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明日から魔法使いになる僕に  作者: 明日葉 叶
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HYENA

「私、所長の角倉と申します。あ、名刺の方、頂戴させて頂きます。」

 隣の所長は新調したであろう茶色いスーツを着て、いつになく七三の髪型をきっちり分けている。

「こちらこそ。私、社長の風間と申します」

 一方、昨晩酒を共にした風間さんは派手目のスーツに青のネクタイ。シワひとつない。

 外は陽光で影がくっきりアスファルトに映るほど暑い。巨大なガラス窓から見下ろすスクランブル交差点のサラリーマンは、サウナにでも入っているような風貌で見ているこっちまで暑苦しい。

 まぁ、こっちはエアコンが絶え間なく涼やかな風を循環させてくれる応接室だからそんなことも本当はないんだけど。

「……泉くん」

 所長の睨みはそとの日差しより暑い。が、刺さりかたがこちらは鋭い。

 ヤバい。

 内勤の自分が大手企業の社長から案件をいただける。所長はそれが気に入らないらしい。朝礼の後、昨晩のことをかいつまんで……もちろん「話せる範囲内で」なんだけど、話したら眉間に皺を寄せて疑念の表情で見てきた。

 挨拶は自分一人で、と断りを入れたはずがどうしてもとついてきてしまった。

 所長の攻める口調に、あわてて内ポケットから名刺いれを取り出そうとスーツに手をいれる。

「あ、あの。申し遅れました私」

「あぁ、いいよ泉くん。君の番号も知ってることだし」

 はっとして前を見ると、風間さんが僕の動きを制するように掌を軽く前に出していた。

「電話番号? 泉くん。君は一体いつ風間社長と知り合いに?」

 所長は僕を疑いの目で眼鏡の下から覗く。

「いや、えぇ……と」

「妻の大学時代からの旧知の中で、以前わが社の商品が受注が予想越えて品薄になり、代替え品を手配してもらったことがあるんです。いやぁ、あの時は本当に助かりました」

 助けに船。嘘も方便。よく言ったものだ。

 しかし、いたずらに「彼女」を引っ張り出すのはいささか不安が残る。

「しかし、人のつながりとはわからないものですなぁ。こんな何の趣味もない仕事人間に女性の知り合いがいて、その旦那様がこんな大企業の社長さんだなんて。私も泉君の上司として鼻が高い」

 終始和やかに、そして何事もなく終わってくれと毎日願うようにアパートを出ているのに、僕の願いは神様に聞き入れてもらえないらしい。和やかなのは表面だけで、所長の心情はきっと僕に対する嫉妬で燃え上がているに違いない。

「泉君、社長を目の前にどうして君は名刺交換一つできないのかね? 社会人として当然の技能だろ? このような案件に恵まれたからこれからしっかりしてくれと言いたいところだが、これではわが社の顔に泥を塗ってしまいかねない……。社長、どうでしょう? この案件は私が受け継ぐというのは?」

 これも営業の人間から何度も聞いている。所長は下の人間の成果を平然と毟ると。

 食い気味に前傾姿勢で社長の返事を今か今かと目をぎらつかせている門倉所長が金の亡者に見えたのは、きっと間違いじゃない。

「いえ、これはあくまで泉君という人間に私が惚れこんだからこそお願いした案件なので……」

「ですが彼は内勤で、あくまで物の受注と発注をする担当でして……」

「今は、ですよね? これから泉君に起こるかもしれない物事に、泉君は対応していかないと社会では生き残れない。それとも、門倉所長はかわいい部下を育てるおつもりはないと?」

 風間さんにすごまれると、門倉所長はけんかに負けた犬みたいに小さくなって着席した。

「社長、そろそろ本題に」どうにか早くこの状況から抜け出したい僕は、出すつもりのない口を挟んでしまっていた。

 風間さんのあの発言のあと、門倉所長は苦虫を潰したような顔をして黙ってしまった。

 部下を育てるつもりなんか一切ないなんてとても口が裂けても言えまい。

「泉くん。せっかく社長が泉くんを思って誰かいい人を紹介してくださろうとしているのだぞ?」

「所長、泉くんは仕事熱心なようですね。わが社に欲しいくらいだ」

「わっはっは。泉くん。目の前でヘッドハンティングとは、君もすみに置けんなぁ」

 こういう場で話すのは慣れていないせいで、すっかり風間さんと門倉所長のペースになり、話は脱線して昨晩二人で交わした密約に抵触しそうな内容になってしまっていた。

 いつ口を滑らせてしまうんじゃないかと内心ひやひやしていたけど、風間社長だけはひょうひょうとした態度で逆にそのリスクを楽しんでいさえしていた。


「以上が本日お持ちしたわが社の主力商品の半導体。その名も「判、どうだい?(契約催促的な意味合いで)」……なんちゃって」

 またやってるよ……。

 応接室のソファー。沈む腰。冷えた空気。涼やかな観葉植物。

 所長は毎回この商品を持ち出すと営業先でこれをやるらしい。しかも自分で笑ってごまかしてるから誰も笑わない。この渾身のギャグが営業成績にプラスで影響したことはない。

 こりゃダメだ。

 僕は次の商品サンプルを鞄から取り出す。

「面白いですね、それ」

 意外な言葉に僕は顔を上げた。

 風間社長が蘭々とした瞳に角倉所長の茶番劇を映していた。

「それ、貸してください」

 どちらかというと有象無象の半導体より角倉所長のキテレツな行動に興味を引かれたらしい。

「判、押すね」

 オリジナリティーと判子を押す動きが加わり、角倉所長ですら唖然としている。

「い、いやぁ、さすが所長。ギャグのセンスもおありのようで。なぁ、泉くん?」

「え? えぇ……、あぁ。」

「えぇあぁじゃないだろ。まったく君は、社長の前で恥ずかしくないのか?」

「まぁまぁ、これから泉くんにはお世話になるんで」

「これからと申しますと?」

「もちろん、判子、押しますよ」

「ありがとうございます」

 角倉所長は満面の笑みで風間社長と硬く握手を交わした。


 定期的に新商品を持ってくること。担当は僕で。

 それが風間社長がわが社の商品「判 どうだい?」を扱う条件だ。ていうか、商品名もこの名前。うちの会社はどうかしてる。

「いやぁ、見事に私のギャグの力だな。泉くん。くれぐれも真似しないように」

 帰りのタクシー。僕は上機嫌の角倉所長を他所にスマホに視線を落としていた。

【これで君の懐も暖まるだろ? デート代くらいにはなるはずだ。早速来週、妻を食事に誘ってくれないか?】

 やたら絵文字が多いLINEのメッセージ。

 嫌な予感は的中した。なんとなく来ると思ったんだよ……。

 夕刻の帰宅ラッシュに三車線は大渋滞。

 スーツ姿の男たちは横断歩道の赤信号を前に、しきりに腕時計を気にしている。

「ねぇ、聞いてる?」

 角倉所長が商談前に噛んでいたミンティアが効力をなくした。異臭がこっちまで漂ってくる。匂いは口から放たれ、こんなこともあろうかと開けておいた車窓へと流れる。僕を通過するのは誤算だった……。

「あ、すいません。ボーッとしてて」

 つい、正直に言ってしまった。

「あのさ、さっきから何? 社長の前では話聞いてないし。俺んときはスマホ見やがって。……もしかしてお前最近なんかあったとか!? まさか彼女でもできたか!?」

 あわててスマホを鞄に隠す。

「ち、違います」

「……お前何慌ててんの? ちょっと見せろ」

「イヤ、絶対ダメですって」

「いいから見せろって」

 子供の押し問答に僕は必死にスマホを守る。決して見られてはならない。が、あちらも必死に食い下がる。

 次の瞬間、急ブレーキに車内は揺れた。

「んだよ、あぶねぇな。もう少し安全に運転出来ねぇのかよ」

 角倉所長は平謝りする運転手に激を飛ばす。

 目の前の横断歩道から人盛りがわっと動き出し、アフリカ大陸のヌーの大群のごとく一点を目指し前進していく。

 サラリーマンの群れの中。ふわりと動く感じのいいロングスカート。

「あ……」

 ボストンバックを抱えた「彼女」に僕は息を飲んだ。瞬間、こちらに気づいた「彼女」が手を小さく振る。

「え? 誰? 知り合い??」

「あ、あの……。彼女です」

 彼女に二つの意味があることを、僕は心底恨んだ。

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