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明日から魔法使いになる僕に  作者: 明日葉 叶
2/15

今日から魔法使い

PM11:57

 近頃忙しい。その上話の通じない上司にこちらの今の状況を説明しなくては仕事は先に進まない。こちらの状況を理解してくれない相手に、どうやって状況説明しろというのか……。

 そんなこんなで溜め込んだストレスはこうして酒と一緒に飲み下す。

 何がいい加減君も身を固めたらどうだ? 守るべき存在が人を強くする。わが社としても君のような人材にはもっと頑張ってもらいたい。だか。だったら休みくらいよこせ。そもそも資格取ったら給与アップの話はどこに消えた? やっぱりあの会社は人のやる気を餌に延命しているナマケモノにちがいない。ナマケモノはああ見えて地に落ちたときの行動は早い。その辺もなんかにている。他の野生動物に襲われないよう、我先に木に登るのだ。

 空いたボトルは昨日とあわせて三本。ため息の数だけグラスが進んだ。

 薄暗い寝室。ベッドに横になりながら酒を煽る。ぼんやり光るスマホを片手に今日も検索「会社 行きたくない」「転職」最早ここ最近のルーティーンになっている。

 僕の手の中では、同じようなこと考えてる奴等の当たり障りのないアドバイスがWebに広がっていた。

 タップ。スライド。タップ。無尽蔵に溢れかえる文字のデータ。それは悲しいほどに同じ内容の文面を繰り返しているだけだった。「会社に行きたくなければ無理しなくてもいい」じゃ、誰が責任とってくれんのよ?

「鬱の可能性は?」会社なんてそんなもん風邪より軽い扱いだ。

 ピッ。

 ベッドの脇の小さなテーブルにはデジタル時計がおいてある。その時計が静かに「タイムリミット」を告げた。

 6月7日。僕は浮いた話ひとつなく三十路になった。その事実に思わず瞼に腕を乗せ視界を消す。不都合な事実ごと世界を揉み消す。

〈君も30までに結婚しなよ?〉

 これは大学時代たまたま知り合った女友達から一年前に言われた言葉だ。その時はまだ余裕があった。一年あれば。明日は。今月は。気づけば単調な一年なんてなんの価値もなくただ過ぎ去った。あの上司に踊らされて僕は会社のために喜んで一年を無事に棒に振った。

 そんなことを考えていると視界の隙間からぼんやりとした光が浮かんだ。と同時にあまり聞きなれない音も。

 世の中便利になったもんで今や無料でメッセージのやり取りはおろか、電話まで出来る。交友関係が雀の涙ほどしかない僕のLINEの友達欄には例の女友達か会社の上司。同僚は今寝ているとして、あと母親位。だからすぐメッセージの主がわかった。

「誕生日おめでとう。浮いた話はないけれどもしかして私が知らないだけ? 久しぶりに明日ごはんでもどう?」

 スマホを自らの手で割りたくなった。壁に叩きつけて。

 お前はさぞや幸せだろう?趣味と呼べるものがあって、見た目の良さから男にも不自由しまい。君は僕の渇ききった生活を1%でも理解ができるのか?

 彼女を妄想で責め立てる。

 だけど空想の彼女も僕には理解を示してはくれない。

「ムカつく」

 毎度彼女はそう言って空想上のレストランから出ていく。

 しばらくスマホをながめていた。

 なんだか天井の染みくらいにそのメッセージがどうでも良く思えてくる。だってそうだろう? 電話みたいに相手の声で感情を判断したり、直接会えばそりゃ悲しんでいるとか喜んでいるとかわかる。ただの文字のやりとりじゃ人間を相手にしているのかわからなくなる。

 妄想にも現実にも疲れていた僕は、一番文字数の少ない返事を打ち込み、瞼を閉じて暗闇に意識を溶け込ませた。

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