1-1 社長、異世界に行く
好きなものが三つある。
酒、金、女だ。
これが好きじゃないっていう奴は男じゃないと思っている。
ただし酒だけは異論を認める。酒ってやっぱり健康上よくないからな。
だが、残りの二つに関しては否定させない。
金より大事なものはない……なんて言うのは綺麗事だ。
そんなことを言うのは金に困ったことがない人間だけだ。金がない時、心に余裕なんてものはない。高潔な精神だけで飯は食えない。
そして、女については言うまでもないな。「女なんて興味ないから!」なんて吠える奴もいるが、あれは言うまでもなく嘘だ。
手に入らないから、初めから必要なかったんだと言い聞かせているだけ。くだらない矜持。
そんなプライドを見せる暇があったら、女性に一人二人と声をかける方が建設的だ。
以上のことから、俺はとにかく酒、金、女が好きなのだ。
————そして幸運なことに、その全てを手にすることができていた。
「慶太さーん、これ開けてもいー?」
「んあ? いいよ」
カエデが手に取ったのは三桁の高級ワイン。もちろん単位は「万」だ。
ちなみにカエデは恋人の一人だ。とあるパーティーをきっかけに知り合った。顔もスタイルも申し分ない。かなり天然だが、一緒にいると楽しい気分になれる。
「あれ、これってどうやって開ければいいのー?」
「コルク抜き使ったことないのか。ほら貸してみな」
「きゃー、慶太さん。やっさしー!」
まったく本当に調子がいいやつだ。さて、コルク抜きはどこにしまったかね……。
「慶太くん、それくらい私がやるわよ?」
「マリさん。そんな気使わなくて大丈夫だって」
コルク抜きを探していると、マリさんがわざわざ立ち上がってこちらまでやってきた。
マリさんも恋人の一人。行きつけの歯医者で受付をしている。こんな綺麗な人が受付をしていたら声をかけない道理はないだろう?
「年上の言うことは素直に聞きなさい」
「マリさんには敵わないなー。じゃあお願いしてもいいかな?」
ワインを開けるのは麻里さんに任せることにする。
俺はもう一度ソファーに腰掛けた。やはり高い金を出しただけあって、体にフィットするような作りになっている。
「慶太さんってそのうち絶対刺されるからね、女の子に」
少しむくれた顔でカエデが詰め寄ってくる。
「こればっかりはなぁ。いろんな人が好きになっちゃうんだよ」
「普通にさいてーですよ!」
「でもほら、カエデもマリさんも納得してくれてるわけでしょ? この関係に」
『…………』
おっと、二人の沈黙が恐ろしいな。
許容してくれているとはいえ、気分がいいものでないと言うことは察しがつく。
こんなことが許されているのも俺に魅力があるからだ。
左右田慶太。二四歳。ITベンチャーでCEO……代表取締役社長を務めている。
二十歳の時に立ち上げたアダルトグッズのレンタルサイト『ERO』が大当たり。俺は弱冠二十歳にして、一企業の社長として名を馳せることになる。
それからも俺の進撃は止めらない。今ではアダルトグッズ専門のECサイト『ボルネオ』を運営しており、日本の男性たちの性的な欲求を満たすことに多大な貢献をしている。
普通のサラリーマンが一生をかけて稼ぐような金額はすでに稼いだ。同年代が少ない手取りをやり繰りをしているのを尻目に、高級タワーマンションの最上階で女性をはべらせている。
カエデやマリさんが金目当てで付き合っているとは言わない。社長になる前からかなりモテた。俺は自分に人間的な魅力があることを重々承知している。
しかし、この地位がなければ美女二人と同時に交際することは不可能だっただろう。
いや二人……というのも実は……
「この流れで言うことではないと思うが、二人に報告がある」
『また新しい女!?』
息ぴったりだった。
「まだ何も言ってないんだけど……」
『違うの!?』
「……………………いや違くないです」
女絡みのことに関しては信頼がないのだ。
数ヶ月に一度くらいメンバーの入れ替わりがよく発生するのだ。そのことに古参(?)の二人はもう慣れてしまっているのだろう。
「それでー? 今度は、またアイドル? モデル? それとも女優ですかー?」
「いや芸能関係はもう懲り懲りだよ」
芸能の世界で生きている女の子というのは超、超、超、超我が強い。
そのせいでカエデやマリさんと馬が合わずに、短期間で破局してしまうのだ。
「慶太くん。さすがに女子高生とかは勘弁してよ?」
「俺の守備範囲はゆりかごから墓場までです!」
「本当に節操がないわね。で、ほんとにJKなの? さすがにおばさんには眩しすぎるわ」
「マリさんはおばさんなんかじゃないです。こんな世界一キレイな人は他にはいません」
俺はマリさんの元まで駆け寄って手を握る。そしてこれでもかというくらい見つめる。
「もぉ〜ほんと、慶太くんは悪い男ね」
「あのーあのー、慶太さーん。それじゃあ私は二番目ってことですかー?」
マリさんが満足げに微笑んでいる一方、カエデが不貞腐れている。
「違う違う。カエデは世界一可愛んだよ」
「そ、そんなこと言っても信じませんからねー!」
美女二人ときゃっきゃうふふ、これは俺がここまで上り詰めたからこそ見える景色。
最高だ。人生というのは素晴らしいゲームだ。勝者にはこの上ない愉悦が用意されている。
————インターホンが鳴った。
「お、噂をしたらようやく来たみたいだ」
『女か!』
カエデとマリさんは申し訳ないが一旦放置。
通話ボタンを押して、訪ねて来た人物とコンタクトを取る。画面に映し出されたのは、これもまた美しい女性だ。マリさんが包容力のある美人だとしたら、この人はどこか危うさを内包しているような美人。……つい先日から交際関係を持った女性だ。
「あれ、鍵渡しましたよね?」
「初めて伺うのに、そんな大胆なことはできませんよ」
「気が利かなくて申し訳ないです! それではエレベーターのところまで迎えにいきますので、ひとまず建物入ったら最上階まできてください」
「分かりました。ありがとうございます」
通話ボタンを切る。
「……というころで迎えに行ってきます」
『もう勝手にしろ!(しなさい!)』
それから四人でバカみたいに酒を飲んだ。
成功者しか味わうことができない特権を味わい尽くした。
あとは三人の恋人たちと最後のお楽しみをするだけだったのだが、冗談みたいに眠くて目を開けていることができなかった。
最後の記憶は、フラフラになりながらソファーにダイブしたこと。
それから……それから……それから?