要不可欠だ。
「分かったならさっさといけ!」
「はい。……おい、お前も今日のところは大人しく戻るぞ」
「そいつは置いてけ! こいつは何かと反抗的だから、俺の方でみっちりしぼってやる」
「分かりました」
ロブナードは一度、こちらを睨み付けるとスタスタと監房の方へ向かっていた。
やれやれ。結局は殴られる相手がロブナードから看守に変わっただけか。
「……………………ケータさん。自分っす、オイラーです」
「うお!」
看守からの暴力に甘んじようと思っていたのだが、そこに看守の姿はなくなり、よく見知った人物が立っていた。
「心配になってここまできたんです。どうやら正解でしたね」
「……全然、気がつかなかったぜ。その服はどこから?」
「実は潜入用に看守の制服を隠し持っているんです」
顔や体格はオイラーに戻っていたが、服装は看守の制服のままなので気になって聞いてしまった。しかし、なるほど……オイラーが看守の部屋から酒を盗んでこれるのにはこういった下準備があったわけか。
「いやー、とにかく助かったよ。ありがとう」
オイラーの助けがなければ、あのままボコボコにされていただろう。
「すみません……自分もこんなことになるとは予想もつきませんでした」
「いや、いいんだ。全く備えてなかった俺が悪い」
こうなることも予想できたはず。自分の世界に起きる出来事、その全ては自分の責任だと考える。すべてが自分の責任だと思えば、改善のしようはあるだろう?
運命なんて一ミリも信じていない。自分の歩いている道も、歩いてきた道も、これから歩く道もすべて自分で選び取ったのだと思いたい。
だから、俺は決して責任の所在を自分以外には押し付けない。
「しかし、ロブナードさんの説得が失敗したとなると……」
「ん、何言ってるんだ? 失敗なんかしてないぞ」
「いえ、だって明らかに対立してたじゃないですか……!」
「ははは、あんなの対立のうちに入らないって。それに対立的な仲間がいたっていいだろ?」
社長をやっていた頃、毎日のように副社長と喧嘩をしていた。性格や考え方が真逆だったのだ。そりゃ何も喧嘩が起きないってほうがおかしい。
だが、それでも俺たちは互いをリスペクトしていた。互いに持っていないものを持っていたから。もちろん、今思い出してもムカつくことは数え切れないほどあるし、仮に再び会うことがあってもまた喧嘩する自信がある。
それでも同じ夢をもっていたから信じ続けることができた。俺はもうあの会社に戻ることはないが、きっとあいつが社長をやってくれているなら大丈夫なはずだ。
ロブナードからは副社長と同じものを感じた。だから説得するのをやめる気はない。
「……そうっすね。自分もいいかげんケータさんに慣れてきました」
オイラーは苦笑いをしている。うん、いい感じに俺の部下っぽくなってきてるな。
社長をしていた頃、部下の苦笑いを何度見たことか(笑)
「しかしまぁ、対人戦闘の訓練は少ししておいた方がいいかもな」
また一つ課題が見つかった。